第37話 全ての原因
私がこちらの世界に召喚された理由は〈魔王〉討伐のためでした――建前上はそのはずでした。けれどもその時、私は疑問に思ったのです。
〈魔王〉って、誰?
しかし〈魔王〉の正体がユニア・エレニースタイン……前世の知り合いだと知ってようやく、フェシウスがなぜ、君がツケを払うべき事象だー、とか、女の子の恨みは怖いねー、とか言っていたのを理解できました。
そもそも、私に転生魔法を創れと言ってきたのは、レイジスタ帝国の帝王です。
そうしてファラリスの雄牛の製作者の如く自身で試せと言われたので、私は嫌気がさして“異世界干渉”の魔法を併用し、異世界転生を果たした……
これが、前世における私の生涯です。
しかしその後、私を死に至らしめた要因がレイジスタ帝国にあると知ったユニアは、キレて帝国を滅ぼしてしまいました。
そして、怒りのあまり、大陸を滅ぼそうと……というのは間違いであるとサージェスさんから、そして彼女自身から訂正されました。
「〈魔王〉様はその寛大なる慈悲の心で多くの人類を、そして遍く獣を平等に隷属し、ここ、豪雪の極地エーベリアに世界で最も平和な国を築き上げ――」
「なんか、服従するから滅ぼさないでーって言われて、どーでもいいからほっといてたら勝手に魔王って呼ばれてた」
「え? そうなのですか?」
本人がそう言うならそれが真実なのでしょう。
そんなこんなで滅ぼしてから10年ほど経ち、当時世界最強の剣士であった〈魔剣使い〉が神剣を使って彼女を封印しました。
「〈魔剣使い〉ってキュースケの養子だよね? フェシウスがフラフ村のリリーラちゃんに夜這いしてうっかり孕ませちゃったハーフエルフの子ども」
「はい。フェシウスの色欲バカが一夜の過ちでうっかり孕ませてしまったけれど世間体が色々とマズイから私が引き取った子どもです。まさか、ユニア以上の実力にまで成長しているとは……」
「え? ちょっと待って。今とんでもない歴史的スキャンダルを聞いた気がするんだけど? おじ様ってそんな人だったの?」
おじ様――はい、アルセリアさんはフェシウスの遠縁の親戚であり――
というのはウソです。ちなみに私だったら多分そのウソを信じると思います。だって、フェシウスですし……
ともかく、アルセリアさんからすればフェシウスは生ける偉人で尊敬すべき存在であり……母親の友人でもあります。その関係で何度か彼と会ったことのあるアルセリアさんは、彼のことを「おじ様」と呼んで慕っております。
止めておいた方が良い気がしますよ。あの男と関わるのは。
それはともかく、アルセリアさんの母親――その人物は私の知り合いでもありました。
カルミナ・エレニースタイン。
〈魔王〉ユニアの妹であり、魔法都市ソーサリウムの長、テラ・ノーブルスタインの
まさか、アルセリアさんの母親が彼女とは。うーん、時間の流れって残酷。
「それで、私は王女様の身体に流れるカルミナ様の“魔王の血”を用いて〈魔王〉様が隷属させた生き物を従え、新たな魔族国家を築こうとしたのです」
「じゃあ待って。サージェス……なんで貴方は〈勇者召喚〉をしたの? 魔族国家を築くためならそんなことをする必要ないじゃない?」
「それはもちろん、魔王様に新たな勇者を打ち破ってもらい、その名声を高めてもらおうと……」
「建前ですよね? それは」
「……ええと……本当は、ちょっと好奇心でやってみたかっただけで……『代償魔法』として伝承を歪めれば、多分出来るような気がしたので……」
サージェスさんは白状しました。しかしこの場にそれを咎める者はだれ一人おりません。むしろ「ああ、好奇心なら仕方がない」と皆、彼の気持ちに理解を示しました。
ちなみに「代償魔法」というのは魔法を発動するための手段の一つで、要するに等価交換です。マイナスを増やしてプラスを増やす……それが、「無能が紛れ込んだ」という不具合(嘘)の真相です。
「……でもおかしい。キュースケが無能って、そんなわけ無い」
「ええ。私も、まさか貴方が〈賢者〉であるとは露知らず……あれ程度の魔水晶では貴方の魂の格を測ることなどできません。私自身の無能を露呈させてしまいました」
こちらの世界に来た時、彼は魔水晶という道具で転移者の魔力を測りましたが、あの純度ではせいぜい『4』~『6』までしか測れません。なので魂の格が『7』である私には反応せず、サージェスさんは私が無能であると誤解したわけです。
――つまり、本来“無能”と呼ばれ、地下牢に閉じ込められていたはずの存在がいます。そして本当の無能は、今〈勇者〉の中に紛れている――。
……まあ、どうでもいいことですね。
「そういえば、アレはどこですか? 国庫の中の魔法使いの遺産」
「それなら、ここに」
彼は一冊の本を取り出しました。革の装丁は随分とボロボロですが、中の紙は未だに白いままです。
そうして、それをペラペラと捲って中身を確認して……ああ、やっぱり。彼が賢者目録の魔法を使っている時点で大方察してはいましたが……
「随分と字は汚いですが書いてあることは辛うじて読めました。その本の内容は……遥か昔の物であるはずなのに、現代の魔法学を数世代も変えてしまうような革新的な物ばかり……まさにオーパーツです! しかし、本の表紙のサインだけは装丁の劣化と字の汚さで判読できず……」
「〈百貌の賢者〉です」
「は……?」
「このサインは〈百貌の賢者〉って書いてるんですよ。すみませんね。字が汚くて」
「……つまり、貴方が……? ……申し訳ございませんでした!!」
私がずっと気になっていた国庫の中の「魔法使いの遺産」ですが、蓋を開けてみれば、それは私の研究ノートでした。
ああ、なるほど。……なんでこれがウェルハイズ王国に流れ着いているんですかね?
