第33話 王都動乱――“美食”ヴィオラ
獣王軍第三旅団――およそ1,000名。その全てが三角形、王都に向けられたの矢尻のように並ぶ様はまさに「壮観」の一言に尽きます。
『多くの魔物を相手にする以上、王都を包囲して責め立てるのは悪手だ。故に――王城まで、一点突破で進むべきだろう』
私たちの作戦は、戦略的突撃による短期決戦――言い方を変えれば「ただのゴリ押し」とも取れますが……しかし、長期戦に持ち込むと有利なのは竜や魔物などを操れる向こう側です。疲れ切っているときの夜襲ほど面倒な物はありません。
「皆、恐れずに我に続け!」
おおよそ2mはある大斧を背負ったシェルテさんはそう叫び、皆を鼓舞しました。
矢尻の先端――先遣隊を率いるのはシェルテさんで、その背後にはパイルバンカーを構えたレティレットさん、盾をドラゴン素材で新調したチェロンさん、及び旅団員およそ300名と攻城用巨像型ゴーレムが並んでおります。
彼女たち先遣隊は王城までの道を切り拓きます。
「えーと、あー……死ぬな、殺すな、以上」
矢尻の中腹――本隊を率いるのはカトリスさんです。
彼の素性を良く知らない旅団員からは不満の声が上がりましたが、シェルテさんが「こやつの素性はともかく、力量は我が保証する!」と太鼓判を押すと「旅団長がそういうならいいか」と不満を持っていた人は皆納得しました。すごいですね、彼女のカリスマ。
本隊にはシュラさん、私、椎名さん以外の〈蛇狩り盗賊団〉およそ30名、旅団員およそ100名が参加しております。
私たち本隊は先遣隊が作り上げた道を進んで城内を攻め込みます。
また、精鋭数人は本隊として城内侵入後、遊撃隊として各自臨機応変に戦うことになっています。
遊撃隊のメンバーはカトリスさん、シュラさん、盗賊団のミレーネ&ジャックの金銀コンビ、昨日腕相撲大会に参加していたガルファルスくん――そして、驚くべきことに、水面さんも遊撃隊員に数えられております。
私は盗賊団に医者として参加して学生たちを数日間見守っていたのですが、水面さんの向上心は驚くべきものでした。
毎日多くの違法馬車を襲い、晩にはカトリスさんに修行をつけてもらう――元々分かっていた通り彼女は優秀で才能に満ち溢れています。師匠であるカトリスさんにかすり傷を負わせられるようになるまで、そう長くは掛かりませんでした。
もはや彼女は何も知らない子供ではありません。この世界の中、一人で生き抜く力を持った大人です。
……時々、椎名さんと怪しい雰囲気になってはいますが……まあ、それは見てないことにしましょう。
「ふっふっふっ……!! 誰一人死なせないわっ! 勝ってみんなで美味しいご飯を食べましょうっ! 昨日みたいにねっ!」
矢尻の後方――支援部隊を率いるのはヴィオラさんです。
一番人数が多いのはこの部隊で、先遣隊・本隊以外の旅団員、ソーサリウムの全自動医療用メイド型ゴーレムやマーチの部隊、その他非戦闘員は皆ここに配属されております
支援部隊の仕事はとても多く、後方からの狙撃による前衛の援護及び空兵の制圧、戦線の押し上げ、先遣隊の作った道の補強、負傷者の救護、その他諸々……戦う場面が少ない分、それ以外の負担がすごいです。
負担の大きい支援部隊の中でも、ヴィオラさんの負担は他の人とは比べられません。なぜかは……実際にその時になれば分かると思います。
しかしそれは、連合軍の中には誰一人として代わりのいない(私を除く)重大な役割です。頑張ってもらいましょう。
まあ、有能であることを理由に割を食う人間が居るのはよく知っています。それ故、私は地球に転生した後は程々に生きることを目標としましたので。
腕時計を見るとそろそろ開戦です。
ヴィオラさんは支援部隊ですが、現在は最前線――先遣隊率いるシェルテさんよりも前に、たった一人で立っております。
眼前の王都上空では大小強弱様々な飛行生物が連合軍を見下ろしています。まさに一触即発――向こうも理解しております。こちらが戦を仕掛けようとしていることに。
開戦の号令はヴィオラさんに委ねられております。私の隣に立つ、共に城内に攻め込む予定のシュラさんは最前線に立つ彼女を見て、顎に手を当てました。
「ふぅむ、ヴィオラ殿は何をしようとしているのか、あちきにはさっぱり見当がつかぬな」
「まあ……面白いことが起こると思いますよ」
私から言えるのはそれだけです。実際のところ、私もヴィオラさんが何が起こすつもりなのかは分かりませんから。
◆◆◆
ヴィオラはそれをひけらかすことは無いものの、魔法都市ソーサリウムの名高き錬金術師の一族である父と名高き魔法使いの一族である母との間に産まれた才媛である。
優秀な両親のサラブレットである彼女は二人の才能を見事に引き継いでおり、そのまま成長していれば、今頃はソーサリウムの全国民の憧れである〈賢者〉の一人に認められていただろう。
だろう。
