第31話 王都動乱――連合軍 1

 一連の騒動が始まってから既に六日ほど経ちましたが、ホウキに乗って空から観察してみても、ウェルハイズ王国は今のところ他国に宣戦布告をしたり、無意味な虐殺をしたりはしていません。むしろ移民を積極的に受け入れております。


 そのほとんどは迫害され、故郷を追われた宿無しの魔族……家族で移住してきた者も居ましたが、彼らが王都内で争いごとを起こした、なんていうのは今のところ見受けられません。ごく自然に町中に溶け込んでおります。


 それもこれも全てサージェスの卓越した手腕による結果です。彼は正真正銘の秀才でした。


 最初に宣言していた通り魔物が人を襲うようなことも無く、むしろ、動物系の魔物などは王都に住まう人間から生肉などの餌を与えられており、町中に住まう野良猫のような扱いをされておりました。


 公園の方を見てみると、魔族の少女と狼獣人の少年が一緒に砂遊びをしております。世界中で魔族は迫害されている、なんて言っても信じられないような光景です。


 そもそもどうして魔族が迫害を受けているのかと言えば、100年前に〈魔王〉とやらが世界を滅ぼしかけたからです。それ故、魔族から新たな魔王が生まれることを恐れ、世界で魔族を排斥する運動が始まったみたいですねー。


 とはいっても、私はその〈魔王〉とやらに会ったことがありません。私が死んだ後に生まれたようです。もしかしたら【試練】の一つなのかもしれませんが……


 それはさておき、私の本体がこちらの世界に召喚された際にサージェスさんが言ってたことが正しければ、その〈魔王〉を封印したのは私の弟子みたいです。いやはや、手塩にかけて育てた愛弟子であり、愛義娘むすめでもありますから感慨深いですね……本当に、誇らしいことこの上ないです。


 彼女は今、どうしているのでしょうか? フェシウスが言うにはピンピンしているようですが……ただ、合わせる顔がありません。私はあの子を置いてけぼりにしたまま、異世界に転生してしまいましたから……うーん、グレていないことを願いましょう。


「おっと、そろそろ時間ですね」


 腕時計が12時を指した辺りで、私は空中に門を開き、アピアス共和国とウェルハイズ王国の国境線付近に設立された「連合軍本部」に転移しました。


   ◆◆◆


 連合軍の構成について説明しましょう。


 自然都市エルフィランドより派遣された「獣王軍第三旅団」およそ1,000名。旅団長・牛獣人「シェルテ・ハーベッツナ」。武人然とした大変ガタイの良い女性です。とても立派な角が頭の横から生えております。


 商業都市マーチより派遣された「同盟軍臨時支援部隊」およそ300名。部隊長・鳥獣人「ティティ・アルマチア」。吹けば飛びそうなほどに痩せた、争いごとが苦手そうな眼鏡の男性です。


 魔法都市ソーサリウムより支援された物資は高さ20mほどの「攻城用巨像型ゴーレム」10機、男性陣の希望「全自動医療用メイド型ゴーレム」50機、手のひらサイズのブロックをいじるだけで簡単に家が創れてしまう「簡易家屋作成モジュール」およそ500個。どれも高価な最新型ではなくそこそこのコストで製造できる廉価版ですが実際に使う分には何ら問題はありません。


 そして、自由都市リベリオンから派遣された部隊――それを見て、エルフィランドのシェルテさんは激昂しました。


「自由都市の長は、我らを愚弄しているのかっ!?」


「まあまあ、シェルテ様、落ち着いてください」


「これを見て其方そなたは落ち着いていられるのかっ!? マーチの部隊長よ! 自由都市の長、フェシウスがここに派遣した部隊は――4人だけだぞっ!?」


「まあまあ……」


 彼女は、フェシウスが連合軍にたった4人しか派遣していないことに対して激昂しています。まあ普通に考えたら怒りますよね。エルフィランドはリベリオンに要請されておよそ1,000名を派遣したというのに、当の本人はたった4人しか派遣していないのは、流石に……。


