第16話 竜狩り 8

「計画通り、チェロンとレティレットは前衛! シュラは力を溜めてキツメの一撃をお見舞いして頂戴!」


「了解ですっ!」


 しかし、ここで想定外の問題が発生した。


「すまんっ! パイルバンカー、下に置いてきちまった!」


 レティレットは他の三人がはしゃぐ様子に釣られて岩陰から出てきたため、その手には重厚なる爆杭は握られていない。それ自体は既に整備を完了しているが、運搬するのに十数秒のロスが発生するだろう。


「心配はいらないわっ!」


 だが、ヴィオラはこれでも〈美暴飽悪〉のリーダーだ。錬金術の才能は素晴らしい物であり、彼女が指揮者のように手を振るだけで真下の岩は屹立し、レティレットの手元にパイルバンカーを届けてくれた。


「さぁ、粉砕してきなさい!」


「恩に着るっ!」


 彼女は自らの背丈を大きく超えるそれを、軽々と右腕に装着した。


「【聖なる防壁セイクリッド・ウォール】っ!」


 前方では、チェロンが半透明の障壁を用いてドラゴンのその両腕による連続攻撃を華麗に受け止めていた。


 けれども、障壁の耐久力は無限ではない。怒涛の連撃によりダメージは蓄積されていき、少しずつヒビが入っていく。


 そして、ドラゴンがその太い尻尾を振り回し、遠心力を乗せて障壁を殴打する。


「くぅっ……!」


 障壁はガラスのように砕け散った。


 好機。


 傲慢なドラゴンは桃色の獣人が見せたその隙を見逃さず、右の拳を全力で振り下ろす。


 それを見て、彼女は笑った。


 敢えて晒した隙に付け込んでくるのを、待ちかねていた――!


「報いを受けてください――【聖者の報復セイント・リベンジ】!」


聖者の報復セイント・リベンジ】――神官系スキルの一つ。


 障壁により受け止めたダメージに比例した一撃を放つ、カウンタースキルである。


 ドラゴンが与えた衝撃は凄まじく、それ故に彼女の剣は黄金色の奔流を纏い、しかしそれを抑えきれず――振り下ろされた拳目掛け、無理やり解き放った。


「グオォォォォ!?」


 天を貫く、黄金の槍。


 けれどもそれは、ドラゴンの拳を覆う巨大な鱗に小さなヒビを入れただけであった。


「えぇっ!? 全然、効いてないんですかぁ? 〈マスター〉ランクのドラゴンって凄いんですねぇ……」


 竜は、己の油断を思い知らされた。


 先の、翼を貫いた魔法を除き……巨岩にぶつかったとしても傷一つないその鱗にヒビを入れられた事など、彼の巨竜には一度も無かった。


 ましてや、それを成したのがちっぽけな人間ゴミだとは。


 その事実に、竜のプライドは鱗以上に傷つけられた。


――もはや、許せぬ。


「グルルルルル……グオォォォォォ――!!」


 竜は口を大きく開いた。そして、ブレスを放つ体勢となる――チェロンの目の前で。


 この距離じゃあ、防御は間に合わない。


(……私、知ってます。こういう時には必ず――)



「――頭上がガラ空きだぜ、脳味噌空っぽの爬虫類モドキが」


 真上から、少女のハスキーな暴言が吐き捨てられる。


 レティレットはパイルバンカーの尻から炎を迸らせ、ドラゴンの頭上で赤熱したそれの引き金に指を掛ける――!


「やっちゃってください、私のヒーロー!」


「あいよ、お姫様!」


 重力と炎の推進力により、空気の抵抗を突き抜けて異常なまでに加速する彼女とパイルバンカー。


 彼女は、カチリと引き金を引いた。


 内部で小さな火花が発生し、パイルバンカーに装填された爆薬が起爆し――瞬間的に膨張するエネルギーにより、杭が打ち出される――!


「ブッ飛びなぁッ!!」


 大地を震わす衝撃と共に、杭はドラゴンの口元の特に鱗の薄い部分を貫き、上顎と下顎を強制的に閉じさせた。


 だが、それだけでは終わらなかった。


 ドラゴンは何をしようとしていたのか――ブレスを吐こうとしていた。


 その直前に口を閉ざされることになり……今更止められない。


 出口を塞がれた熱線が、巨竜の内部に逆流する!



「――――――――ッ!!!!!!」


 声にならぬ悲鳴が響く。


 気道の奥から放たれたブレスは逆流し、ドラゴンの食道を通り、胃の奥まで焼き焦がす。


 その痛みに耐えきれず、ドラゴンは泣きじゃくる子どものように暴れはじめた。


「うぉっ!?」


 レティレットはドラゴンの頭の上から勢い良く吹き飛ばされた。


(あー……疲れた。パイル、三発までなら撃てると思ったが……やっぱ上空から落下しながら撃つと、反動を抑え込むのに体力を使うな)


