第21話 遡行 3

 盗賊団のアジトで一夜過ごし、そして次の日。


 キョウカとイユから申し出があり、アリサを除いた学生ら3人はさっそくスラムに流れ込もうとする違法品を盗む仕事に従事した。


 予めカトリスから伝えられたルールは一つ。


“決して殺すな”


「あたしはミレーネっす!」


 天真爛漫な金髪の女性である。


「ボクはジャックだ。よろしく頼むよ」


 男性のように容姿端麗な銀髪の女性である。


 盗賊団の黒い衣服を纏った三人は「金銀コンビ」と呼ばれる先輩二人と一緒に草原に出て、事前に斥候から連絡されていた所属不明の馬車を発見した。


「見てください! あの馬車、どこにも所属を示す『公印』が無いっすよね?」


「ああいう馬車は大抵、違法な物品を積んでるんだ。だって『公印』が無いということは何か後ろめたいことがある、って言うことだからね」


「なるほど」


「それじゃ行くよ……3、2、1、突撃!」


 そうして、彼らは初めての仕事に取り掛かった。


   ◆◆◆


 結果は上々。馬車の中には強い快楽と依存性があるとして王国内で所持・使用が禁止されている薬物が積載されていた。末端価格でも金塊とイコールで取引されるほど高価な代物であった。


 その他には、高級ワインやミード、金貨などなど……盗賊団は、馬車に積まれていたそれらを全て接収した。


 初めての仕事を終えた3人は気分上々であった。


「あそこでアイツにタックルして助けてくれてありがとな、イユ!」


「ううん。佐藤くんこそ、危ないって教えてくれてありがとう。おかげで助かったよ」


「おいおい、アユムでいいよ!」


 特に、二人はお互いに助け合ったことで大きく仲を深めており……


「男子ってこんなに簡単に仲良くなれるものなのかしら」


 日本では誰かと仲良くなる経験の少なかったキョウカは、男子二人の間に芽生えた友情に対し、そんな感想を抱いたのであった。


   ◆◆◆


 その晩、盗賊団では新人の仕事成功を祝ってパーティが行われた。参加者10人強。皆の前には、草原の恵みを生かした豪勢な料理が振舞われた。


「いやー、アリサちゃんが加わってくれて本当にありがたいよ!」


「えへへ、わたし、料理が好きで……わたしが作った料理でみんなが喜んでるのを見てると、本当にうれしくてたまらないよ!」


 争いごとが苦手な彼女は3人と違って仕事には関わらなかったものの、洞窟に築かれたアジト内の清掃、団員皆が纏う黒い衣服の洗濯、そしてこういった料理など、家事全般を担当してくれていた。


 目の前の野菜炒めやトマトスープは全て彼女が調理したもので、口にした者からは皆、歓喜の声が上がった。


「金銀コンビの料理と違って全然塩辛くない……旨味たっぷりで最高だ……」


「えー!? あたしたちの料理、そんなにマズかったっすか?」


「金銀コンビで纏められるのは心外だな。ボクが止めるにもかかわらずミレーネが塩を雑に入れるからマズいんだよ」


「……アリサちゃん! 今度お料理教えてっす!」


「うん、いいよ!」


 こうして、学生ら4人は異世界で一旦の居場所を見つけることが出来た。



 歓迎パーティーはしばらく進むと、自然と男性グループ女性グループで別れ始め、イユとアユムはカトリスはじめ盗賊団の男性陣と談笑をしていた。


 誰かが金銀コンビの銀の方、ジャックにフラれた話を発端とし、そこから恋人の話になり……何人かは酒も入っているからか、いつの間にか下の話にすり替わっていった。


 男性陣の経験が武勇伝のように次々と話されていき……


「新人たちはどうなんだ?」


 話の矛先が、彼らに向けられた。しかし当然の如く、彼らに女性経験は無い。彼女が居たことも無い。なので、「初体験はいつだ?」とか「どの種族とヤったことがあるんだ?」と聞かれても、黙り込むことしか出来ない。


