第24話 賢者目録 3

 ヴィオラさんの家は自由都市近隣の自然豊かな山の麓に建っていました。


「わー、大きい家……」


「学校の体育館みたいですね」


 彼女が言った通り、あぜ道の向こう側に見える学校の体育館並みに大きなお屋敷がヴィオラさんの家です。


『あの子、美味しい野菜と果物を育てたいからって土地を買い上げちゃったんだよ。まあ、元々20年前の〈黒狼主こくろうしゅ〉征伐戦でズタズタになった土地だから買い手なんて付かなかったけどね』


 聞くところによれば、私が居ない間に起きた〈黒狼主〉征伐戦――まあ、この世界で周期的に起きる【試練】の際にこの辺りは地平線の果てまで黒焦げになったそうです。


 それが何と言うことでしょう。


 振り返ってみれば、地平線の果てまで広がる大規模農場。その大きさはアメリカの農場に勝るとも劣りません。


 育てている作物の種類も豊富です。米や小麦、大麦などの穀物にタマネギ、ニンジン、ジャガイモ、大豆などなど……リンゴなどの果物を育てている果樹園もあります。


「この辺りの気候じゃ育たないはずの作物も育てられていますね。何かの魔法でしょうか?」


「……それにしても、随分と個性的な人が働いているんですね」


 右を見ても、左を見ても、農場中で働くカカシ……


 はい、そうです。


 コミカルな顔の木と藁で造られたカカシが作物を収穫していますし、近くの小屋で小麦を製粉してますし、米も脱穀しています。近くの川から水を汲んでジョウロで水やりもしてます。


 カカシの大規模農場です。まだ夕方だからセーフですけど、夜だったら完全にホラーです。


「あれもゴーレムですが……ただ、なんというか……すごい、ヴィオラさんらしいセンスのゴーレムですよねー」


「仕組みも私と全然違いますね。アレは……なるほど。太陽光をエネルギーとしているのですか」


「ドロシーちゃんも太陽光の方が良かったですか?」


「うーん、一長一短ですね」


 あぜ道を歩きながら私は、足が動かせないのでホウキに跨って移動しているドロシーちゃん人形とヴィオラさんの自動化農場について語り合っておりました。


 やっぱり道中、話し相手が居るのと居ないのとでは全然違いますね。あんなに長いあぜ道だったのにいつの間にか終端に辿り着いていました。


 屋敷の正門には錠は掛けられておらず、獅子の装飾が施された取っ手を引いて開けました。


 入ってすぐの中庭にはいかにも侵入者を襲ってきそうなガーゴイルの石像が並べられておりますが、ただの置物です。そのまま石畳が敷かれた道を真っ直ぐ進みました。


 屋敷の黒檀の門扉の前に立ち、三度ノックをすると、扉の奥からバタバタと転げ落ちる音が聞こえてきました。大丈夫でしょうか……


 足音は次第に近づいてきて、そして扉が開かれました。


 昨日とは違い、貴族令嬢然とした白いワンピースのヴィオラさんが、昨日と同じように目をキラキラと輝かせながら出てきてくれました。


「はーい、私に何の用かしら……あら、ドロシーちゃんじゃない。昨日ぶりね。いったいどうしたの……って、二人っ!?」


「ごきげんよう、ヴィオラさん。昨日は大変ありがとうございました」


「それでですね、実は色々ありまして、ヴィオラさんの知恵を貸してもらいたいのです」


「お安い御用ね!」


 私たち二人はヴィオラさんに案内され、屋敷の二階の一室に通してもらいました。


   ◆◆◆


「お茶よ。自家製の物だけど、味は私が保証するわ」


「ありがとうございます」


「頂きますね」


 ソファに座った私たちに紅茶が出されました。後で飲むとしましょう。


「とりあえず、先に説明しますね」


 私は、ヴィオラさんにここまでの経緯を説明しました。魂を裂き、器に込めた方法――賢者目録については伏せましたが、それでも彼女はだいたいの経緯を理解してくれました。


「なるほど、出来るだけ人間に近づけたゴーレムが、動かない、と……」


「はい、その通りです」


「一応、口……もう少し具体的に言うと声帯及び肺代わりの空気袋、あと、頭と表情筋の部分は動かせるんですよ。しかし手足の部分だけがどうにも動かないんです」


「症状は分かったわ。うーん……けど、パッと見ただけじゃ何も分からないわね……ええと、その、ちょっと触診していいかしら? 出来れば服の下も見てみたいのだけれど。もちろん無理にとは言わないわ」


