第29話 賢者式トレーニング

 私と師匠は桜咲く春の河川敷のそばを歩いていた。と言っても、まだ私の夢の中だけど。師匠の力で私が見ている夢の景色を変えたらしい。


 本当に何でもできるわね、師匠。


 マーちゃんと呼ばれていた白ローブの女性……〈始原の賢者〉は師匠に「後は私にお任せください」と言われ、どこかに去ってしまったわ。


「さて、これから何をするのかというと、夢の世界で特訓をします」


「なんで夢の中なの? 現実でやればいいじゃない」


 理由を尋ねると、師匠は指を鳴らした。


 すると、目の前に移っていた河川敷の景色が変わり、奇妙な形に削れた、まるで大樹のような岩が連なる岩石地帯に立っていた。


「グアアアアオオオオオオォォォォォォ!!!!!!」


 空に浮かぶ雲を掻き消してしまうほどに大きな咆哮が岩石地帯の果てまで轟く。空を飛んでいた巨竜は私の前に降り立ち、ブレスを吐く体勢となり――


(やば)


 突然引き起こされたことに行動する暇もなく、


 私は炎のブレスに焼き溶かされ、蒸発して死亡した。


   ◆◆◆


「……はっ!」


 目が覚めると、河川敷の上に寝転がっていた。師匠は河川敷に石の墓を嫌味の如く作っていたわ。私が目覚めたことに気づいた師匠はこちらを向いて……


「はい、そういうわけです」


 なるほど。そういうわけね……


「何がそういうわけよ!? いきなり出てきたドラゴンに焼き殺されたわよ、私!」


「現実だったら死んでますね。でもここは夢の世界なので死んでも蘇れるからセーフです」


……ああ、忘れていたわ。


 一番最初、私が師匠と出会った時に師匠は迷うことなく乙女の柔肌に触れて力を流し込み、無理やり弟子にしてきたんだったわね。


 しかも、その後には師匠の力が拒絶反応を起こしたのよね。おかげで私は一晩中魂に焼きごてを押されているみたいな苦痛に苛まされたんだったわ……


 その時、苦しんでいる私を見て、彼はこう言った。


『自分でどうにかしてください』


「ちなみにボスラッシュ形式になっているので死んだら最初からやり直しです。死ぬ度にこうやってお墓を立ててあげるので、最後に死んだのかを数えてみましょう」


 ほら。もう百回以上死ぬことが師匠の中で確定しちゃってるもの。


 この〈賢者〉には倫理観というものが無い。人を殺しちゃっても蘇らせれば問題ないと思ってる。この人にとって他人の命とノートの記入ミスは同じようなものだわ。間違えても、書き直せば元通りになる。


 そんな人を目先の利益に釣られて師匠に選んでしまった、哀れな弟子の末路は決まっている。


 ノートのページを破り捨てるが如く、簡単に失われていく命。


 50回ぐらい死んだところで私の中から日にちの感覚は消え失せ、いつの間にか、私は自分が死んだ回数も分からなくなってしまった。


   ◆◆◆


 一戦目。〈マスター〉ランクのドラゴン。


 この敵は出現した瞬間にブレスを吐こうとするおかげで隙だらけよ。


「賢者目録第三篇啓け【禁忌ノ閃戟】」


 ハイ、頭を吹き飛ばして終了よ。


   ◆◆◆


 二戦目。日本のお城の天守閣と呼ばれる場所に。


 相手は全身に甲冑を纏った武者ね。


「いざ、尋常に、正々堂々――」


「賢者目録第三篇啓け【禁忌ノ閃戟】」


 前口上を述べてる方が悪いわ。ハイ次。


   ◆◆◆


 三戦目。所変わって森の中よ。


 相手は「この森全て」。


「ォォォォォ―――!」


 ざわめく森――コイツらは普通に燃やしても自分で消してくるから意味無いわ。


 だから、地面から石油を掘り出して火を点けましょう。


「ッ!?!?!?」


 これで後は放っておくだけで焼け野原よ。ツタが届かないように空を飛んで、遠くで寝ましょう。貴重な休憩時間だもの。存分に堪能しないと損だわ。



「すぅ、すぅ……そろそろ15分経ったわね」


 いつの間にか私は15分ピッタリで起きれるようになっていた。目を覚ますと、足元の森は黒焦げの焼け野原に変わっていたわ。


 ハイ次。


   ◆◆◆


 四戦目は、海の中。


 相手は大王鯨。世界最大級の海の生き物ね。海洋学者(世間一般的に言うと狂人の類い)が描いたスケッチを見たことがあるけれど、そのスケッチの通り目がたくさんあって気色悪いわ。


