第23話 賢者目録 2

 窓からオレンジ色の陽光が差し込む夕暮れ時には、フェシウスの机の上に積み上がった書類の山はほとんど片付いておりました。


 真面目に仕事をすればこのように一日で全部終わらせられるのに、どうしてあんなに仕事を溜めていたのでしょうか、この男は。


 それはさておき、今、彼の目の前にはドロシーが二人います。


 見た目だけなら完全に私そのものです。我ながら、大変出来の良いお人形を作れました。内臓以外の全てが完璧に“人間”です。満足、満足。


「……本当に、身体を増やしてる……はぁー、君は転生しても相も変わらず〈賢者〉なんだね、ドロシー」


「褒めても何も出ませんよ?」


「褒めてないよ?」


「えー、褒めてくださいよ。私頑張ったんですよ? 服で隠しているので分からないと思いますが、この服の下だって私の肉体を完璧に再現しているんですから。見てみますか?」


「いや見ないよ。人形のを見たって何も楽しくないでしょ」


「それに今回制作したこのお人形には今まで作ってきたゴーレムの製法とはまた異なる新しい手法を導入したんですよ。名付けて“半生物ゴーレム”です。これは昨日ハンバーグという言葉を聞いて思いつきまして、本来ゴーレムは石や泥や粘土などの無機物にエネルギーを与えて疑似生物とする錬金術の一つですが、私は泥にドラゴン肉のミンチを混ぜ、出来るだけ生物の身体に近づけてみようと思ったんです。しかしそのままでは生物の死体と同じように腐敗してしまうのでゴーレムの内臓としてドラゴンの消化器官を用い、物質を魔力に変換し、それを常に循環させてドラゴンの肉の細胞呼吸を再開させ、魔力を消費し熱エネルギーと運動エネルギーに……」


 私がこのドロシー人形の原理をペラペラペラペラ説明している間、彼はつまらなさそうに午前中に没収した成人向け雑誌を読んでおりました。


「……つまり、このドロシー人形は言ってしまえば“竜人の肉体”とほぼ同じような物なんです。鱗が無かったり内臓が別の物だったりと多少の違いはありますが」


「ごめん、訂正するよ。本当に君は〈変態けんじゃ〉なんだね」


「なんかおかしくないですか?」


 昔からフェシウスはこんな感じで〈賢者〉と呼ばれる人間の倫理観を疑ってきたり、それらが考えること為すこと全てをとことん奇妙な目で見てきます。今年で四捨五入すると200歳となる彼もまた、100年前と相も変わらず、っていうことですね。


 まあ、もう気にしません。私と彼の仲ですから。


「ところで、君は知っていますよね? 私の“魂の格”」


 魂の格とは、現代日本風に言えばレベルのことです。


「うん。100年前の時点で君の“魂の格”は『7』だったね。つまるところ、生物としてのだ」


「はい。それで、ここからが本題なのですが……魂を納める“器”、つまり肉体は“魂の格”より強くても、弱くてもダメなんです」


「そうだね。100年前、君が“転生魔法”を創っているときに何度も聞いたよ……ん? 君、もしかして……え? まさかだけと……いや、でも……え?」


 フェシウスは、私の話がどこに収束して、どのような結論に終着するのかようやく気づいたようです。


 そして、その結論が不可能である理由を提示してくれました。


「君って、要はその肉体うつわに自分の魂を転生させようとしているんだよね? だったら無理だよ。魂は、一つの肉体に一つだけしか無いんだから」


「それが無理じゃないんです。――賢者目録」


 そう唱えると、私の周囲に九つの光のページが浮かび上がりました。それらのページは私の周りを、残像を残しながらグルグルと回り始めました。


 普段私は気分によって詠唱の真似事をしておりますが、この魔法だけは、例外として真面目に詠唱する必要があります。


 光のページの回転が止まり、私は目の前の一ページを手に取りました。


「――第八篇」


 第八篇は、私が創り上げた世界を歪める魔法バランスブレイカー。間違っても、この世界に広まってはいけない魔法です。


「啓け――【贋作秘器ガンサクヒキ】、〈妖刀「修羅」〉」


「それは……シュラちゃんのアーティファクト? はぁ、やっぱり君は規格外だよ」


 光のページは、一本の刀へと姿を変えました。


 それは昨日〈美暴飽悪〉の一人であるシュラさんが振るっていた、「魂の切断」という概念の結集したアーティファクトです。


 賢者目録第八篇、【贋作秘器ガンサクヒキ】。アーティファクトの贋作を創り上げる魔法。


 あくまで“贋作”なので本物には及びませんが……一度振るう分には、十分です。


「で、それの贋作を創ってどうするつもり……って、まさか……!!」


「ええ、そのまさかです」


 黒い瘴気を溢れさせる、禍々しいその切っ先を――自分自身の腹に向けました。


 覚悟を決めて――切腹!


「うわあっ!! いきなり人のオフィスを血塗れにしないでよっ!」


 いや私よりオフィスを心配しないでくださいよ。このままだと失血死しちゃいますよ?


 まあ、もちろん死ぬつもりは無いですが。


「賢者目録第五篇啓け【黄泉ヨミガエリ】っ! ふぅ、死ぬところでした」


 賢者目録第五篇、【黄泉ヨミガエリ】はあらゆる生物の肉体を完全に修復する魔法です。


 瀕死の重傷を負っても魂がまだ宿っていれば完全回復できる、私より前の〈賢者〉が創った世界を歪める魔法バランスブレイカーです。


 役目を果たした〈妖刀「修羅」〉はボロボロと崩れ落ちました。ああ儚い……存在してはいけない贋作ですから、仕方ありませんね。


「なるほど。随分と荒業だけど……」


「ええ。これで魂を二つに切り分けることが出来ました。あとはこれを……賢者目録、第九篇――啓け、【転生テンセイ】」


 前世の私が創り上げた世界を歪める魔法バランスブレイカーを用い、手のひらに抱えた半分の魂をドロシー人形の中に納めました。


 魂を手に入れた器は活力を取り戻し――彼女わたしは、眼を覚ましました。


 彼女は口を何度かパクパクさせた後に、最初の言葉を発しました。



「……あの、手足が動かないんですけど」


「え、本当ですか?」


 どうやら私の命懸けの実験は失敗に終わったみたいです。残念残念。


 その原因を探るため、私はフェシウスからとある人物の住所を聞き出し、ドロシー人形ちゃんと一緒に彼女の元に訪れることにしました。


 その人物とは――この世界において最高峰の錬金術師である、〈美暴飽悪〉のリーダーこと、ヴィオラさんです。

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