 今の彼女は、率直に言うと――


「……うん。指一本動かせねぇ」


 一見彼女は冷静そうに見えるが、反動を抑えるために体力を使い果たしたので、慌てる体力が無いだけだ。


 とりあえず、頭から落ちたらマズいから足から落ちるようにしなければ――などと考えながら、上空から落下しているその時。


 地上から誰かが跳び上がった。


 彼女は何も無い宙空を踏み――、二度――三度と跳躍する。


 そうして、地上からおよそ12mほどの高さで、レティレットの身体はお姫様抱っこの形で彼女に抱き留められた。


「大事無いかな、レティレット殿?」


 彼女を抱き留めたのは、後方からドラゴンの隙を伺っていたはずのシュラだった。


「おぉ……ありがとな、シュラ……っておい!」


 レティレットの下半身を支えている彼女の左手は、忙しなく動いていた。


「アタシの太ももを擦るな! あと反対の手はドコ触ってんだ! このヘンタイッ!」


「おぉっと、これは失礼。レティレット殿の脚はたいへん触り心地が良く……しかし、反対の手と言われても、あちきには何のことだか……ぐふっ」


 口を出す前に、レティレットの脚がシュラの頬を捉えた。


 被っていた編み笠は後ろに吹き飛び、彼女のかんばせが露わになった。もし顎紐が無ければ、笠は空の彼方に吹き飛んでいったことだろう。


「アタシの胸がちっせぇって言いてぇのか!? ぶっ殺すぞ!?」


 シュラは意に介さずにカラカラ笑い、スタっと地上に着地すると纏っていた羽織を脱ぎ捨て、その上にレティレットを優しく下ろした。


「さて、多少は元気が出たかな? レティレット殿」


「……もしかして、アタシを心配して……?」


 一瞬、見直しかけたがレティレットはすぐにそれを否定した。どうせ、触りたかったのは本心なんだろうな……と呆れた顔で彼女を見つめる。


「……つーか、シュラ。お前がこっちまで来たってことは……」


「ああ、“捉えた”」


 袖の無い白い着物と藍色の袴だけを身に着けた姿となったシュラは、編み笠を被り直し、腰に佩びた刀に手を掛ける。


 レティレットは、首筋に冷たい物を感じ、身震いした。


(……ん、来たか) 