「あら、心外ねっ!!」


 今、私を膝の上で抱いている彼女は大きな声で反論しました。


 今日の彼女は喉の調子が良いみたいです。


「私たちの実力を疑うようなら、今ここで決着を付けましょう――腕相撲で!」


「いいだろう! 旅団長の名に懸けて受けて立つ!」


〈美暴飽悪〉――いえ、今は(仮)でしたね。


 リベリオンより派遣された彼女たち4人+私とシェルテさんら「獣王軍第三旅団」から選抜された精鋭5名の腕相撲勝ち抜き戦が唐突に始まりました。


   ◆◆◆


 ルールは簡単。手の甲がテーブルについた方が負け。お互いに先鋒・次鋒・中堅・副将・大将を決めて勝ち抜き戦をしていきます。つまり5タテがありえます。


 しかし、体力配分を考える必要がありますので、お互いに先鋒は様子見ですね。


 審判を務めるのは同盟軍参加者の〈蛇狩り盗賊団〉団長カトリスさんです。ものすごく「なんで俺が……?」みたいな顔をしていますが、律儀に審判を務めてくれました。


「さあさあ、貴方はどちらに賭けますか? 現在のオッズはエルフィランド1.7のリベリオン3.1です。エルフィランドが勝つと思われているようですね」


「え? ありがと……じゃあ、俺もエルフィランドに賭けてみるか。銀貨1枚ぐらい……」


「ありがとうございますっ! あ、このエールはサービスです」


 マーチの商人はこれを商機と見て面白がって見に来た見物客を原価が大して高くない酒を餌にして賭けに誘い、ついでにつまみやらその他様々な物を売りつけておりました。商魂たくましいです。


 おっと、そろそろ試合が始まりますね。まず一試合目のオーダーは……



〈美暴飽悪〉・先鋒:ヴィオラ

 獣王軍第三旅団・先鋒:ガルファルス(背丈が中くらいの狼獣人の男の子です)



「……いや、其方が先鋒なのかっ!?」


「当然よっ! 私、三人と比べて腕力はそこそこだもの!」


「えっと、よろしくお願いします! ヴィオラさん!」


「よろしくね、ガルファルスくん!」


 互いに挨拶を交わして、二人は台の上に肘を載せました。そして審判のカトリスさんは旗を上げ――


「よーい、始めー」


 そんな、気の抜けるような掛け声とともに腕相撲が始まりました。


   ◆◆◆


 二人の試合は拮抗しております。二人の額に汗が滲んでくるにつれて、観客の激励とも罵倒とも付かない多様な声にも熱気が籠ってきました。賭けに参加した客が増えたんでしょうね。


 しばらくすると、ついに決着がつきました。


「ぐぐぐ……ぐりゃぁぁあああっ!!」


 ヴィオラさんが声を上げて力を踏ん張って出し切って――ガルファルスくんの手の甲が、机に叩き付けられました。


「はぁ、はぁ……私の勝ちねっ!!」


 壇上でガッツポーズを取るヴィオラさん。ガルファルスくんは自陣で「すみません旅団長、負けてしまいました……」と悔し気に報告しましたが、シェルテさんは「いやいい。其方はよく頑張った、ガルファルス」と、彼を抱きしめて慰めております。


 次の試合は、リベリオンサイドは引き続きヴィオラさんが出陣――そう思っていたら、


「いや、ちょっと待ってくれ」


 審判をしていたカトリスさんが手を上げました。


 そして、腕相撲用の机を持ち上げて何かを確認して……


「えーと、今の試合、リベリオンのヴィオラは最後の場面で魔法を使い、相手側の地面を柔らかくしていたため反則負けとする」


「……あら、バレちゃった?」


 もちろん私も分かっておりましたが、私は審判じゃないので敢えて口出しはしませんでした。


 魔法を使って反則負けになったためリベリオンサイドの大将から「何やってんだお前バカ野郎! コスいことしてんじゃねぇっ!」と非難されていますが、ヴィオラさんは腕を組んで堂々としております。


「え、反則負け? じゃあ……!」


「良かったな、ガルファルス。其方の勝利だ」


 そんなわけで、ガルファルスくんの逆転勝利です。


   ◆◆◆


 そして、腕相撲大会は続々と進み……


「ごめんなさいっ!」


「うわぁっ!」



「ごめんなさいっ!」


「ぐはぁっ!」



「ごめんなさいっ!」


「んなぁっ!?」



「ごめんなさいっ!」


「ほぎゃあっ!!」



……こちらの次鋒のチェロンさんが、なんと先鋒から副将までを4タテしてしまいました。勝つたびに謝っているその姿は相手からしたら煽っているようにしか映りません。


 そして、残るは大将、つまり――


「なるほど。其方らの実力は伊達ではないと……だが、我を容易く打ち倒せるとは思うなよ?」


 大将のシェルテさんは、指を鳴らして台の上にドンッ! と肘を付けました。

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