第35話 王都動乱――集結

「うっわぁ……なんだこれ」


「うーん。十中八九シュラさんの仕業ですねぇ」


「えっと、シュラさんって……あの白髪の人?」


 ドロシーと転移者3人は先駆者の切り開いた兵士の道を進んでいた。おかげで、彼らはまだ誰とも戦わずに済んでいる。しかし呻き声しか聞こえないというのも不気味だった。


 王城は三階建てだ。おそらくサージェスはその性格故、最上階で待ち構えているだろうとドロシーは予想した。螺旋階段を上って二階に上がった4人だったが……


(あー……この先の光景は、ちょっと三人は刺激が強すぎるかもしれませんね)


「鍵が閉まっているみたいなので回り道で行きましょう」


 扉の向こう側で何が起きているのかを理解したドロシーは、回り道をして三階への階段を探すことにした。


 しかしその道中で、ドロシーはまた別のことに気が付いた。


「……ちょっとすみません。少し離脱します!」


「えっ?」


「王城の中の構造はお三方の方が詳しいでしょうから、あとはご自分でお願いします!」


 そう言い、彼女は慌ててどこかに走っていった。残された3人は顔を見合わせ、釈然としないものの、キョウカの記憶に従って三階に繋がる階段の方へと向かっていった。


   ◆◆◆


 三階に繋がる階段に向かっているのは転移者だけではない。カトリスも階段を通って三階に向かおうとしていた……が、しかし、階段の前に立つ、一人の全身鎧の騎士を見て、彼は絶望した。


 そして回れ右をして逃げようとして――槍が、入り口の扉に突き刺さる。


「おいおい、久方ぶりの再会じゃねぇか。そんなに慌てて逃げるこたぁねぇだろ」


「……チッ、あークッソ、貧乏くじ引いちまった」


「貧乏くじ、だぁ? 誰がお前を鍛えてやったか忘れちまったのか? なぁ、カトリス」


「……グラニール」


 全身鎧の彼こそ、このウェルハイズ王国の最高戦力……「光閃」グラニール。


「昔みてぇに“せんせー”って呼んでくれてもいいんだぜ?」


 カトリスの師でもあった。


   ◆◆◆


 シュラとレミゼは鍔迫り合う――刀同士が擦り合い、激しい音を鳴らしながら火花が散る。


「フンッ!!」


「おっと」


 力任せに突き飛ばされたシュラは空中へと飛ばされる。好機――普通の人間は空中ではバランスが取れない――レミゼは追撃を仕掛けようとした。


 だが、


(――マズい。何かが、マズい!)


 野生の勘でシュラの不穏な気配を感じ取ったレミゼは、逆に一歩引いた――先ほどまで立っていた地面に深い切り傷が二本、平行に刻まれる。


「【柳舞ヤナギマイ】――ふぅむ、決まると思っていたのだがな」


 相手から受けた衝撃を利用し宙に飛び上がり、二連の回転切りを放つスキルだ。


(危ないところだった……まさか、空を駆けるとはな)


 シュラは空気を踏んで段階的に高度を下げ、音も無く地面に下りた。それはつまり彼女にとって「空中」というのは戦場の一つでしかないという事だ。


 これまで戦ってきた人間の中で二番目に手ごわい敵である。レミゼはどうすれば彼女を打ち倒せるか数多の経験を思い返そうとし――反射的に刀で防御した。


 シュラが、目の前に居た。彼我の距離は50m以上あったはずなのに。


「ほう、これも防ぐか、面白い……では、これはどうかな?」


 鍔迫り合っていたはずのシュラが、煙のように消え去った――


(――残像っ!!)


