第36話 王都動乱――魔王
王城内で発生した精鋭同士の戦闘。
その内、一番最初に決着が着いたのはシュラであった。
レミゼは何度も立ち上がった。死にかけの芋虫のように身体中から血を流し、それでも醜く足掻く様にシュラは感動さえ覚えた。
「貴殿よ、何故そこまで、立ち上がるのか? 別に諦めてもいいのだぞ?」
「……私があの方から受けた恩は、命を賭けた程度では返しきれない……だから、私は、立ち上がるんだっ!!」
あまりにも輝かしい命の煌めき。
ああ、見える。シュラの瞳には、太陽よりも燦々と光を放つ、彼女の魂が見える。
「実に、実に……」
シュラは頬を吊り上げる……
「うまそうだ」
「ひっ……」
レミゼはその時初めて彼女の紫紺色の瞳を、その奥に潜む「怪物」を、目の当たりにした。レミゼの身体が震える。その瞳に見つめられるだけで、彼女の身体の奥から根源的恐怖が沸き起こり、執念さえも掻き消される。
目の前の怪物は、一歩、また一歩とレミゼに近づいてきた。
「くっ……来るな!!」
怪物が近づいて来る度、彼女は後ずさる。
初めてだった。レミゼがそんなセリフを吐くのは。怪物はレミゼのその生娘のように愛らしい反応を見て、涎を拭った。
近づかれて、後ずさり、また近づかれて、後ずさり……彼女の背中に硬く、冷たい物が当たった。背後は既に壁だ。彼女の逃げ道は、無くなってしまった。
獲物を追い詰めた怪物は、その嫋やかな首筋を握りしめ、彼女の身体を軽々と持ち上げる。
「嗚呼……あちきは“悪食”……人が食わぬ物を好むが……“人”を、喰ったことは未だに無いのだ」
「ぐっ、放せ……」
「よっと」
怪物は彼女を、近くの部屋へと投げ込んだ。そこは木箱が積み上げられた暗い倉庫であり、何日も開けられていなかったため、レミゼが投げ込まれた衝撃で高く積み上がっていた木箱とホコリが倉庫の中に崩れ落ちた。
「ゲホッ、ゲホッ……」
暗い倉庫の入り口から差す光が逆光となり、怪物の姿を照らす。
怪物が刀を二振りすると彼女の衣服は切り裂かれ、白い肌と、腹に刻まれた醜い焼きごての火傷痕が露わになった。
それは、彼女が一番見られたくなかった烙印だ。
けれども怪物は腹に刻まれた烙印を愛おしそうに指の先でそっと撫でて――そうして“捕食”と形容するべき行為が始まった。
ドロシーが転移者たちに見せまいとした、刺激が強すぎる光景――悪食の怪物による捕食は、動乱が終わるまで続けられたのであった。
◆◆◆
王都上空では未だに魔法と投槍の応酬が続けられている。
その一方で、王城の三階では二人の魔法使いが上空の景色には及ばないものの、一般人からすると十分驚異に値する魔法の応酬をしていた。
「啓け、【禁忌ノ閃戟】!!」
アルセリアが独自に改造したその魔法は性質を変え、小さな雷の矢を多方向から同時に四発放つようになっていた。
自らを追尾するそれを、サージェスは空中で十分引き付けてから大きく弧を描き、壁にぶつけて相殺した。しかしこの魔法はたった一発限りの必殺技ではない。二射目、三射目と放たれたそれを回避する手立ては無い。
「どうしたの? 未来を見てみなさいよっ!!」
「はは、王女様は手厳しい……」
(どうしてだ? この事象は、私が見た未来ではない……!!)
仕方なく、サージェスはそれを打ち消すために、同じ魔法を――アルセリアの用いた改造版を見よう見まねで放った。
「――【禁忌ノ閃戟】」
空中で無数の雷球が爆ぜる。しかし数日前に戦った時に発生したそれよりかは爆風が弱く、二人は構わず、何度も矢を撃ち続けた。
光が生まれ、そして爆ぜ、また生まれる。
まるで、二人の間に星々の川が生まれるかのようだ――陰から彼女の雄姿を観察していた〈賢者〉の本体(坂庭久助の姿)は二人の弾幕を見てそう思った。
「やぁぁぁぁっ!!」
(あっ、これは)
――たった一発だけ、雷の矢がどの矢とも衝突せずに、星と星の間をすり抜けて真っ直ぐ飛んでいった。
過度の集中か、それとも疲労か。
「しまっ――」
一本だけ矢を見逃してしまった。彼がそれに気づいた時にはもう遅く―駄サージェスの身体に雷が炸裂する。
(勝負あり、ですね)
墜落するサージェス――彼の見せたその隙を見逃さず、アルセリアは人差し指を彼に向けた。
「【
けれどもサージェスの意識はまだ、失われていなかった。
「【
目の前に半透明の水鏡が現れる。やはりサージェスはその魔法を使った。
アルセリアの予想通りに。
◆◆◆
「師匠……あの【魔法反射】とかいう魔法って何なのよ? チートじゃない?」
彼女は夢の世界で修業をしているとき〈賢者〉(イシャナの姿)に覚えたての言葉を使ってそのように訊ねた。けれども彼女はクスリと笑って「そんなことはありませんよ」と答えた。
「そもそもこの世界に万能の魔法は在り得ません。それが人間の生み出したものである以上、何かしらの代償や欠点があるのです」
「じゃあ、あの魔法にも欠点があるワケ?」
「はい。そもそもアルセリアさんの言う通り、アレがチート魔法だったら賢者目録に入れられてます。そうでないということはつまり――そういうことなんですよ」
どういうことよ。
あの時はそう思っていたが、無限回の死を超えた今なら理解できる。
◆◆◆
パラリ……と、天井から石粒が落ちた。それはサージェスの頬に当たる。
不審に思って彼が天井を見上げると――既に天井は、爆風の影響で罅だらけ、崩壊寸前であった。
