第4話 座敷童子の願い

 くすくすくす。うふふふふ。あはははは。


 姿を現した座敷童子ざしきわらしたちは、それぞれ笑顔で楽しそうだ。まるで驚いた双子を面白がっている様である。


 それは驚くだろう。まさかこんなにたくさん連れて来られるだなんて思いもしなかった。1体連れて来れたら御の字、旅立たれる前はそんな雰囲気だったでは無いか。


 だからさくは、有田ありたさんがマリコちゃんを描くことができる様にと、成功を願っていたのだ。なのにたった1日でこの成果とは。一体何があったのだろうか。


「……マリコちゃんは?」


 マリコちゃんはこの場にいなかった。朔がぽつりと言うと、カウンタテーブルの奥に腰掛けたマリコちゃんが現れた。


「マリコちゃん」


 朔はついすがる様な目でマリコちゃんを見てしまう。マリコちゃんは「ふふ」と余裕を見せる様に微笑んだ。


「ほらの、何とかなったじゃろ」


 得意げでもある。途端にそのマリコちゃんに、他の座敷童子が殺到さっとうした。朔は目を丸くする。


「久しぶりじゃー」


「わぁい!」


「元気じゃったかー」


 まるで座敷童子団子である。押し合いへし合い、7体の座敷童子がマリコちゃんを取り囲む。マリコちゃんは「うむ」とゆったりと頷いた。


「わしは元気じゃ。毎日旨い赤飯も食うておる」


 すると座敷童子たちは一様に「いいなー」「いいなー」と声を上げた。


「わしら、毎日お供えの赤飯がちょっぴりじゃ」


「そうじゃそうじゃ。もっと寄越すのじゃー」


 座敷童子たちがわぁわぁと騒ぐ。収拾がつきそうにない混乱に、朔は唖然としていた。横のようを見ると、陽も驚いた表情を浮かべていたのだが。


「それやったら、うちのお赤飯食べる? まだあるで。マリコちゃん、ええ?」


 陽のせりふに、座敷童子たちが一斉に振り向いた。朔はびくりと肩を震わせてしまう。


「構わん。残りの赤飯はわしのじゃが、分けてやるとしようかの」


 マリコちゃんが鷹揚に言うと、座敷童子たちは「わぁい!」「やったー!」と沸き立った。


「そんなにあれへんから、お腹いっぱいにはなられへんやろうけど、それは勘弁な。マリコちゃんも食べるやろ?」


「うむ」


「ほな準備するから。ほらほら、朔も手伝って」


 陽に言われ、朔はやっと我に返る。


「あ、う、うん」


 さっさと動く陽はお茶碗を8客取り出す。朔も慌ててお赤飯の炊飯器を開けた。内釜の中でざっと8等分にし、陽が渡してくれたお茶碗にできるだけ均等によそう。


 座敷童子たちはそれぞれ最初の位置に戻り、わくわくとした様な表情でお赤飯を待っている。もう右手にお箸を握り締めている子もいた。


 まるで小さな子の様である。座敷童子たちは見た目こそ幼児であるが、実際は何百年も生きているのだ。マリコちゃんもそうだが、中身はすっかりと成熟している。


 いたずら好きという子どもの様な一面もあるのだが、基本は大人だと思って接した方が良い。人間と妖怪という立場の違いはあれど、生きている年月で言うとずっと先輩なのだ。その能力をかんがみても、うやまうべき存在なのである。


 もちろん双子はできうる限りマリコちゃんを尊重して来たつもりだ。この「あずき食堂」もマリコちゃんの希望ではあったものの、今となってはオープンさせて良かったなと思っているし、欠かすことのできない大事な自分たちのお城になった。


 陽がお茶碗によそったお赤飯を「どうぞ〜」と言いながら座敷童子それぞれの前に置いて行く。皆お行儀良く、出揃うまで待っていた。


 そうして全員の前にお茶碗が置かれる。


「はい、召し上がれ!」


 陽の明るいせりふに、座敷童子たちは一斉に「いただきまーす」とお茶碗を持ち上げた。


 皆同じ座敷童子であるのだが、やはりそれぞれ個性がある。大きな口を開けて口いっぱいにお赤飯を詰め込む子、お上品にゆっくりと噛み締める子など、様々だ。だから食べ終える早さも違う。早く食べ終わってしまった子は、まだ食べている子のお茶碗を羨ましそうに見つめた。


