第19話 遡行 1

 出発してから1時間後には既に転移者の学生ら4人は草原に巣食いし盗賊団に拘束され、檻の中に閉じ込められていた。


 その原因は、30分前にあった。


   ◆◆◆


 明かり一つない草原をスマホのライトで照らしながら行脚する4人。だが、ライトの灯りは砂漠の中のオアシスのように一際目立っていた。


 獣どもはその炎とも違う異質な光を恐れて彼らに近づかないが、人間はそうではない。


「あーあ、今頃日本だと発売されてるんだろうなぁ……『季節限定ストロベリーデラックスクリームカプチーノ焦がしキャラメルマシマシスペシャル』……」


「何よそのカロリー爆弾……名前を聞くだけで頭が痛くなってくるわ……」


「えーキョウカちゃん気にならないのー? 『季節限定ストロベリーデラックスクリーム……」


「本当にやめて。甘い物は嫌いなの」


「キョウカちゃんってストイックだねー。イユくんとアユムくんはどー? 元の世界に帰れたらさ、一緒に行かない?」


「一緒に? いいぜ、行こうぜ」


「あはは……俺は遠慮しておくよ」



 元の世界に帰れたら。



 その仮定が実現する日は来るのか……もしかしたら、一生この世界で生きなければいけないのか……4人は、その事実から眼を逸らしながら、出来る限り絶望しないように前向きな話をしていた。


 その最中であった。


「……今、足音、しなかったかしら……?」


「足音? しねーけど……」


「……待って。俺たち、囲まれてる」


 キョウカの言葉に触発されて耳を澄ませたイユは、確かに、大地が揺れるのを感じ取った。


「5……6……いや、それ以上いる……! 逃げっ!」


 だが、もう遅かった。


「あーあー、旅人の皆様方、どうぞ無駄な抵抗はせず、膝を突いて両手を頭の上に上げてくださーい」


 草原の夜闇の中から、黒い衣服を纏った紅い髪の青年が姿を現わした。顔つきは学生たちと比べても遜色無いほどに若々しく、しかしアンバランスなことに目元だけは死んでいる。


 逃げ道を探して周りを見回すと、彼と同じような衣服を纏いフードで目元以外を隠した人間が次々と姿を現わす――いや、そうではない。初めから彼らは居たのだ。夜闇に紛れて視認できなかっただけだ。


 そして、現代日本に生きてきた彼らはこのような危険に対し、現実味を感じる力に乏しく――家庭の事情で身を守る術を学んできたキョウカだけは、颯爽と槍を構え、反抗の意思を表明した。


「……それ以上近づかないで。後ろの貴方も……刺すわよ」


「やってみろよ。手が震えてるぞ」


「……っ」


 しょうがない。キョウカに人を刺した経験は無い。手が震えるのも当然だ。けれども彼女は覚悟を決め、意思の力で無理やり手の震えを抑え込んだ。


 彼女の瞳を見た盗賊団のリーダーは、「ほう」と目を細め、彼女に対する評価を改めた。


「言っておくけど、手加減はしないぜ?」


「……こっちのセリフよ」


 彼はニヤリと笑い――彼女の方へと走り出す。


 キョウカの目は彼の一挙一動を全て捉えており、槍の穂先の間合いに入ろうかという瞬間、彼女は草木ごと、彼の胴体目掛けて全力で薙ぎ払った――!



「狙いがバレバレなんだよ」


――見切られた。


 紅髪の男は自らの首に迫る槍の穂先を見て、あろうことか一気に加速して柄の中に入り込んだ。


 そして柄の先端を掴み、それを思いっきり引くと、槍を力強く握っていたキョウカの身体も連動して引き込まれる。


 あっという間に彼の顔面が目の前にまで近づき――いつの間にか手の内に握り込んでいた短刀が首筋に当てられ……


「……参ったわ」


「聞き分けが良くて助かるよ」


 自らの敗北を認めたキョウカは両手を上げ、降伏したのだった。




「っ! お頭!」


「気づいてるよ」


 背後からアユムが音を殺しながら剣を振り被って、それを盗賊団のリーダーの首に振り下ろそうとしていた。


「うっ……!」


 しかし、ガラ空きの胴体に彼の鋭い蹴りが刺さり、アユムは痛みに耐えられず、その場で嘔吐した。


「そんじゃ、お前らー、こいつらを連れてけー」


 彼の言葉で盗賊団は学生ら4人を縄で拘束した。そして彼らは盗賊団のアジトに連行され、衣服以外の全てを剥ぎとられた後に男女別で牢に入れられ、30分後の状況に至る。


   ◆◆◆


 ここからは早送りで記憶を遡る――。


 牢屋に閉じ込められたイユとアユムだが、その後、紅髪の男がスマートフォンを異国の魔道具と思っていることを利用し、アユムが「魔道具を爆発させる」とハッタリを掛けたが、「それなら捕まる前にでも使ってるだろ」と矛盾を指摘され、あえなく撃沈。


 しかししばらくすると紅髪の男の部下の女性が彼に「お頭、大変なことが起きました!」と連絡を入れた。


「スラムに潜伏していた王女様が、サージェスの犬に拘束されました!」


「はっ?」


「え?」


「……クソ、やっぱり三日ももたなかったか」


 時系列的に言えば、丁度、フラジールくんが城内を探索していたぐらいの時だ。サージェスの犬と言えば、あの時、城内で見かけた黒ローブの女性のことだろう。


 そうして、城の地下牢に送られた……というのが昨日の顛末だ。


 しかし疑問なのが、どうして盗賊団が王女の状況について、それも、サージェスを敵対視するような発言をするのか。


 そのことが気にかかり、イユは彼らに確認をした。


「……あの、もしかして……王女様が言っていた『協力者』って、貴方達のことですか?」


『協力者』。その言葉について知るためにはもう何日分か記憶を遡る必要があるだろうが――しかし、見なくても分かるだろうから遡らないことにした。


 ここから先の出来事の方が重要だろう。


「……あー、合言葉は?」


 王城から逃がされる直前、王女は彼らに合言葉を残していたらしい。その合言葉とは……



「合言葉は……そもそも“存在しない”」


「……なるほどな。確かに、“お嬢”はアンタらを俺らに託したみたいだ」


 よく頭の回る彼女らしい合言葉だ。合言葉があるように思わせて、そもそも存在しないという、ひっかけ。


 王都の北側に築かれたスラム街を抜けた先に、広がる草原。そこに巣食う盗賊団は、王女の手先の者であった。


 4人のことを敵じゃないと判断した盗賊団は、彼らを牢屋の中から解放し、その話を聞くことにしたのだった。

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