アルセリアは魔法を放とうとした瞬間、天井に指を向けていた。
【麻痺】の魔法には本来破壊力がほとんどない……それでも、壊れかけの天井が崩れるきっかけを作る程度のことはできる。
王城の天井が、崩落を始めた。
「……全部、計算通りよ」
(アルセリア様……お見事です)
【魔法反射】が防げるのは、魔法だけ……物理現象にはどうしようもない。その上【魔法反射】の発動には多大なる集中力が必要なため、詠唱者は魔法の使用中に他の行動をとれないのだ。しかも一度発動したら数秒は発動し続ける。そういう魔法だ。
故に〈賢者〉はこの魔法を「万能の魔法ではない」と評した。それどころか欠陥魔法だ。確かに魔法に対して無敵になれる魔法ではあるが、初見殺しでしか無く、タネが割れてしまえば発動している最中に殴られてしまう。
(だから、あの魔法は弱いんですよ……作ったのは私の一つ前の〈賢者〉ですけど)
数日前と同じように瓦礫の下に埋もれたサージェスは、最後に、彼女に訊ねた。
「どうして、貴女は私の未来とは違う動きをしていたんですか?」
「どうしてって、簡単よ」
あまりにも単純な、未来視への対策、それは――
「私も未来を視ただけよ。この未来視の魔法って、他に未来視が出来る人間が干渉している場合、違う結果が出るのよ」
もっとも、それは賢者の受け売りであるが……
ともかく決着は着いた。あとはサージェスを拘束して戦いの終わりを告げるだけ――。
その時、全ての人間の背中に寒気が走った。言いようも無い寒気……春の暮れだというのに、真冬の夜のように凍てつく空気。
アルセリアの直観が理解した。
「誰かが、来てるっ!!」
地平線の遥か向こうに――いや、遅い。
彼の者は、崩れた天井から驚くべき速さで侵入してきた。
「……ん、見つけた」
白髪紅眼の少女……一見すると非力な彼女こそが恐れの中心源であることを、誰もが理解していた。
「ああ、ああ……!! 貴女は……ついに、眠りから目覚めたのですねっ!!」
「サージェス……誰なの、この少女は……」
「この方こそ――約100年前、世界を滅ぼそうとし、手始めに世界最高峰の軍事力を所有していたレイジスタ帝国を消滅させ、その10年後に神剣と〈魔剣使い〉によって『豪雪の極地』エーベリアに封印された――〈魔王〉ユニア・エレニースタイン、その人です」
◆◆◆
水面鏡花、大倉岩優、佐藤歩夢の転移者3人組は二階と三階の間に居た兵をどうにか蹴散らし、三階に辿り着いた。
「ようやくサージェスの野郎とご対面か……」
「えぇ、そうね」
「はぁ、はぁ……アユムくんと水面さんはどうしてそんなに息が上がってないの……?」
理由は簡単だ。キョウカは訓練により体力をつけたためだ。そしてアユムは戦わずに逃げ回っていただけだからだ。
三人は扉の前に立った。この先に、サージェスが居る。
「じゃあ、開けるわよ」
「ああ」「お願い」
キョウカが扉を開けると、そこに居たのは――
「あ、遅かったね。異界の勇者たち」
崩れ落ちた天井。
瓦礫に押し潰されたサージェス。
血を吐いて気絶しているアルセリア。
「こんにちは。私は〈魔王〉ユニア・エレニースタイン……君たちがこの世界に呼ばれた原因で、そして君たちが打ち倒すべき目標だよ……まずは、お試し」
お試しと言い、彼女が放ったのは――ただの、威圧だ。
しかし生物としての格が根本的に違う相手から与えられるそれは、ただの威圧に留まらず――イユとアユムは気絶した。
キョウカはどうにか意識を保てたものの、胸中は絶望に支配されている。
(これが……私たちが戦わなければいけない相手なの?)
無理だ。勝てるはずも無い。真っ暗闇に置いていかれた子どものように泣きわめきたい――けれどもそれを押し留めたのは、苦痛塗れの修行の日々と、彼女の生まれ持ったプライドだ。
槍を握り締め、どうにか立ち上がるキョウカ。絶望に負けず、勇気を振り絞って魔王に立ち向かうその姿は、まさしく〈勇者〉であり――彼女の右手の甲に光が宿る。
しかし、光が現れたのは一瞬だけであった。
「ふーん。なるほどね……次に会う時は、もっと楽しませてね?」
そう言うと、魔王ユニアの姿は無数のコウモリとなって掻き消えた……
「……終わったの?」
王城の外では、不思議なことにサージェスの召喚した魔物が次々と暗雲に飲みこまれて姿を消していった。何匹かは残っていたものの……あっという間に、王都の動乱は過ぎ去っていった。
まるで、俄雨のように。
そうして、全てが終わった後……「豪雪の極地」エーベリアにひっそりと佇む古城の中にて――
「えーと、まあ……はい……あのー、お二人にはどこから説明すればいいんでしょうか……」
「今の名前、なに?」
「坂庭久助です……」
「私とキュースケの関係から説明すればいいと思うよ」
「そうですね。私とユニアは、そのー、何というか……」
「元カノ」
「研究仲間です」
「「え?」」
〈魔王〉と〈賢者〉の声が重なった。お互いに、お互いに対する認識が食い違っていたのだ。
そして二人のその漫才染みた会話を聞かされていた、あの場に居た当事者――アルセリアとサージェスは、どうして自分たちがこんなことになっているのかを、全くもって理解できていなかったのだった。
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