 彼らの初心な反応を見て、皆は察した。


「……あー、もしかして、童貞なのか?」


 アユムはそっぽを向き、イユは恥ずかしそうに頷いた。


「聞いたか兄弟。コイツら、童貞なんだってよ」


「……ふむ。これを使うと良い」


 眼鏡を掛けた理知的な男性は、寝床の枕の下から二枚のチケットを取り出した。ピンク色のチケットだ……それを見た途端、皆はどよめき出した。


「おいっ! ジーン、お前、それはまさか……」


「ああ。そのまさかさ。これは風俗街ラーストレストという、世界最大の色街に転移するチケットだ」


「嘘だろ……初めて見た。お前、それの価値を知ってるのか?」


「ああ、知っているさ……これを君たちに授けよう」


「っ!? 待て、私の宝を譲るからそれを寄越せ! 風俗街ラーストレスト……性欲を抱く全ての人間が目指す夢……快楽の園に、どうか行かせてくれ!」


「いや、コイツの宝物なんてどうせ自由都市のエロ本だろ! 俺はもっとすごい物を持ってる! だからそれは俺に!」


 彼がそう言ったことを発端に、まるでオークションのように男性陣は自らの宝を彼に提示した。あまりにも醜い争い……それを止めたのは、団長の一声であった。


「やめろ、お前ら。大の大人が醜い……」


「お頭……でもよ!」


「言い訳すんな。そもそもそれの所有者はジーンだ。ジーンが譲るって言っている以上、お前らがどんなにギャーギャーわめいても意味ねぇだろ」


 彼の気が変わらない限り、それがイユとアユム以外の手に渡ることは無い。そう言われてしまえば彼らは黙るほか無く、醜いオークションは静かに終わった。


 そうして、カトリスもまた、二人にあるモノを譲った。


「ほら、金だ。二人とも、これで思う存分楽しんでこい」


 金貨だ。ウェルハイズ王国の金貨は日本円に換算すればおおよそ10万円ほどの価値がある。それを一人ずつ二枚、計40万円をポンと出してくれた。


「お頭……初恋拗らせて未だ童貞のお頭が、まさかそんな……!」


「お頭……」


「うっせぇお前ら! ほら、二人とも、さっさと行け!」


 転移チケットの使い方は簡単だ。破るだけで効力を発揮する。転移した後は手元に帰還用のチケットがついてくる。それの使い方もまた同様で、破ると元居た場所へと転移することが出来る。


 半ば無理やり強制されるように、イユとアユムはラーストレストへと転移した。


   ◆◆◆


 そうして、初めの状況に至る。


 彼ら二人は仲間の好意により一人20万円を持たされてラーストレストに到着した。しかし一つ問題があった。


 二人とも、この世界の文字が読めないのだ。


「すっげー気になってたんだが、どうして言葉が通じるのに文字が読めねぇんだろうなー?」


「俺も不思議だったんだけど……考えても分かるはずないよね」


「そーだな……よし、決めた! この店にしよう!」


 アユムは、視界の左側にあった一見すると普通の宿に見える、ラーストレストのピンク色の空気には余り似つかわしくない木造の宿屋を選んだ。


 その店がラーストレスト内で比較しても安い方であることなど露知らず、彼らは客引きの女性に案内されるがまま店に通され、そして好みの女性を選んで、宿の一室に通され――


 イユが罪悪感を感じながらも選んだ女の子は、白い髪で小動物のような雰囲気の猫獣人の女の子だ。その悪戯っぽい笑顔に妙に目を惹かれ、心奪われ、彼女を選んだのであった。


「し、失礼します」


 そう言い、木の扉を開けると……清潔感の感じられる白いベッドの上に、ピンク色で半透明な、情欲を煽るデザインのネグリジェを身に着けた猫耳の少女が横たわっていた。


 彼女を見た途端、イユは唾を飲みこんだ。


「……」


 彼女はベッドの上から立ち上がり、後ろからイユの身体を押した。無言で。


「……!」


「あ、ああ、シャワーですか? 分かりましたから押さないで」


 無言で押されるがまま、顔を赤らめた彼は浴室の方に視線を向ける。



「ガッ!?」


 突如、後ろから首に強い電流を流され、彼の意識、そして記憶はここで途切れ――


   ◆◆◆


――そして、私は“記憶遡行”の旅から目覚めました。


「なるほど、協力者。あの草原に居た盗賊団ってアルセリアさんの手先だったんですねぇ」


 道端で彼らを尾行し、安めの風俗宿に入ったのを確認したのち、私は“透明化”してから大倉くんの部屋に先回りし、ベッドの上で左右に揺れていた猫耳の嬢を気絶させ、彼女の姿に“変身”しました。