その言葉が指す通り、彼女は10歳の誕生日に道を踏み外してしまった。
原因は母方の一族と政治的に対立している他の魔法使い一族が暗殺者を送り込み、将来有望な彼女を殺そうとしたことだ。
暗殺者である“彼女”はまず料理人としてヴィオラの家に潜入し、7年間、一日たりとも手を抜かず真面目に働いた。そして両親から十分信頼を得たところで彼女は「お嬢様の誕生日を祝いたく思い、極秘に仕入れた幻の食材を振るうことをお許しください」と申し出た。まさか自分たちの信頼している彼女が娘を暗殺しようとしている刺客だとは思いもせず、ヴィオラの両親はそれを許可した。
極北――大陸の端の海で獲れる“魚”という生き物は身が固く、鱗は鎧のようで食えたものじゃない。身が柔らかいものは致死性の毒を持っているため、食べてはいけない。
彼女が仕入れた食材こそがそれだった。そして彼女は誕生日に毒魚の身をほぐして混入させたスープをヴィオラに振る舞い、彼女はそれを飲んで、倒れてしまい……両親の賢明な救護のおかげか、それとも“魂の格”が成長したおかげか、ヴィオラは奇跡的に生還した。
いや、生還してしまった。
一方、暗殺者の“彼女”はその場で捕らえられた。元々彼女はヴィオラを暗殺するための捨て駒だったため、勿論、依頼人は彼女を見殺しにした。
屋敷の地下で拷問を受けた彼女だったが、依頼人の名を出すことは無かった。これ以上は何の成果も無いだろうと両親は判断し、彼女を処刑しようとしたが、その前にヴィオラは彼女と話したいと両親を説得し、厳重に拘束された彼女と話す機会が設けられた。
「……ああ、お嬢様。生きておられたのですね」
「■■■■■……」
ヴィオラが自分の名を――任務用の偽名を呟いたのを聞いて、暗殺者は覚悟をした。
きっと、その後に紡がれるのは私に対する絶え間ない罵倒であると。
任務を達成するために自ら殺していた心の奥底では、彼女は自分の姉妹のようにヴィオラの事を愛していた。愛する者からの罵倒。それこそが自分に相応しい罰だと思っていた。
けれどもヴィオラが彼女に伝えたのは――感謝だった。
「なんなの、あのすっごいおいしいものっ!? あたしにもっともっと、おいしいものをおしえてちょうだいっ!!」
「……お嬢様。残念ながらそれは叶いません。私は……任務などという名目で、お嬢様を、手に……かけようとしたのです……!! やり直せるはずもない、過ちなのです!!」
ヴィオラの希望に満ちた、太陽のように明るい笑顔と言葉を目の当たりにして、暗殺者である彼女は今更自分の行いを後悔し、瞳に涙を浮かべた。
ああ、できることならやり直したい。そして、お嬢様に、もっともっと美味しい物を食べてもらいたい……
「やりなおせるわよっ!!
どこでそんな言葉を覚えたのだろうか。
ヴィオラは両親と交渉し「彼女が今回の依頼に関して全てを瑕疵なく語ればヴィオラに対する殺人未遂を不問とする」という約束を取り付けた。
(やり直して、いいんだ)
彼女はヴィオラの両親の前で依頼人について全て語り、そして、最後にヴィオラに対してあることを教えた。
「お嬢様。私の■■■■■という名前は任務のために作り上げた偽名です。私の本当の名前は――」
暗殺者としての彼女は死んだ。
彼女は■■■■■という名の料理人として、今もヴィオラの実家に勤めている。
そして――彼女の持つ美食の知識のことごとくが「毒」に偏っていたせいで、ヴィオラは錬金術の才能をあらぬ方面に開花させてしまった。
また、鍛え上げた魔法と錬金術で世界中の美食を味わいたいと思い、彼女は約束された将来を捨てて冒険者となった。
結果、今の彼女が出来上がった。
“〈賢者〉という将来を捨て、冒険者になったことを後悔しているか?”
彼女にそう訊ねても、結果は決まっている。
「答えはノーよっ!! この美食の探究への後悔なんて、薬包紙一枚分ほどの重さも無いわっ!!」
熟練冒険者となった彼女は現在、より多くの人に美食を届けるため、クーデター及び魔物の召喚を起こしたことで他国からの輸出入が難しくなったウェルハイズ王国を解放しようとしている。
澄み渡る青空の下で彼女は天に腕を掲げ、指を鳴らした。
「さあ、行くわよ――大規模錬金術、名付けて、【
王都を取り囲む城壁の前の、自然豊かな広大な大地がせり上がり――
王都の隣に、第二の王都が出来上がった。
神業。
彼女の引き起こした錬金術はもはや錬金術の範疇を超えており、未だかつて見たことのない「一夜城」を見て連合軍は皆、信じられないように呆けており――いち早く意識を取り戻したのは旅団長・シェルテであった。
「征くぞぉぉぉぉぉぉォォッ!!!!!!」
旅団長・シェルテの号令により皆は意識を取り戻し、矢尻は王城へと放たれた。
あとは真っ直ぐ、ただ真っ直ぐと突き進んで征くだけだ。
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