第22話 賢者目録 1

「ふわぁ~……」


 大変、気持ちの良い目覚めでした。昨日は旧友とお酒を飲んで語らい、そして素材を融通してもらい、ドラゴンの肉を食べて眠るという充実した一日を送れましたからね。


 寝室を出ると、リビングではアルセリアさんが目をバキバキにして私の買ってきた本を読み耽っておりました。もはやページを食い破りそうな勢いです。


「おはようございます、アルセリアさん」


「……あ、サカバししょー……戻ってきてたの……?」


「はい。といっても、しばらくしたらあっちに戻りますが……あとこの姿の時はサカバじゃなくてドロシーとお呼びください」


「はいはい……よく分からないこだわりね……」


 反応が鈍いですね。もしかして……


「昨日から寝ずにずっと読んでいるんですか?」


「ええ……そうよ」


 わあ、私が思ってる以上に彼女は努力家でした。24時間以上本を読み続ける熱意と体力は一体どこから来ているのでしょうか。若さですかね。


「寝ずの努力は構いませんが、睡眠もちゃんととりましょう。寝不足は女性の美容の敵ですからね」


「うん……でも、あとこの本だけなの……この本を読んだら寝るから」


「……この本、全部読んだんですか?」


「んー……読んだわ」


 昨日までは机の上には私の買ってきた本が乱雑に山積みにされていましたが、今日見たときには全て綺麗に整頓されていました。しかも、まるで図書館のように化学、歴史などの分類別で纏められて。


 今、彼女は今にも閉じそうな瞼を気力で無理やりこじ開け、積み上げられた本の最後の一冊、おそらくこの中で一番簡単であろう、日本語の習得段階を知るために買った『ももたろう』の絵本を読んでおりました。


「どうでしょうか、『ももたろう』のお話は」


「……おばあさんが凄腕のビーストテイマーなのは分かったわ。団子一つ食べさせただけで動物をテイムできちゃうなんて……」


「そうですねー」


「ねぇ、読み終わったらご褒美ちょうだい……いいでしょ、がんばったんだから」


「構いませんよ」


 考えてみるとこの童話、おかしなところだらけですね。


 桃の中に赤子……それを傷つけずに斧で一刀両断したお爺さん……凄腕ビーストテイマーのお婆さん……その他諸々。


 童話故、気にしたら負けですね。


 私は彼女がその絵本を読み終え、気力の限界に達して気絶するように机に突っ伏して眠り込んだのを見届けた後、彼女をベッドの方に運び、そうして己の用事にいそしむことにしました。


   ◆◆◆


「……で、なんで僕のオフィスに来るのかなぁ、ゼ……」


「この姿の時は呼ぶなと、昨日言いましたよね?」


「はいはい、そう睨みつけないでよ。えーと……ドロシー」


「よろしい」


 私は現在、女好きのクズエルフの仕事場で優雅に朝のコーヒーを頂いておりました。流石ギルドマスター。良いコーヒーをお持ちで。


「うーん、芳醇な香り。お味のほどは……ゴクッ……心地良い苦みとコクですね。地球のより美味しいです」


「僕の棚から勝手に盗って勝手に淹れないでくれるかなぁ」


「いいじゃないですか。フェシウスの物は私の物っていう言葉もありますし」


「無いよそんな言葉! まったく……」


 フェシウスは表面上では嫌がっていましたが、心の奥では嬉しそうでした。きっと、この100年間、私のように彼と軽々しく話せる人間は一人もいなかったのでしょう。ギルドマスターになってからは、尚更。


 軽々しく話せる人間……


 フェシウスの唯一の血縁である娘は……まあ、非常に、ひっじょーに、彼とは不仲ですからねぇ……ハーフエルフっていう産まれと不義の子っていう二つの事実が彼女を随分と苦しめましたから。


 不仲なのは当然ですけど、十割十分フェシウスが悪いので私は彼を擁護しませんし仲を取り持つなんていうことも当然しません。これは二人が解決すべき問題であり、私が介入する余地もありませんから。


「そういえば、100年経ちましたけど“あの子”との関係はどうなりましたか? 流石にハーフエルフなので死んではいないと思いますけど、もしそうだったらすみません」


「ああ大丈夫。あの子はまだピンピンしてるよ。それで、あの子との関係か……」


 フェシウスは喜びと悲しみを綯い交ぜにした、どちらかと言えば苦笑いに近い、何とも言えない表情を浮かべました。


 それを見て私もだいたい察しました。100点満点の笑顔じゃない時点で、二人の関係に亀裂が入ったままなのは確定しております。


「ダメだったんですね」


「うーん……うん……うん。とりあえず、僕を殺そうとは思わなくなったみたいだから、そこは一歩進展かな?」


「何言ってるんですか。百歩進展ですよ」


「そんなにっ!? ……え、君の目から見た僕らの親子関係ってそんなにひどかったの?」


「ええ、まあ」


 彼は自覚してないようですが、あの関係はどう見たって親子関係ではありませんでした。


「前世の私があの子を育てることになって、まず最初にあの子が発した言葉は何だと思います?」


「えっと、当時の君は“イシャナ”っていう名前の女の子だったから……『あんなクズの顔は二度と見たくはありません。これからよろしくお願いします、お義母かあ様』……かな?」


「おぉ、惜しい。正解は『私に血縁上の父親を殺すための力をください』ですね」


「ぐふっ……知りたくなかった、そんな事実……」


「ま、あの頃の彼女を知っている私からすれば、君たち二人の関係は十分進展したって言えますね……無駄話はこれくらいにして、そろそろお互い仕事に戻りましょう」


「……そうだね」


 フェシウスは真剣な顔付きとなって書類の山に向かい合い、私は彼から融通してもらった素材を色々と加工し始め……



……フェシウスが書類の山に紛れさせた成人向け雑誌を読んでいることに気づき、それを取り上げました。


「何読んでるんですか。しっかり仕事してください」


「あっちょっ……なんでっ!?」


「私、君の部下のティナさんからさっき『ギルドマスターがサボってないか監視してください!』ってお願いされちゃったんですよ」


「僕ら、親友だよね? 見逃してくれない?」


「親友だからダメです」


「だよねぇ~……はぁ~、仕方ない。今日は真面目に仕事するよ」


 今度こそ、彼は真剣に仕事に取り組み始めました。それを見て私は安心し、素材の加工を再開しました。




「……ねぇ」


 まな板の上で昨日獲ってきたドラゴンの肉を包丁を使ってミンチにしていると、フェシウスから声を掛けられました。


「ふぅ……どうしましたか?」


「いやどうしたも何も、本当に何してるの君? 人の部屋でいきなりドラゴンの肉をミンチにしないでよ」


「ああすみません。ちょっと昨日ピコーンとひらめいたので」


「そもそもの話、君は一体何を目的として、素材を集めているの?」


「ああ、そういえば言ってませんでしたね」


 彼にここまでの経緯をおさらいすると……


 まず、私は地球とこっちの世界の両方でやるべきことがたくさんあります。


 普通に仕事もありますし、ウェルハイズ王国の様子も監視しなければなりませんし、召喚された学生たちも、危なっかしくて放っておけません。


 このままだと、正直言って、身体が足りません……そうぼやいておりました。


「なのでと」


「……あーはいはい。それじゃ頑張ってね」


 フェシウスは理解を諦め、無心で仕事に向かい合っておりました。まだ色々と話したかったのですが、仕方ないので作業に戻りましょう。


 途中、ウェルハイズ王国と学生たちの様子を確認したりもしましたが、そちらの方は特に問題は起きておらず、夕方ごろには私は、目的としていた物を作ることに成功いたしました。

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