 シュラの纏う雰囲気が――


 掴みどころの無い白い雲から、黒く研ぎ澄まされた一刀へと。



「――嗚呼、為して魅せよう、巨竜断ち。“修羅シュラ”のやいばの名の下に」


 喉の奥の痛みはようやく引いたらしく、巨竜の瞳は真っ赤に染まり、パイルバンカーで貫かれた口からは血が流れている。


 痛みは完全に消えたわけでは無い。


「――グゥゥルォォォォオオオオオオオオ!!!!!!」


 大地の果てまで響くほどの咆哮。喉の傷が未だ痛むはずなのに、竜は叫び続ける。


 叫ぶたびに感じるその痛みを原動力にし、怒りを爆発させている。


 シュラは竜の前に立った。


 竜は既に理解していた。今、己の前に立ちはだかるこの人間ゴミどもは、己を死に至らしめる力を持った毒虫なのだと。


「フゥー、フゥー、グォォォォオオオオオオ!!!!!」


 彼の竜は命の危機にプライドを捨て去り、己を大きく見せるかのように咆哮を轟かせながら近くに落ちている巨岩を掴んで



五月蠅うるさい」


「―――――ッ!?」


 竜は本能的に理解していた。今、岩を投げていたら、その隙に首を切り落とされていたことを。


 正体が分からない。怖い。遠ざけたい。


 竜の必死の願いが伝わり――奇跡か、それとも生存本能か、翼の穴が急速に塞がり、竜は飛べるようになった。


 竜は尻尾を巻いて翼をはためかせ、風を巻き起こして飛行し、その場から逃げようとした――


 当然、それが見逃されるわけが無い。


「“射程範囲”よ、私のねっ!」


 羽織に横たわったレティレットのすぐ傍、疲労で動けぬ彼女を回復用のポーションでビチャビチャにした張本人は、大地そのものを【錬金】する。


 まるで、磁石が砂鉄を吸い寄せるように、大地に転がる無数の岩石が腕の形をかたどりながら竜の身体に掴みかかった。


 けれども、岩は、岩に過ぎない。


 強固な鱗に覆われた腕で薙ぎ払えば粉々に砕け散る。無数の腕は、全て破壊される。


 一見無駄に見えるヴィオラのこの行動だが、意味があった。


「ねぇ、知ってるかしら、レティレットちゃん?」


「ああ? 何がだ?」


「この岩石地帯って、昔火山だったのよ。度重なる噴火によってマグマが地層を作り、それが幾度も無く雨に浸食されたからああいう奇妙な岩石が聳え立っているわけね」


「それがどうしたんだ?」


 その答えが返ってくる前に、レティレットは地面の揺れを感じ取った。


「……おいおい、まさかとは思うが、お前……」


「ええ。魔力で探査してみたらすぐ下に火山が埋まってたから、ちょっと活性化させてみたわ。私レベルの錬金術師には造作も無いことねっ!」


 錬金術――この世界において、それは「魔力を介して物質に干渉する術」全般を指す。


 普通の錬金術師は他の物質から薬効成分を取り出し、それをポーションとして精製するのがせいぜい……


 しかし「人外の領域」に足を踏み入れた錬金術師は、森羅万象を己が手足のように操る。


 地面が割れ、その中から吹き出たマグマを“掴み”、空を飛ぶ巨竜に激突させる。


 圧倒的エネルギーに襲われ、上空20mぐらいの高さを飛行していたドラゴンはすぐに空から墜とされ……


「あら、打ち止めね。元々死火山だったのを無理やり活性化させただけだから、もう無理そうね」


「ほんっと、非現実的なことをしやがるな、お前は……」


「非現実的――? それを可能にするのが“錬金術師”よっ!」


 コイツはいつもこうだ、とレティレットは苦笑した。


 目の前では――


 天から墜ちる巨竜。

 刀に手を掛けた編み笠の剣士。


 二者は、まるで宗教画に描かれているかのような崇高さを纏いながら相対していた。


 けれども、その結末は、決まっている――


「さあ、やっちゃいなさい! シュラ!」


 編み笠の剣士は目を閉じた。


 刀の鯉口から黒い瘴気の煙を漏らしながら、暗闇の中で彼の生物の持つ生命の光――“魂”を捉える。


 詩歌を吟ずるが如く、口ずさむ。


「――栄盛、全て、儚き酔夢の如し――夜に惑いし胡蝶よ。汝、いずくんぞ、さむるを知らんや?」


 抜刀。



 刀を納め――残心。


「……【陰喰カゲグライ】」


 カチン――と、鯉口と鍔が打ち鳴らされる。


“修羅”の二文字が納められると同時に、巨竜は倒れた。


 その身体に切り傷は見られない。だが、それは既に動かぬ肉の塊となっていた。肉体を動かそうとする魂は、巨竜の肉体には宿っていない。


 死んでいる。


〈美暴飽悪〉の勝利である。


   ◆◆◆


 いやはや、凄まじい戦いでしたね。遠くから見ているだけでも随分とハラハラさせられました。


 しかし、まあ……なんというか、個人個人の力でゴリ押している感が否めません。各々がパーティ内で受け持っている役割ロールにも問題があります。


 チェロンさんは敵の攻撃を受け止めるタンク兼ファイター


 レティレットさんとシュラさんは瞬間火力が非常に高いアサシン。


 ヴィオラさんは錬金術で支援と攻撃を行なうので、サポート兼メイジといったところでしょうか。


 はい。役割分担しきれていません。アサシンが二人いるのも過剰ですし、その他の二人が「兼」という文字を使ってるのも問題です。


 まあ、そんなことはどうでもいいですね。とりあえず転移魔法で向こうに行きますか。


「お疲れ様です、皆さん」


「おーっす、お疲れさん、ドロシー……」


「あっ、ド、ドロシーちゃん! お疲れ様でした!」


 四人の中で戦闘時との変わりようが大きかったのはチェロンさんでしょうか。


 あんなに頼もしくドラゴンの攻撃を受け止めていたチェロンさんですが、戦いが終わってしまうとほんの少し弱気な性格に戻っていました。


「……あちきの刀技、見てくれたかな、ドロシー殿?」


 シュラさんの変わりようも凄かったですね。あの一瞬だけ別人の如し変貌を遂げておりましたが、戦いが終わった途端、いつも通りのおちゃらけた性格に戻っていました。


 しかし……


「ええ、驚きましたよ、本当に……魂を斬るとは」


「おや? ドロシー殿も“魂”を捉えられるのかな?」


「はい。多少は」


陰喰カゲグライ】というスキル……なのでしょうか? ともかく、その一閃は、ドラゴンの魂を真っ二つに切り裂きました。


 だけど刀の方からも何か、禍々しい物が溢れていたような……なるほどなるほど。


 少し気になって刀を【鑑定】してみたところ、アーティファクトでした。


〈妖刀「修羅」〉「構成概念:魂の切断」


 アーティファクト……神秘を宿す道具。


 フェシウスの持つ〈銀の鍵〉がそうであるように、おおよそ人間の想像しうる範囲のことなら何だって可能な道具群です。


 このアーティファクトは目覚めた時には既に彼女の下にあったようですし……うーん、考えても答えは出なさそうなので放っておきましょう。


 今は、それ以上に大事なことがありますからね。


 もう既に、太陽は地平線の向こうに顔を半分ほど隠しております。


 目の前で悠然とひれ伏す“食肉”を見て、〈美暴飽悪〉の四人は下品にも涎を垂らしておりました。


……まあ、実のところ私もですが。


「どうやってバラすんだ?」


「ここは私にお任せください……“解体”」


 魔法により、ドラゴンの身体は細胞一つ一つが意志を持ったのように蠢き、鱗の一枚までが自動的に剥がれていきます。


 あっという間に歯や鱗や角など、素材ごとに解体し終えました。


 そうして、素材類と並んだすぐ横には――山より大きな肉の山。酒池肉林の“肉林”の部分を単独で担えるぐらいの量です。


「さあ、皆さん――宴の時間ディナータイムですよ。ああ、肝臓レバーだけは食べ尽くさないようにお願いします」

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