第6話 大事な準備
岩手県産
当日は
画家さんがどの様に風景を、被写体を切り取るのか、双子はとても楽しみにしていた。双子も学校の授業で写生などをした経験はあるが、プロの仕事を見るのは初めてなので、とても楽しみだ。
そして、月曜日がやって来た。スケッチは明るい時間帯にされたいとのことなので、開始予定時間は12時である。舞台は「あずき食堂」からも近い、
服部緑地はいくつもの広場や遊技場、競技場や野外音楽堂などを
最寄り駅は
出発時間から逆算して、8時半に双子とマリコちゃんは定休日の「あずき食堂」にやって来た。
総勢12人分のお赤飯とおしるこを作るには、自宅のキッチンでは手に余ってしまう。大きなお鍋も炊飯器も無いので、それぞれ1度で作ることが難しいのである。
マリコちゃんが日々食べている量を見ると、底無しなのである。マリコちゃんはお惣菜はもちろん、余りのお赤飯もぺろりと平らげてしまう。
食品ロスを出さない様に加減をして仕込みをしているので、それほど大量では無いのだが、それでも人間の大人ひとりが食べる分と比べると多い。マリコちゃんはいつも「満腹じゃ」と言ってくれるのだが、それが本当かどうかは怪しいところである。
そんな
正直なところ、それでも満足な量を作れるか疑問である。だがたっぷり用意してまずは目で満足してもらい、もちろん味にも満悦してもらえばどうにかなるだろうか。そんな希望を持つ。
1度
お赤飯の小豆を茹でていたコンロに別のお鍋を用意し、お水を張って火を付ける。沸いたら、小豆を茹でている間に丸めた白玉団子を茹でて行く。最初は沈んでいた白玉が、やがてぷかぷかと浮いて来る。そこから数分さらに茹でて行く。
「良い匂いじゃ」
カウンタ席に座るマリコちゃんが、心地よさそうに鼻をひくつかせる。
「先に食いたいところじゃが、他の座敷童子に免じて、待つとしようかの」
マリコちゃんが
「そやね、今日はその方がええね。岩手県産大納言の
「お前たちがいつも作る北海道産小豆の赤飯も旨いがな。大納言、しかも岩手県産と来ると、わしら座敷童子にとってはご
「そうなんよな。他の子らも喜んでくれたら嬉しいわ」
陽もそう言って顔を綻ばす。
「楽しみじゃ」
マリコちゃんはわくわくといった表情で身体を揺らした。
12時30分になり、準備はすっかりと整った。お赤飯はおにぎりにしてごま塩をぱらりとまぶし、ひとつひとつラップに包んだ。おしるこはジップバッグ数個に分けて入れ、綺麗に洗ったお鍋も用意する。栗の甘露煮は瓶のまま持って行く。昨日の営業後に仕込んだお大根の塩昆布漬けはタッパに入れた。
器に発泡スチロールのお椀を用意し、使い捨てのスプーンを買って来た。お
それらを小型のスーツケースふたつに分けて入れた。双子それぞれの私物で、朔のものはシルバー、陽のものは紫色である。飛行機に持ち込めるサイズのものだ。
双子はスーツケースを引いて、マリコちゃんと一緒に外に出る。戸締りをしっかりとして。すると間も無く、お店の前に濃紺のステーションワゴンがするりと滑り込んで来た。
「朔さん陽さん、マリコさん、お待たせしました」
助手席から出て来たのは
「こんにちは。今日はよろしくお願いします」
「こんにちは」
「とんでもありません。こちらこそ、きっと朝からお手間をお掛けしてしもうて」
「いえいえ、とんでも無いですよ」
朔が笑顔で首を振ると、回って来た吉本さんが手を出して来た。
「荷物、トランクに入れますね。横にして大丈夫ですか?」
「あ、はい。大丈夫です。あ、自分でやりますよ」
吉本さんが双子の手からさりげなくスーツケースを受け取り、車の後ろに回る。双子が慌てて追い掛けるが、吉本さんは「いやいや」と爽やかに言う。
「言うても重いでしょう。今日の僕は力仕事担当です。何でも任せてください」
吉本さんはそうおっしゃりながら、素早くふたつのスーツケースを寝かせてトランクに入れた。トランクには有田さんの道具と思しきボストンバッグと、吉本さんがいつも持たれているリュックがあったが、さすがステーションワゴン、広々としていた。
確かにたっぷりのお赤飯とおしるこ、数々の道具。スーツケースに入れて引いていると感じにくい重量があったと思う。なので正直言うと、吉本さんのお気遣いはありがたかった。
「ほな、後ろに乗ってください。さっそく行きましょ!」
吉本さんが後部座席のドアを開けてくれたので、マリコちゃんを挟んで朔が運転席の後ろ、陽が助手席の後ろに納まった。
「他の座敷童子たちは? ご一緒ですよね?」
「はい。姿現したら車ん中ぎゅうぎゅうになりますから、消えてもろてます」
朔の問いに応えられた有田さんは、ゆっくりとアクセルを踏まれた。確かに7人全員が姿を表したら、車中はとんでもないことになるだろう。
「でも皆、車に乗れるってんで喜んでましたよ」
吉本さんが言うと、マリコちゃんが「分かるぞ」と頷いた。
「朔も陽も、免許は持っておるのに車には滅多に乗らんし、座敷童子たちも普段は旅館にいるんじゃから、車に乗る機会なんて無いからのう。たまに乗れるのが嬉しいんじゃ」
「ほな、今も見えへんだけで、皆大騒ぎなんかも知れんな」
陽が楽しげに言うと、マリコちゃんは「そうじゃな」と微笑んだ。
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