 そして今着ている黒いローブを脱ぎ捨て、彼女が着ていた半透明のネグリジェを纏い、風俗嬢のフリをして大倉くんを気絶させ、私が見ていない間の記憶を覗かせてもらいました。


 さてと……記憶は読み取れたので、この、ほぼ全裸と変わらない衣服を脱ぎ捨てて元の黒ローブを着て、桃髪緑眼のドロシーの姿に戻ってっと。


 地面の上で気絶している大倉くんをベッドの上に移動させて……次にベッドの下に隠していた本物の猫耳風俗嬢を引き出しました。私が脱がしたので全裸となっている彼女もベッドの上に移動させましょう。


 あとは……そうですね。首に電流を流された記憶は、彼女と同じように消しておくとして……


 さすがにお金を払って気絶しただけ、というのはここに来る勇気を出した大倉くんが可哀想ですね。記憶を消すついでにちょっと脳味噌を弄って「気持ち良かったような気がする記憶」を植え付けておきましょう。


 記憶を弄るためには、人間の脳の、大体海馬の近くにこの魔法を掛けて……あっ。





 えーと……あー。……


「……賢者目録、第五篇――啓け、【黄泉ヨミガエリ】」


 はい。大丈夫です。誰が何と言おうと大丈夫です。この魔法を使えば後遺症なんて残るはずがありません、はい。


 もう一度“記憶遡行”してみると、しっかりと彼の中にぼんやりと気持ち良かった記憶が植えつけられているのが確認できました。


 目覚めた時、風俗嬢の方と記憶の齟齬があると大変なので、彼女の方にも「気持ち良かった記憶」を植え付けておきましょう。


 大丈夫、今度は失敗しません……いやさっきも失敗はしていませんけどね? 過程と結果がだいたい一緒ならそれは失敗していないのと同じなのです。


 彼女の頭に手を当て、魔法を掛けて……ほっ。今度は「賢者目録」の魔法を使わなくて済みました。彼女の記憶も遡行してみると、しっかり偽の記憶が植え付けられていることを確認できました。


 えーと、このスケスケピンクネグリジェは……着せなくてもいいですね。そっちの方が記憶との齟齬が出にくいです。


 あっ、それなら大倉くんの服も脱がせる必要がありますね。片方が脱いでて片方が着衣のまま、というのは矛盾していますから。


……よし。出来ました。あとは布団を掛けてあげましょうか。


 見たかった物も見れましたし、様々な疑問も解決できたので帰りますか。それに、夜も遅いですし……そろそろ寝ましょう。


 ドアを開き、地球に帰ってきた私は帽子を脱ぎ捨て、そのままベッドに沈み込んでぐっすり眠りました。


    ◆◆◆


 その後。


 白髪で猫獣人な風俗嬢が目覚めた時、彼女は一糸まとわぬ姿であり、隣では全裸の客が眠っていた。しかし彼女には行為中の記憶がぼんやりとしか残っていない。


 覚えているのは、何だかとても気持ち良かった記憶だけ。


(嘘や……この分野なら宿屋で一番のウチが、こんなナヨっとしている図体だけがデカい優男に、失神させらトばされた……? 男なんてただの食い物やのに……屈辱や!)


 植え付けられた記憶の齟齬は勝手に埋められていた。代わりに、彼女はイユに対して随分と愉快な勘違いを引き起こしていたのだった。


 イユはイユで、気持ちよさそうに夢を見ており……


 目覚めた時、彼女から「う、ウチをトばした責任、しっかり取ってもらうで!」と言われた時、彼は、


「え? は?」


 当然の如く、状況を理解できずにただ狼狽することしか出来なかったのだった。

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