「それくらいなら大丈夫ですよ。見てもらわないと分からない部分も多いでしょうから」


「ありがと、ドロシーちゃん」


 私から許可を貰ったヴィオラさんは早速、黒いスカートをめくって太腿の辺りをさすったり揉んだりし始めました。


 その次はブラウスの下のボタンを外して鼠径部の辺りを撫でたり。


 腕も、手首から二の腕まで、一瞬のうちに慣れた手つきでくまなく触診されました。


「この半生物ゴーレム、すごいわね! どこを触ってもまるで本物の人間みたいな触り心地……ぷにぷにでつやつやしてるわ!」


「……あの、すみません。そっちは本物の私です」


「あら、ごめんあそばせ」


 ナイスです、ドロシーちゃん。


 突然触られて固まってしまった私を見かねて、隣に座っていたドロシーちゃんが助け舟を出してくれました。


 まさか、人形に間違われて触診されるとは……だがしかし、それは私の造形したドロシー人形が本物と見間違うほどの出来であることの証左です。


 どっちが人形かを改めて確認したヴィオラさんは、先ほど私にしたのと同じように慣れた手つきで全身を触っていきました。


……傍から見るとだいぶいかがわしい光景ですね。私はさっき、あんな手つきで触られていたんですか……うーん。複雑。


「……ココも触っていいかしら?」


「いいですよ」


「ちょっとぉ? 勝手に許可を出さないでください。触っていいわけ無いですよ、そこを触るのは流石に……あっ」


 夜になる頃には、ヴィオラさんは原因を突き止めてくれました。


   ◆◆◆


「その身体がゴーレムの範疇から逸脱しているのが原因ね」


「……ゴーレムの範疇から」


「逸脱している?」


 私たち息ピッタリですね。魂が一緒だからですかね?


 それはさておき、ヴィオラさんはもう少し詳しく説明してくれました。


「本来ゴーレムって無機物にエネルギーを与えて疑似生物とする錬金術だけど、ドロシーちゃんが創ったそれ、半生物ゴーレムだったかしら? 触ってみた感じ皮膚の下の筋肉まで丁寧に再現されていたわ。違うのは内臓くらいかしら? ともかく、生物に近づけすぎた弊害で様々な器官が複雑化していて、普通のゴーレムに使われる命令系統の信号の術式だと単純すぎてパワー不足なのよ。だから、普通の生物と同じように頭から発せられた信号はおおよそ首元辺りで途切れて手足が動かないのね。それを解消するためには頭から出される信号を増幅するか、信号の中継地点を創るか……まあ、そういう感じかしら」


「なるほど、そういうことでしたか」


「ありがとうございました」


 なるほど。普通のゴーレムの術式だとパワー不足なのは盲点でした。つまり半生物ゴーレム用の術式を創ればすぐにでも動く、という訳ですね。


 もちろん中継地点を創るという方法もありますが、そちらですと伝達時のタイムラグが発生するので……まあ、術式作成が上手く行かなかったら試してみましょう。


「本日は本当にありがとうございました」


「いいのよ。また困ったことがあったらどんどん頼ってね。ドロシーちゃんだったら大歓迎だから」


「そう言ってもらえると助かります……そういえば」


 今日、玄関で彼女に会ってからずっと気になっていたことがあります。


「ヴィオラさん、なんか今日テンション低くないですか? 昨日はもう少し声のボリュームが大きかったと思うのですが」


「ああ、それはね……“成長痛”で全身が痛いから声を出すと身体に響くのよ」


“成長痛”……こんなにも身長の高いヴィオラさんに再び成長期が……という訳ではなく。


“魂の格”が一つ上の格に成長レベルアップするとそれに応じて肉体うつわの強度も引き上げられるのですが、その時に“成長痛”という全身の痛みが発生するのです。


「なるほど。ヴィオラさん、成長適正が“美食”ですからね。ドラゴンの肉を食べたら、当然成長しますよね……すみません。そんな中、手伝ってもらって」


「だから、さっきも言ったでしょ? どんどん頼ってね、って」


 大変、心強い返答でした……声のボリュームはやはり小さかったですが。


   ◆◆◆


 ホウキの上の彼女が恐る恐る、足を動かし……地面の上に、一歩踏み出しました。


「おぉ……! 立った、立った、ドロシーちゃんが立ちました!」


「……いや、その台詞は色々と危ないよ思いますよ、本物の私?」


「冷静に突っ込まないでください」


 ヴィオラさんの手助けにより、ようやく私は自分を増やすことに成功しました。


 これで、ようやくスタートラインに立てました……さあ、ここからあっちの世界でもこっちの世界でも忙しくなりますよ。

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