第18話 色街
「帰ってきましたよー……って、あれ? どこかに行くんですか?」
「ああ、ちょっとね……」
もう既に夜だというのに、フェシウスは身支度を整えておりました。しかしフォーマルというには少し荒っぽく、ラフというには少しキチッとしすぎた格好です。
つまり会議とか会食とかそういう場所に赴くのではなく、豪華絢爛に自らの持つ力を露わにするのでもなく、身分を損なわない程度に飾り立て、その上で親しみやすいような恰好となって赴くような場所……
「……ああ、風俗ですか。ラーストレストの方ですか?」
「そ。最近仕事尽くしだったから、久しぶりに女の子と遊ぼうかなって」
「凝りませんねぇ、君も」
「100年以上前に君が創ってくれた“避妊魔法”のおかげだよ」
当時の私は依頼されて魔法を創る、いわゆる「魔法創作」で生計を立てておりました。私を死に至らせる原因となった“転生魔法”も依頼されたから創ったのです。
大昔、フェシウスがうっかりフラフ村のリリーラ・ベイカーという女の子に夜這いして妊娠確率が極端に低いハーフエルフの子を孕ませてしまった後、彼から破格の報酬を貰って私は“避妊魔法”を創り上げました。
その後、彼がその魔法を自分の魔法として発表し、私に支払った額以上の魔法使用料を得たことは今でも根に持っております。
まあ、それはそれとして……
「……もしかして、あの“避妊魔法”、100年以上使われてるんですか?」
「優れたデザインは時代を超えて受け継がれるモノさ。“性病予防”とか多少の改良は加えられたけど、大元は君が創った物のままだよ……まあ、その大元の部分が現代だとオーパーツ扱いされてるけどね」
「えぇ? アレがオーパーツ? そりゃ、当時だったら革新的でしたと思いますが……原理も何もかもが誰だって考えたら思いつくものですよ? それなのに、100年も経ってなお誰もあの魔法を超えられていないんですか?」
「あはは……おっと、時間だ」
フェシウスは話を切り上げ、風俗街に向かうため、転移魔法が込められた一枚のチケットを破ろうとし……
「そうだ、君も来るかい?」
「お断りします。私にはやるべきことがあるので」
「100年前から本当に変わらないね、君は」
「君もですね、フェシウス」
彼は小さく手を振り、そして光に飲みこまれ、姿を消しました……あっ。
「そうでした。ドラゴンの肉をお土産に持ってきたんでした……はぁ、届けに行きますか」
どうせ、アイツには〈銀の鍵〉がありますしね。あの中なら数日は腐りません。
という訳で、私は門を開き、アイツが向かった世界最大の風俗街に赴きました。
◆◆◆
「うーん、一面ピンクですねぇ……」
私の髪の色が埋もれてしまうぐらいにピンクです。
息を吸うとそこかしこから春色の甘い香りが漂ってきます。辺りには宿が立ち並び、どの宿の表にも美しい、煽情的な服(もっとも、一部は服の体裁を成していませんが)を纏った、獣人亜人魔族などなど様々な人種の男性女性が客引きをしております。
誰が言ったか、世界で最も平等な場所。
風俗街ラーストレスト。同意無き強姦と後遺症の残るプレイ及び殺人以外のあらゆる姦淫が認められるこの街は、100年前と変わらず欲望に賑わっております。
このような色街においてとんがり帽子に黒ローブの私の存在は異質です。しかし異質であるからこそ、この可愛らしい容姿が目立ってしまうものです。
「可愛らしいお嬢様、今晩どうでしょうか?」
フェシウスと同じようにフォーマルともラフとも言い切れない、親しみやすさを残した格好をした老貴族が私に声を掛けてきました。
あーあ、やっぱり勘違いされましたよ。
「ああすみません。私は“売人”じゃないんです」
「そうでしたか……お時間を取らせて申し訳ございませんでした。お嬢様も、ぜひお楽しみください。それでは」
別に買いに来たわけでも無いんですけどねー……
とまあ、ラーストレストに来る人は皆、ここのルールを弁えております。
「……“同意なき姦淫と癒えぬ傷を残す姦淫を犯した者は――どんな者であっても死罪に処す。凄い場所ですよ、ほんとに……」
過去には王族でさえも処刑されました。
まあ、同意を得て普通に楽しもうとする人間であれば関係無いルールですね。
さあてフェシウスはどこに……あー……最上級の高級宿が集まる場所ではなく、いわゆる「B級グルメ」的な宿が集まる場所で、もう既に相手を見つけていますね。
まあ、さっさとお邪魔して、さっさと帰りますか。
誰も見ていない目立たぬ場所にて開門。現れた木製のドアを開けます。
「ちょっとお邪魔しますね。お届け物です」
ベッドの上では……まあ、具体的には表現しませんが、フェシウスが楽しそうにしてました。
「わっ!? ちょっとぉ!?」
「それではお邪魔しましたーお楽しみを―」
私はそのまま宿屋の木製のドアを通って元の場所に転移しました。お土産を届けるという用事も終わりましたし、さっさと自分の用事を済ませるために門を開こうとして……
「……おーい、そんなにオドオドするなよ。そんなにガタイ良いんだからもうちっと背中を伸ばせ」
「ご、ごめん……俺、こういうの初めてだし……そもそも年齢的に日本じゃ違法だし……」
ん? 今、なーんか、聞き覚えるのある声がしたような……?
