第5話 被写体への報酬

 濃紺のサトシくんが言う。


甘露寺かんろじから聞いた。わしらを被写体にした画を描きたいのじゃと。わしは面白いと思うんじゃが、皆はどうじゃ? 報酬もくれると言うし」


「わしは良いぞ」


「わしもじゃ」


 だいだい色のサトコちゃんと、黒のシンジくんが大きく手を上げながら快諾かいだくする。


「わしは報酬に赤飯をたらふく食わしてくれるのなら、引き受けても良い」


 そう言うのは黄色のユミちゃん。


「それは良いな。わしも赤飯で手を打とう」


 同意して頷いたのは、緑のユウトくん。


「わしはしるこも食べたい。粒があって、白玉が入ったやつじゃ」


 ちゃっかりとそう言いだしたのは、桃色のカナちゃん。すると茶色のフミちゃんが「わしも!」を声を上げた。


 そうだ、座敷童子ざしきわらしの好物はお赤飯では無く小豆あずきだったなと思い出す。マリコちゃんが日々のお赤飯で満足してくれているからうっかりしていた。


 すると吉本よしもとさんと有田ありたさんが険しい表情を浮かべられる。


「しるこはレトルトがあるからええとして、赤飯たらふく言うたら……、確か赤飯の素ってあったやんな。米と混ぜるだけで炊けるやつ」


「そうやね。それやったらほとんど料理できん私らでもなんとかなるやろか」


 おふたりはご自分たちのお力で、お赤飯とおしるこを振舞われるおつもりなのだろう。確かに画を描かれるのは有田さんなので、それが筋ではあるとは思うのだが。


よう


 さくはこっそりと陽に声を掛ける。


「ねぇ、私らで」


「うん。分かっとるで」


 陽はみなまで言わなくても分かってくれた。朔は「ありがとう」と微笑んだ。


「吉本さん、有田さん、お赤飯とおしるこ、私らで作らせてもらえませんか?」


 朔がそう申し出て、陽も笑顔で大きく頷くと、吉本さんと有田さんは目を丸くされた。そして慌てられた様に「いやいや」と揃って手を振られる。


「それはいくら何でも申し訳が無いです」


「そうですよ。マリコさんの分を入れて8人分ですもん。そんなお手間取らせられません」


 朔はにっこりと微笑む。


「私ら、毎日ここで8人分以上のお赤飯を炊いて、お惣菜を仕込んでるんですよ。8人分なんて、なんてこと無いです。ねぇ皆、私らが作ったお赤飯、美味しかった?」


 朔がサトシくんたち座敷童子を見回して聞くと、方々から「美味しかったぞ!」「また食いたいぞ!」「今度は腹いっぱい!」と喜びに溢れた声が上がった。朔はにんまりと口角を上げる。


「私らも、また皆にお赤飯食べてもらいたいです。さっきはほんまにお茶碗1杯分も無かったんで。せやから、私らに作らせてもらえませんか?」


「あ、もちろん材料費はしっかりいただきますよ」


 朔のせりふに陽がおどけた様に付け加える。吉本さんと有田さんは顔を見合わせ、戸惑われた様に、それでもこくりと頷き合われた。


「ほな朔さん陽さん、お願いしてええでしょうか」


 吉本さんの言葉に、双子はにっこりと微笑んだ。


「はい! ぜひお任せください」


 だが大事なことを思い出し、朔は慌ててしまう。


「あ、でもお店が休みの月曜日になってまうんですけど、それでもよろしければ」


「もちろんです。日程はおふたりに合わせます。座敷童子たちも、それでええやろか」


 有田さんが言うと、座敷童子たちは「うむ」「構わんぞ」と頷いた。


「そうや、朔、小豆、岩手県産使う? 思い切って大納言だいなごん。いつもは北海道産やけど、座敷童子たちに食べてもらうんやったら、地場じばのもんがええんちゃうか? マリコちゃんも懐かしいんとちゃう?」


 陽のアイデアに、朔は「ええかも知れんね」と応える。


「あ、でもマリコちゃん以外の座敷童子は、お宿で岩手産小豆のお赤飯お供えしてもろてるんとちゃうやろか。どう?」


 座敷童子たちを見渡しながら朔が聞くと、皆揃って首を振った。


「わしらが宿で食べておる赤飯の小豆は、北海道産じゃ」


 橙色のサトコちゃんが言う。


「うむ。日本の小豆の大部分は北海道産じゃ。手に入りやすいじゃろうからの」


 茶色のフミちゃんもそう言って頷いた。


「じゃから岩手県産の、しかも大納言小豆じゃったら嬉しいの」


 黒のシンジくんがにっかりと笑顔を浮かべた。


「ほな決まりやな」


 陽がぽんと両手を合わす。


「そうやね。あ、でも有田さん、材料費、普通の北海道産小豆より少し高こうなってまいますけど、ええですか?」


 朔が恐る恐るお伺いすると、有田さんは「もちろんです」とゆったりと頷かれた。


「こんなたくさんの座敷童子を描けるなんて、夢の様です。ありがたいことに最近は軌道に乗れてて、それなりのたくわえもあります。ぜひこの子らに使つこうてあげてください」


「わかりました。ほな、月曜日やったらいつでも大丈夫なんで、日程決まったら教えてください。腕によりを掛けて、お赤飯とおしるこ、作らしてもらいます」


「ありがとうございます。それやったらさっそく次の月曜日に、と思うんですけど、どうでしょうか」


「多分大丈夫やと思います。明日さっそく白玉粉と一緒に発注掛けますね」


 今日は木曜日。明日の金曜日の発注だと、在庫があれば土曜日には届くはずだ。いつも小豆の仕入れをお願いしている会社はそれなりの規模で、小豆の品揃えも豊富である。岩手県産も取り扱っていたはずだ。白玉粉もあったはずである。


 ちなみに大阪府と同じ関西である京都府丹波たんばも小豆の産地で、日本三大小豆産地のひとつである。あとふたつが北海道十勝とかち、岡山県備中びっちゅうだ。その中でも北海道の生産量が群を抜いており、国産の大半を占めるのだ。


 大納言小豆とは、その字の通り、大粒の小豆の品種のことである。煮ても皮が破れにくいので、粒あんや粒のあるおしるこに向いている。生産地でそれぞれブランドもあり、関西なら兵庫の丹波市で生産されている丹波大納言などがそれである。


 「あずき食堂」ではお赤飯をお手軽にご提供するために、普通の北海道産小豆を使っているのだが、大納言を使えばもっと小豆の旨味を味わえるお赤飯ができるだろうし、粒ありおしるこも絶品だろう。


 関西では粒のあるおしるこのことを「ぜんさい」と言う。関東では粒あり粒なしどちらもおしること言い、ぜんざいは汁気の無いものを指すらしい。座敷童子は東北岩手県のものなので、関東方面の呼び名になるのだと思う。だから「粒のあるしるこ」と言ったのだろう。


「もちろん吉本さんと有田さんにも食べていただきたいです。たくさん作りますんで、お腹いっぱい食べてくださいね」


「ありがとうございます」


「ありがとうございます。楽しみです」


 おしるこは栗の甘露煮かんろにも入れて豪華にしようか。おはし休めにお大根のお漬物あたりをご用意しようか。朔はそんなことを考え、その日が心待ちになった。少しでも座敷童子たちに満足してもらえるものを、と気合いも入る。


「岩手の小豆で赤飯としるこか。わしも楽しみじゃ」


 マリコちゃんも楽しそうに可愛らしい顔を綻ばす。双子は嬉しくなり、顔を見合わせて「ふふ」「へへ」と微笑んだ。

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