第5話 イカれた転移法

「分かった分かった。もう焦って決めなくてもいい。では、そろそろ行くか」


 新音が諦めたように言った。


 おお、いよいよ転移するみたいだ。どんな感じなんだろうか。七色の眩い光が四方から皆を取り巻いてワープするのかな。それとも天からの白い光に吸い込まれて転移するのか。どんな方法だとしても楽しみだ。


「それでは順番に行くぞ」


 うんうん、一人一人バラバラにやるんだな。


「前髪が邪魔だな。おでこを出してくれ」


 新音が俺の前に立つ。


「こう、かな」


「うむ。では行くぞ」


 バチンッ!!


「痛ってええぇぇっ!!! 何すんだよ新音……って、あれ?」


 全力でデコピンされて思わず目を閉じた俺。再び目を開けると目の前の景色が全く違うものになっていた。


 目の前には黒い壁と無数に並ぶ酒類の瓶。俺はカウンター席に座っていた。振り返るとボックス席も見える。どこかのバーだろうか?


「痛ったああいっ!!」


「うわあっ」


 突然目の前に何かが降ってきた。耐えきれず椅子から落ちて尻もちをつく俺。


 うぐっ……息が、息ができないっ……。なんだこの柔らかく温かいふわふわは。抜け出そうと必死でもがく。


「きゃあんっ……、動いちゃダメっ!」


 頭の上で声がする。俺は上に動いて目の前の物体から顔を出した。


 すぐ目の前に優海の顔がある。


「あっ……ごめんっ」


「ううん、こっちこそ……」


 偶然とはいえ優海の胸に顔を埋めてしまったようだ。


 俺たちは床に座ったまま、顔を真っ赤にして斜めに目をそらし合う。


「いたたっ。もう……これ以外に転移する方法ってないのかしら……」


 続いて虹華が目の前のカウンターに転移してきた。おでこを真っ赤にして嘆いている……のだが、カウンターテーブルの上に座った状態になっていて俺の角度からだと下着が丸見えだった。スカート短すぎるし。ピンク……。黒はやっぱり虹華のイメージじゃなくてイヤだったから黒じゃなくて安心した……って早く目をらせ、俺っ!


「きゃっ、見えちゃった?」


 慌ててカウンターから滑るように床へと降りる虹華。


「ううん……そ、そんなことない」


 俺はそう言いながらも虹華が滑り降りる際にスカートがさらにまくれ上がるのを視界の隅に捉えていた。ふくよかな太ももの主張があまりに強烈で脳裏にはっきりと焼きつく。


「佐登留くんの嘘つき……今思いっきり見てたでしょ?」


 優海が唇を尖らせる。


「ち、違……」


「目線が行っちゃうのは分かるけど、あんまりやりすぎると嫌われるよっ?」


「ごめんなさい」


「謝ることないわ……。事故だもの、ね?」


 にっこりと笑う虹華がマスクを外した。「もう大丈夫よね?」


 後光が射すようなパーフェクトスマイル。癒しの化身のようなその素顔に俺は気を失いそうになった。同じ人間とは思えない。


「あっ、そうだった。あたしも取らなきゃ」


 続いて優海がマスクを取る。


 ど真ん中の正統派元気ヒロインじゃないかっ。見つめる俺を意識して、口元をキリっとさせたり、逆に切なげでアンニュイな表情を作ったり、いろんな顔を見せてくれる……!


 一緒に冒険して助け合って、ピンチを乗り切ってホロっとするような体験もして、夜な夜なモンスターを倒して朝焼けの崖っぷちでお互いの健闘をたたえてキス……、そんな優海と過ごす日々の妄想が俺の胸いっぱいに湧きあがる。


 ここはきっと冒険者ギルドに隣接する酒場で……、外に出ると馬車が走っているような中世ヨーロッパ風の街並みが目に映って……。


 でも……この店の内装、完全に現代なんだけど……。不安。電子制御のビールサーバーとかあるし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る