その疑問の答えは、しばらく会話した後に出てきました。
「……90年間も封印されてたんだ、私」
「私も100年間こっちの世界に居ませんでしたし……」
私とユニアはアルセリアさんの方を見て、同時に溜息を吐きました。
「「はぁー、まさかカルミナが子供を作ってたなんて」」
「とはいっても、カルミナ様がアルセリア様を生んだのは16年前のことです。当時、偽名を使って冒険者ギルドで〈グランドマスター〉の地位に居たカルミナ様は〈黒狼主〉との戦いで仲間を庇って再起不能の重傷を負ってしまい、それで療養のため、田舎にあったウェルハイズ王国に流れついたのです」
……あー、カルミナ、あの子、私が死んだ後に研究ノートを拝借したんですね。なるほど、だからウェルハイズ王国の国庫の中に仕舞い込まれていたんですか。謎が解けました。
「それで、現国王との間に娘をもうけた、と」
「……人の両親の出会いを説明しないでくれる? 恥ずかしいから……」
さっき「元カノって何っ!?」ってさんざん目を輝かせて根掘り葉掘り聞いてきたのは誰でしたっけ?
◆◆◆
その後、4人で話してまとめ上げた時系列はこんな感じです。
100年前
・〈百貌の賢者〉がレイジスタ帝王の命により自害し、異世界に転生。
・ユニア・エレニースタインが〈百貌の賢者〉を殺された復讐にレイジスタ帝国を滅ぼし、〈魔王〉と呼ばれるようになる。
時期不明
・カルミナ・エレニースタインが〈百貌の賢者〉の死後、研究ノートを盗み、放浪の旅に出る。
90年前
・ユニア・エレニースタインが〈魔剣使い〉によって封印される。
80年~20年前
・【試練】の獣〈緑羊主〉出現。
・【試練】の獣〈赤猿主〉出現。
・【試練】の獣〈白隼主〉出現。
・【試練】の獣〈黒狼主〉出現。
・〈黒狼主〉征伐戦でカルミナ・エレニースタインは冒険者として再起不能の傷を負い、再び流浪の旅に出る。
時期不明
・カルミナ・エレニースタインがウェルハイズ王国に到着。そこで国王と出会った。
16年前
・ウェルハイズ王妃カルミナはアルセリア・フォン・ウェルハイズを出産。
15年前
・サージェス、ウェルハイズ王国魔法大臣に就任。
10年前
・カルミナ死去。原因不明。
現在
・勇者召喚。
・ウェルハイズ王国のクーデター。
・【試練】の獣〈緑猪主〉出現。
・魔王復活。
その他諸々――
では、もう一度時系列の最初の部分を見てみましょう。
◆◆◆
100年前
・〈百貌の賢者〉がレイジスタ帝王の命により自害し、異世界に転生。
・ユニア・エレニースタインが〈百貌の賢者〉を殺された復讐にレイジスタ帝国を滅ぼし、〈魔王〉と呼ばれるようになる。
時期不明
・カルミナ・エレニースタインが〈百貌の賢者〉の死後、研究ノートを盗み、放浪の旅に出る。
◆◆◆
頭の中で、フェシウスの声が閃光のように駆け巡りました。
『これは君がツケを払うべき事象だ。あの時、腹いせで行き当たりばったりに転生したことで何が起きたのか、自分の目で確かめてみるといいよ』
『……まあ、女の子の恨みは怖いね、ってことで……』
……もしかして、全ての原因って……私が死んだことなのでは?
「まあ、過ぎたことは忘れましょう」
終わってしまえば、全部ただの笑い話ですから。
――――
あとがき
次話、最終話「エピローグ」です。
王都動乱終結後のそれからです。
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