 それでも全員が食べ終わると、揃って「ごちそうさま」と手を合わせた。


「はい、お粗末さん。美味しかった?」


 陽が聞くと、皆は「うん!」と嬉しそうに応えた。


「ところで吉本よしもとさん有田さん、なんでこんなことになったんですか?」


 朔がおふたりに聞くと、おふたりは「いやぁ」と朗らかに小首を傾げた。するとそれに応えてくれたのは、座敷童子のうちの1体、濃紺の着物を着た男の子だった。


「このふたりから、懐かしい座敷童子の匂いがしたんじゃ」


 すると他の座敷童子も「そうじゃ」と頷く。


「匂い? どういうこと?」


 朔が男の子に聞くと、男の子はにんまりと口角を上げる。


「このふたりから、座敷童子の匂いがしたんじゃ。じゃからわしはふたりの前に出て行ったんじゃ。話を聞くと、大阪という地に座敷童子がいると言うでは無いか。じゃから付いて来たんじゃ。ふたりも一緒に来て欲しいと言うておったしの」


「ほんまにすんなりやったんですよ」


 吉本さんが拍子抜けしたという様に言う。


「で、この子連れて旅館内歩いとったら、わらわら出て来てくれて、皆来てくれるっちゅうことになって。ほんまに驚きました」


 するとマリコちゃんが「ふふん」と得意げに鼻を鳴らした。


「じゃから大丈夫じゃと言ったじゃろうが。甘露寺かんろじが日々尽力しておったら問題無いと」


「これもマリコちゃんのお赤飯のご加護なん?」


「ご加護、もそうじゃが、朝に赤飯を食うたことによって、こやつらの身体からわしの匂いと言うか気配が出ていたはずじゃ。座敷童子たちはそれを感じ取ったんじゃ」


「そうそう!」


 濃紺の座敷童子は嬉しそうに何度も頷く。他の子たちも「そうそう!」と追随ついずいした。


「この座敷童子は何年も前に旅館を出て行ったからの。懐かしくての。ところで紫の座敷童子よ」


 濃紺の子がマリコちゃんに話し掛ける。


「なんじゃ、紺の座敷童子よ」


「さっきから気になっておったんじゃが、お前、マリコと呼ばれておるのか?」


「そうじゃ。朔と陽が付けてくれた」


 すると濃紺の子が「良いなー!」と声を上げた。他の座敷童子もわぁわぁと騒ぎ始める。


「な、なんやなんや」


 陽が驚き、朔も目を丸くする。吉本さんと有田さんも何事かときょとんとされていた。


「わしも名前欲しい!」


 濃紺の子が言うと、他の座敷童子たちも「わしも!」「わしも!」と大騒ぎである。


「そう言えば、座敷童子ちゃんたちは、お互いに「座敷童子」って呼んでるん? あ、色の名前付けてたね、もしかして着物の色?」


 朔が聞くと、マリコちゃんを含めた座敷童子が揃って「そうじゃ」と頷く。


「名前、欲しいん?」


 朔がまた聞くと、今度は皆が深く頷く。


「わしらはまとめて座敷童子と呼ばれる。それがわしらと言う妖怪の呼称じゃから仕方が無いと判っておっても、人間が名前で呼び合って楽しそうにしておるのが羨ましくもあったのう」


 濃紺の子が少し寂しそうに言うと、吉本さんが「よっしゃ」と声を上げられた。


「ほな、皆に名前付けようか。僕らで良かったら、やけど」


 するとマリコちゃん以外の座敷童子の視線が吉本さんに集まった。有田さんも横で「そうやね」と穏やかに頷いておられる。


 座敷童子たちの表情がみるみる輝いて行く。


「やったー!」


「わぁい!」


 また大騒ぎである。マリコちゃんはそんな座敷童子たちを「やれやれ」と言いつつも微笑ましげに見つめた。


「どんな名前にしようか」


「そうやねぇ」


 吉本さんはタブレットを取り出し、有田さんと話し合いを始められた。




 そしてやがて、7体全員の名前が決められた。


 濃紺の男の子はサトシ、黄色の女の子はユミ、だいだい色の女の子はサトコ、緑の男の子はユウト、桃色の女の子はカナ、黒の男の子はシンジ、茶色の女の子はフミ。


 緊張された面持ちの有田さんが恐る恐るといった様子で発表すると、座敷童子たちは「やったー!」と大喜びで、所狭しとお店中を駆け回った。


 有田さんと吉本さんは「良かったぁ」と安堵あんどで胸を撫で下ろし、マリコちゃんは呆れた様に「そろそろ落ち着け」となだめに回った。

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