 その現象の正体を見抜いたものの、ほぼゼロ距離からそのスピードで動かれてしまえば、いくら彼女の勘が優れていようとも関係無い。


 一瞬のうちに背後に回り込んだシュラは、弓を引くように妖刀を引き絞り――



「ふむ……呆気ない」


 刃がレミゼの左肩から突き出ている。神経が断ち切られたせいか彼女の左手には力が入らず、握っていた刀がストンと抜け落ち、カランと音を立てて地面を転がった。


 シュラは彼女の肩から刀を抜いた。



 抜こうとした。けれども抜けない。彼女が肩の筋肉に力を込め、シュラの刀を締め付けている。


「む?」


「……まだだ」


 レミゼは立ち上がる。その限りない執念を胸に湛えて。


   ◆◆◆


 カトリスは逃げ回っていた。王城内部にはもう既にグラニールによって無数の穴が空けられており、それを一つも喰らっていないのはカトリスが避けることだけに専念しているから――ではない。


(あのクソ野郎、俺を弄んでいやがる)


 そう、そもそもグラニールは本気すら出していない。真面目に戦えばすぐに終わるのは明白であり、久しぶりの再会がそれで終わるのは味気ないため、手を抜いてカトリスの様子を伺っているのだ。


「おーい、どうしたー。逃げ回ってるだけじゃあ何も変わらないぞー、この8年ちょっと、俺が見てない間にどのくらい成長したのか教えてくれー」


 カトリスの背後から、槍がおよそ20本、同時に飛来する――どれか一本でも命中すれば致命傷だ。この緊迫した状況の中で、カトリスは冷静に槍の軌道を見極めた。


(……性格わりぃ。全部、俺が避けようとしたら当たる場所を狙っていやがる)


 そのまま真っ直ぐ走ると、カトリスの頭上、頭の横、肩の隣、脇腹の隣、太腿の脇、走るために上げた足の下を槍が通過する――もし彼が反射的に避けようものなら槍は彼の身体に突き刺さっていただろう。


 もし何も知らない人が見たら、まるで彼が紙一重で20本もの槍を全て避けたように見えるだろう。しかしそれはグラニールが全て真っ直ぐ進めば当たらないように計算して投げた物であり、他の誰であったとしても結果は変わらない。


「ほぅら、次、行くぞ」


 次は、25本。その内5本は明確にカトリスの身体を貫く軌道――服の中からナイフを一本取り出し、それを投げた。


 ナイフは5本の槍の内一番近い槍に当たり、跳弾し、5本の槍の軌道を全てずらした。


 カトリスの卓越した技術が為せる神業である。


「あーあ」


 しかし、グラニールは落胆した。


 5本の槍はナイフによって軌道をずらされた後――それぞれ、他の20本の槍の間を乱反射し、結果として全ての槍の矛先がカトリスに向くこととなった。


 当然、全て計算していた。


 自分に向かって飛んでくる槍を逸らせば、全ての槍が彼を襲うように、と。


「なっ――」


 グラニールの方が一枚上手であった。カトリスの手足に無数の槍が突き刺さり――彼は、壁に磔となった。


「……正解は、一番後ろの槍を逸らすこと、だ。もっと観察しろ。それとも……この8年間でお前は何も成長できなかったのか?」


「ハハッ……そうだよ。この8年間、俺は、誰一人として殺しちゃいない。ただ、本当の自分を隠すためにずっと逃げていただけだ」


「もったいねぇな」


 グラニールはあくびをして……廊下の奥から誰かが走ってきていることに気が付いた。


 足音の正体は、ドロシーであった。


「あー……またもや間に合ってませんね」


「っ……! ドロシー、お前……アイツらはどうしたっ!?」


「単独で行動させました。水面さんが居れば十分でしょう。それに……」


 突如現れた闖入者に対し、グラニールはその実力を見極めるべく、槍を投げる。


 ドロシーはそれを危なげもなく、一瞥もせずに手で受け止めた。


「彼らにこの人を会わせる方が危ないですから」


「……ほう」


 本気を出していなかったとはいえ、槍を受け止められた経験はそう多くはない。カトリスよりも彼女の方に興味が向いたグラニールだったが、彼女はいつの間にか姿を消していた。