そちらの方を見ると……ええっ? どうして彼らがここに?
「安心しろ。俺だって来たこと無い。だがここは異世界だ。異世界だとこういうのも合法なんだから、楽しまなきゃ損だろ! なっ、
「あはは……本当に凄いよね、
「よせやい」
昨日まで草原で野宿していたはずの転移者二人が、どういう訳か一日で仲を深め、一緒に風俗街で童貞を捨てようとしているではありませんか。
「……どこかで転移チケットを手に入れた? けど、アレすっごく高価ですよねー……そもそも、こっちの世界の文字が読めるはずも無い彼らに、いったいどうして……」
考えても分かりませんね。私は0から1を生み出すことは得意ですが、1を聞いて10を知るというのは苦手なので……
とりあえず彼らの後をつけ、二人がとある安い宿に入ったのを見て、私もその宿に入りました。
◆◆◆
記憶を遡ること、一日前――。
「それで、俺たちが見つけた村についてだけど……」
大倉岩優と椎名アリサは日中、草原を探索し、草原の端にやや大きめの村を見つけていた。
村の人間と会話をしたところ、彼らのような根無し草がこの村に辿り着くことは、そう珍しいことではないらしい。
村の人間に案内され、村長と話すと、彼は「この村に滞在しても構わないよ」とどこの誰とも知れないイユとアリサに快い申し出をしてくれた。
けれども彼ら二人で決めれるようなことではない。
「だから、皆に決めてほしいんだ。村に滞在するかどうかを」
4人は話し合ったが、特に反対意見は出なかった。むしろ「食事の栄養素が偏る方がマズイ」ことを現代日本で家庭科を履修している彼らは知っていたので、野菜を手に入れるためにも村に訪れるべきだという結論が出た。
「大倉くん。その村って、ココからどのくらいかかるの?」
「ええと……スマホのコンパスが正しければ、ここから北西に真っ直ぐ進んで……だいたい1時間ぐらいで着くかな」
スマートフォンには「圏外」と表示されているが幸い初期からダウンロードされている「コンパス」のアプリは使用することが出来た。
イユは探索中、ずっとコンパスのアプリを開いていたため、スマートフォンの充電は残り47%だ。残り1時間であればもつだろう。
「もし俺のが切れたら……どうしようか」
「前に決めた順番通りでいいだろ。大倉、水面、アリサ、俺の順番で使うんだ」
「私持って無いわよ、スマートフォン。だって勉強の邪魔でしょ?」
「は?」
キョウカがスマートフォンを持っていないという衝撃の事実が明らかとなり、もしイユの充電が切れたら、次はアリサのを使う、ということになった。
そうして彼らはテントを片付け、焚き火を消し、出発した。
◆◆◆
そこから、1時間後――
四人は、盗賊団に身柄を拘束されていた。
「はぁ、どうして俺がこんな目に……」
「椎名さんと水面さん、大丈夫かな……」
月夜に照らされた牢の中、同じ牢に入れられたイユとアユムは、それぞれ彼ららしい感想を呟いたのであった。
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