 海中では魔力濃度が高いから魔法は使えないわ。無理をすれば「第三篇」は使えるけれど、自分に感電して死ぬから無理ね。経験済みの死因よ。


 今のところ、私はこの生物を一度も殺せたことが無い。魔法が使えないというだけでここまで苦しいとは思いもしなかったわ。


 代わりに死因のバリエーションだけが増えていったわ。噛み砕かれて死んで、丸飲みにされて食道の蠕動運動で圧迫されて窒息死して、どうにか生き残っても胃酸で消化されて死んで、胃の中でもがいたとしてもいずれ酸欠で死ぬわ。


 他にも、巨大な尾ヒレで全身を粉砕されて死んで……そもそも海中だから水を飲んでしまってパニックになって死亡。


 そんな感じで、人生で一度しか経験できない死因を何回も経験させてもらったわ。あの鬼畜クソ師匠のおかげでね。


 とか考えてたら、大王鯨が海水を吸い込み始めたわ。これは丸呑みする時の行動ね。流石に泳ぎで抜け出せるわけもなく、私は丸呑みになったわ。




……身体中が滑る。息が出来ない……ということは、ここは食道ね……


 はぁー……さっさと死んで次に行きたいわ。いっそ舌を噛み千切って死のうかしら。どうせ死んでも蘇るのだから一緒よね。


 いえ、ダメね。足掻くことを忘れてはいけないわ。一つ前の「森」だって、苦し紛れに放った魔法が運良く地面の中の石油を掘り当て、それが引火して勝てたんだから。


 けれど、どうやって足掻くの? ここで何が出来るの?


 前回は腹の中なら魔法が使えるかもしれないと思ったけど結局無駄だった。発動自体はできても、減衰された魔法では鯨の肉体を貫くことすら出来なかった。


 悔しさを露わにして、私は最後の力を振り絞って鯨の食道に噛みついた。ヌメヌメしたそれの味は最悪だったけれど――鯨が、吠えた。


(……もしかして)


 寄生虫。


 不意に、私の脳裏にその単語が思い浮かんだ。


 この回は結局死んじゃったけれど……次の回で、私は鯨の食道を文字通り死ぬ気で食い破って、体内を渡って心臓を食い破り、どうにか勝つことに成功したわ。


 ああ、全身が疲れたわ……心臓はあんまり美味しくなかったけれど、肉の方はまあまあイケたわね。今度、また食べてみようかしら?


   ◆◆◆


 そして、五戦目の相手は――あれ? 河川敷?


「おめでとうございます、アルセリアさん」


「……師匠? え? もしかして、ボスラッシュはあの鯨で終わり?」


「いいえ、違いますよ」


 そう言うと、イシャナという名のエルフの女性の姿になっている師匠は空中から剣を取り出した。それは何の変哲も無い剣であるが紫銀色、つまりミスリル製の剣ということが分かった。


 剣に、炎を纏わせる。


「最後の相手は私です。今から行う特訓は――」


「賢者目録第三篇啓け【禁忌ノ閃戟】」


 だったら、問答無用――これまでの恨みも込めて雷の矢を放つ。


「……魔剣術、其の一」


 自身に向かってくる雷の矢に対し、剣を鞘に納めた師匠は――


「【宿魔シュクマ】」


 抜刀し、私の魔法を切り払った……けれど、それだけにとどまらず、師匠の剣には私の魔法によって生み出された雷が宿っている。


「魔剣術……相手の魔法を利用する、魔法使い殺しのスキルね。それを使える人間なんて数えるぐらいだけど……まさか師匠がそんなモノまで覚えているとは思いもしなかったわ」


「ええ。それで、先ほどの話の続きですけど、今から行う特訓は先程までとは少々違いまして、ここでアルセリアさんには『死の感覚』を思い出してもらいます」


「死の感覚……?」


「もしこのままアルセリアさんが現実世界に戻ったら、蘇れると思って無茶をしてしまいそうですから」


……否定しきれなかった。よく考えたらそうよね。現実って蘇れないのよね。夢の世界で何回も死んでたから忘れてたわ。


「でも、どうやってそれを思い出させるの?」


「まあ簡単ですよ。要は、死んだらダメだって言うことを思い出してもらえたら良いので、死んだらペナルティを与えます」


 ペナルティと聞いて、嫌な予感しかしなかった。


「もしもアルセリアさんが死んだら、一日後に蘇生させます。もし連続で四回死んでしまえば、四日間何も出来ないという訳です。もしかしたら四日後には、サージェスさんが自分に反乱する国民の虐殺を始めているかもしれませんね?」


 ああ、なんて重いペナルティなの……? 死んだら、時間をただ無駄にするだけ……絶対に死ねないじゃない!


 私は心の奥から迸る感情を吐き出そうと叫んだ。


「この、鬼畜クソ師匠!!」

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