「どこに……」



 遥か遠くから、ドロシーは弓を構えていた。しかしそれは賢者目録の物とは違い、彼女が独自に、今この瞬間に創り出した魔法だ。


「――“痺撃ひげき”」


 その時、地上に居た人間は目の当たりにした。真昼に王城へと飛んでいく黄金の流星を。


 そして、王城より放たれた銀色の槍が、流星を落とすのを。


 無数の流星と槍が幾度も上空にて衝突する。その日、その一瞬だけ、王都の青空は金と銀の光に覆われた。


 それを間近で見ていたカトリスは、ドロシーの目的が達成されていることに気が付いた。


(ああ、足止めか)


 彼女が相手をしている以上、グラニールはここから動けない。ここに来る途中にレミゼは「国庫」の方を護衛しているのを見た。


(となると、残ってるのはサージェスのヤツだけだな)


   ◆◆◆


 三階の大広間で、数年前に買った豪華とは言えない木製の椅子に座って窓から金色と銀色が弾ける空を眺めていたサージェスの前に、誰かが立った。


「私の下に来るのは貴女が一番最初だと思っていましたよ……王女様」


「ええ。決着をつけましょう」


 夢幻の死を乗り越え強敵を打ち倒し、そして生にしがみ付くことを思い出した彼女は、もはやかつての彼女ではない。


「一つだけ聞いておくわ。お父様は無事かしら?」


「さあ? 私は存じ上げません」


「そう……だったら、貴方を遠慮無くブチのめせるわね」


 最後の戦いが、始まる。


   ◆◆◆


 自由都市リベリオンの冒険者ギルド本部にて、フェシウスの下に緊急の連絡が届けられた。


「新たな【試練】の獣が生まれました!!」


 その名は〈緑猪主りょくちょしゅ〉。


 そうか、もう20年も経ったのかと、フェシウスは時間の流れの速さに辟易しながら、その目的地を聞いた。


「それが……ウェルハイズ王国に向かっています!」


 それは不味い、とフェシウスは頭を悩ませた。今、あの場所で【試練】に対抗できる人間は旧友の〈賢者〉しかいない。しかし彼は【試練】を打ち倒すだろうか? いや、もしかしたら傍観するかもしれない。


 今、ギルド内で【試練】に対抗できるのは……


「はぁー、僕だけだね」


 彼は数年ぶりに愛槍を握り、【試練】の下に向かおうとしたその時、部下から再び緊急の連絡がもたらされた。


「えっと、その……【試練】の獣が、何者かにさせられました……」


「え? 消滅?」


「は、はい……目撃者によると、散歩をしていたらしい魔族の少女が一撃で、周辺の地形ごと〈緑猪主〉を消滅させたようです……」


「そんなことが可能な魔族は、今の時代にはテラ・ノーブルスタインだけしか――いや、違う」


 彼の頭の中にはそれが出来るであろう人物が、三人、浮かび上がった。しかしその内一人は「現実的に考えて不可能」であり、もう一人は「今は難しい」。


 故に、消去法で残った一人の人物――その人物が封印から目覚めたという話は聞いていたが、ただの与太話だと思っていた。


「〈魔王〉ユニア・エレニースタイン……」


   ◆◆◆


「へくちゅっ」


 白髪の少女は散歩の途中、可愛らしいくしゃみをした。


「誰かが私のうわさでもしたのかな……それとも、ずっと裸で寝てたから風邪でもひいたのかな」


 彼女は今、散歩をしていた。


 王都へと。


   ◆◆◆


 フェシウスはさんざん悩んだ。〈魔王〉の行き先がウェルハイズだということは、彼の中では明白な事実であった。


 果たして、自分もウェルハイズに行くべきだろうか……〈賢者〉と〈魔王〉と衝突したとき、何が起きるのか……ああ、きっと彼(あるいは彼女)は全てを理解するはずだ。


 100年前、彼が死んだ後に何が起きたのかを。


 結局、フェシウスは王都に向かわないことにした。


『これは君がツケを払うべき事象だ。あの時、腹いせで行き当たりばったりに転生したことで何が起きたのか――』


「――そう、何が起きたのか、知っておくといいよ」


 それは、ある種の復讐だ。


 窓ガラスに映っていたのは、邪悪に歪められたフェシウスの笑顔であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る