第34話 王都動乱――精鋭衝突

「オォラァァァァ!!」


 様々な障害を掻い潜った先に立ちはだかる鉄壁の巨門に鋼鉄の杭パイルバンカーが突き刺さり、炸裂。巨門は衝撃に耐えたものの周囲の城壁は耐えられなかった。先に城壁が崩壊し、門はドミノのように倒れ、連合軍の進軍路に変わってしまった。


 矢は突き進む。門を抜けてすぐの大通りの先には石レンガの円柱が複数連なった王城。彼女達の目的地。その中のどこかにいる、クーデターの首謀者、サージェスを投降させればこの動乱は終わる。


 しかし――大通りと王城を結ぶ、大きな堀の上に掛けられた跳ね橋が、今、連合軍の目の前で爆砕された。木片が緑色の濁水へと沈んでいく。


(なるほど。最初から進路は断っておくと。跳ね橋を上げたままにすると魔法で降ろせてしまいますからね)


 だが、その行為は敵の進路を断つと同時に、自らの退路を断つ、いわば背水の陣を自ら作るのと同義だ。


 サージェスはもう覚悟を決めている。ここで連合軍を迎え撃つと。


 跳ね橋が落とされてからのシェルテの判断は迅速であった。


「……聞けぇっ!! この深い掘に掛けられた跳ね橋が落とされた以上、本隊を全て城の内部に送り込むのは難しい! 故に先遣隊・本隊の両隊で向こうに渡る手段の無い者は皆、ここで我と共に敵の援軍を食い止めるのだ!!」


 本隊の隊員は約200名。元々城内が狭いためにそれほど多くの人数を割いておらず、カトリスが〈蛇狩り盗賊団〉の斥候に集めさせた情報によると「要注意人物はだ」とのこと。


 一人目、動乱の首謀者、サージェス。


 その卓越した魔法技術には底が見えず、未だにカトリスも彼の実力の程度を見極められていない。故に、単独で戦うことはまず避けるべきである。


 二人目、サージェスの右腕とも言える配下、レミゼ。


 彼女の優れた刀の技術と運動神経、異常なまでの執念、野生動物並みの勘、そして、本当に人間なのか疑わしいほどの耐久力は脅威であるため、見つかった場合はすぐに逃げた方が良い。



「だが、一人だけ、


 三人目――ウェルハイズの英雄、グラニール。


 このウェルハイズで最も強い男であり、その槍は竜の鱗に対し一瞬の内に30以上の風穴を空けられる。故に与えられた称号は「光閃」。誰一人として、彼の槍は止められない。


「見かけたら全力で逃げろ。断言する。一対一で戦ったら誰も勝てない。それこそ、地平線の先から超長距離の遠距離狙撃でもしない限り無理だ」


 逆に言えば、その三人以外は十分勝てる、と彼は語った。



 本隊の内、まず最初に跳ね橋が掛けられていた堀を越したのはカトリスだった。ロープフックを王城の壁に掛け、走り幅跳びでもするように高く跳び、王城へと渡った。


 次に渡ったのはシュラだ。彼女はまるで見えぬ道を渡るかのように空を走り、王城に侵入した。


 二人の機動力を目の当たりにして、3人固まっていた転移者の内の一人、佐藤歩夢は独り言ちる。


「……俺たちは無理そーだな。あんな、忍者みたいな動き、できねーよ普通。」


「うん……水面さんはどうするの?」


「私も、流石にアレは無理よ。半分までならギリギリ行けたかもしれないけど……私たちは大人しく、シェルテさんの方に加わりましょう」


「何言ってるんですか? 行きますよ」


「「「え?」」」


 ドロシーの魔法により彼女含む4人は浮遊し、王城に渡らされた。


「あなた達の事情は聞き及んでおります。故に、あなた達がサージェスの行く末を見届けるべきでしょう」


「……そうね。私たちをこの世界に召喚した元凶が、どこの誰とも知れない人間にやられるのは、ちょっと癪ね。出来れば私がこの手で引導を渡してやりたいわ」


(……なあ、水面のヤツ、なんか来た時と比べて大分性格が変わってねぇか? 何というか、鋭いナイフみてぇ)


(色々あったからね……)


 キョウカの聴覚はこちらの世界に来てから飛躍的に向上した……彼らの話も当然聞こえていたが、何も反応せずに、彼女は槍をより強く握って場内に侵入した。


「……どうしたの? 置いていくわよ」


「あー分かった、行くよ!」


「待って待って二人とも、俺も行くから!」


 他にも数人が王城へと渡り、王城の攻略が始まった。


   ◆◆◆


「ふむ、この程度か。つまらぬな」


 シュラは兵士魔法使い新兵精鋭合わせて100人ほどを切り捨てた後にそう呟いた。彼女の背後に兵士の川が出来上がっているが、勿論誰一人として殺してはいない。彼女は「カトリス殿が語っていた通りだな……」と、退屈そうにあくびを手で隠し、もう何十人か切り捨てながら城の中を探索していた。


 彼女の目的は「動乱の鎮圧」ではなく「玩具探し」だった。


 階段を上がり、すぐそこのドアを蹴破った。


 すると。


「……む?」


 ドアが幾つも立ち並ぶ、天井の高い小綺麗な廊下の先に黒いローブを纏った女が一人、壁に寄りかかって座り込んでいた。


「……ん」


 侵入者の存在を感知した彼女は立ち上がり、ローブの中から一本の刀を取り出し、金属同士が擦れ合う音と共に鞘から抜いた。


 シュラは編み笠の下で目を輝かせた。自らと同じ「刀使い」――ある意味、シュラが最も戦いたかった敵と、幸運なことにも遭遇できた。


「サージェス様の命にて、この先には蟻一匹たりとも通さない。大人しく引き返せ、下手人」


「そうはいかぬ。ええと、貴殿はレミゼ殿、でよろしいのかな?」


「……あの赤い負け犬からか? いや、そんなのはどうでもいい……引き返さないなら――」


 一息に、彼女は下手人との距離を詰める。


「――斬り伏せるまで」


 甲高い金属音が廊下に響いた。


 鯉口を切って露わになった刀の根元で、レミゼの刀は受け止められていた。


「ふむ、貴殿は雑兵と違い、多少は楽しめるようだな?」


 シュラの、左足を軸にした回し蹴り――大きく飛び退かせてレミゼとの距離を取り、二人の間に「間合い」という名の不可視の壁が出来上がる。


 そして、シュラもまた、刀を抜いた。


「――嗚呼、為して魅せよう、鋼断ち。“修羅シュラ”のやいばの名の下に」

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