第3話 有能すぎるモザイク、マスク。
「邪魔者は消えたよ……」
なんだか邪悪でエロい瞳をした優海が俺に迫る。怖さと期待が俺の心でせめぎあう。
うわ、顔近っ!! う、嬉しいんだけど恥ずかしいっ……。そんなに潤んだ目で見つめられると俺、変になりそうっ。
「ちゅっ……ってしちゃおっか?」
片目をウインクさせた優海がからかうように言う。
えっ!? き、キスってこと? そんな急に言われても……。
「だ、ダメだっ……! マスクだけは……マスクだけは外しちゃいけない……、頼むっ!」
はいつくばったまま命乞いのようなセリフを叫ぶ新音が可哀想になったのか、優海はマスクのまま俺に顔を近づけた。
優海が唇をきゅっとすぼめる(マスクのせいでどんな形か分からんが)。
吐息が俺の口元を優しく撫でる。(マスクのせいで息が四散して分からんが)。
鼻同士を軽くぶつけてしまい、お互いに微笑む(マスクのせいで感触が分からんが)。
……うおーっ! マスクあっち行け~っ!! 邪魔だ消えろ!! 今すぐに!! 視覚だけでなく触覚まで邪魔しやがって……、有能すぎるモザイクだなっ、貴様は!?
ああ、今が五年前ならなあ……。マスクなんてないのに。俺の心臓は激しく脈打って人生初キスを歓迎し、のたうちまわっただろうに。あれっ? なんでこんなとこで童貞告白してんの、俺?
俺は必死で唇をとがらせる。優海に届け……! マスクの壁を乗り越えてっ!
ぐうっ…………。不織布同士がこすれあって初キスのレモンの味もへったくれもない。自分のツバが口の中に戻ってきたわ! くそっ……。肩を抱いて、じっくりねっとりと……したかったのに~っ。そんな技術も経験もないけど……。
ただ、ピントが合わないくらいに近づいた優海の瞳は、切なく揺れていた。俺の肩に添えられた手も小刻みに震えている。それに気づいた俺は責任を感じる。もしかしてこの子もファーストキスだったのでは?
憂いを帯びた顔を少しずつ俺から離していく優海。
「なんか……ごめん。今後俺に出来ることがあったらなんでも言ってくれ」
「……」
無言の優海。俺はガッつきすぎて嫌われたものだと思ったが、
「ううん……、気にしないでっ! それよりマスクが邪魔でなんか笑えてきちゃった……、ふふっ」
「そ、そうだな……、ははっ」
びっくりした! 急に満面の笑みを向けられると、どうしていいか分からなくなる。これだから童貞は……。ま、まあでも、優しさに助けられたよ。
「わたしも……佐登留さんのこと、ちゃんと考えてます……から」
えっ!? いきなり駆け寄ってくる彩雨。そのままの勢いで俺の胸に飛び込む。
「うわっ、ちょっ……」
華奢な体躯が発する温かな体温と立ち上るミルクみたいな甘い匂い。頭がクラクラしてきた。彩雨も優海と同じく、身体を震わせている。どうしてこんな無理をするのだろうか。
と、へそのあたりに小さいながらその存在を隠しきれない双丘が押し付けられていることに気づいた俺は思わず後ずさった。
「イヤ……でしたか?」
今にも泣きだしそうな顔で彩雨が訴える。
「そ、そんなことないから……」
「ほんとうですか?」
「ほんとに」
俺はしっかりと真実を伝えた。勘違いしたままだとこの子が可哀想すぎる。
「よかっ……た」
ほっとした表情を見せる彩雨。一安心した俺だったが、明らかに無理をしている優海や彩雨のことや、今から転移していく世界のことなど分からないことが多すぎる。
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