第15話 竜狩り 7

 一方その頃。


〈美暴飽悪〉の4人は先ほど立てた計画通り、飛び回る巨竜のすぐ真下、崩れ落ちた岩の影に隠れ、ドロシーが竜を墜とすのを待っていた。


 計画ではドロシーは5分後にドラゴンを墜とすことになっている。待機中、レティレットとチェロンは装備のメンテナンスをしながら彼女のことについて話していた。


「そ、それにしても本当にすごいですね、ドロシーちゃん……あんなスムーズに転移魔法を使える人、見たこと無いです」


「まぁ、ギルドマスターのお墨付きだからな。そりゃ並大抵の魔法使いじゃねぇだろ……というか」


 チェロンは小槌で盾の僅かな歪みを直している。


 カン、カン、カン、カンと規則正しく音が鳴る。


 レティレットは滑らかな布の上でパイルバンカーを組み立てている。その手つきには慣れが感じられる。


 オイルタンク、薬室、点火装置、冷却機構、杭の砲身、引き金、その他様々な管――パイルバンカーの内臓とも言える機械部分は組み立て済みであり、既にそれはレティレットの背丈を大きく超えている。


 あとは機械装置を保護するための外装を装着するだけであり、それは3分とかからずに終わるだろう。


 岩陰からは、彼女ら二人以外の音は聞こえない。そのことを疑問に思い、レティレットは上を見上げた。


「どうしたヴィオラ? 珍しく静かだな」


 無謀にも岩の天辺に立ち、威風堂々と腕を組んで黒いローブをはためかせる女が一人。


 ドラゴンの翼が巻き起こす豪風を浴びながら周辺を観察していたヴィオラは、レティレットに呼ばれたので下を向いた。


「どこかにドロシーちゃんが居ないか探してたのよ!」


「見えるわけねぇだろ! いつ岩が降ってくるか分かんねぇからそんな場所に立ってねぇでさっさと降りてこい!」


「あ、あと、ヴィオラちゃん! ぱ……ぱんつ、見えちゃってますよ! だから、降りてきた方が良いですよ!」


「私が、そんなことを気にするとでも思ったのかしらっ!!」


 ヴィオラは組んでいた腕を解き、さりげなくローブの下に履いているスカートの裾を抑えた。


 若干頬を赤らめているのが下の二人からも見えた。


「恥ずかしがってんじゃねぇか! いいから降りてこい! シュラもだ!」


 シュラもまた、ヴィオラと同じように岩の天辺で周辺を眺めていた。被っている編み笠が吹き飛ばないよう片手で押さえながら。


 編み笠の下で、彼女はアメジストのような紫色の瞳を鋭く輝かせ、遠くのある一点を見つめていた。


「――ふむ、見えたぞ。あそこだ」


「えっ! どこどこ? あっ! ほんとね!」


「……わ、私にも見せてください、今行きます!」


 二人がはしゃぐ様子を見て、岩陰に隠れていたチェロンは装備を身に着け、壁を蹴って岩の天辺に躍り出た。


 すると彼女も「わっ……ドロシーちゃん、すごいです!」と向こう側の何かを見て感嘆の声を上げた。


 三人は、天辺から見える何かを見て、一様にはしゃいでいた。


「……ああもう! アタシも混ぜろ!」


 鍵縄を投げ、岩の天辺へとよじ登り――遥か向こうの景色を目の当たりにしたレティレットは驚愕し――それは、次第に興奮へと変わっていった。


「何だよ……ははっ! 何だよあの魔法!」



――ドロシーは、空中に浮かび上がり、




――“雷鳴”そのものを、引き絞っていた。


「3」


 ヴィオラは腕時計を見ながら、何かを数えていた。


「2」


 5分だ。


「1」


   ◆◆◆


 呑気なのか鈍感なのか、それとも傲慢なのか、巨竜は狙われていることに気づきながらも未だに空を舞い続けています。


 私は、巨竜ではなく別のただ一点を狙ってそれ以上照準を動かさず、いつでも放てる準備をしながら頭の中で時間を数えておりました。


 そうして、5分のカウントダウンが終わるまで残り数秒となり、不意に私は一つの言葉を紡ぎました。


「“竜を挑むは、騎士の誉れよな……”ふふっ、一度言ってみたかったんですよね、このセリフ」


 言い終わると同時に、頭の中の秒針が、12時を指し――


   ◆◆◆


「――0」


 ドロシーの魔法が、解き放たれた。


 まばゆい稲光が雲を、巨竜を、岩山を――天空を貫いた。その輝きに4人は反射的に目を閉じる――!




 何も見えない。何も聞こえない。




「グアアアアオオオオオオォォォォォォ!!!!!!」


 岩と岩の間に慄く竜の叫声を聞いたレティレットが目を開けると――彼女は見た。


 巨竜の片翼に大穴が空いているのを。


 あっという間に巨竜は姿勢を保てなくなり、地面に墜落する――!


……巨竜は岩に埋もれ、沈黙してしまった。


 あまりにも音沙汰が無いため、ヴィオラは疑問の声を上げた。


「やったのかしら?」


「おい待てやめろ。そんなことを、」


 言ったら。


 レティレットがそう言いかけた時。


「ギャオオオッ!!!!」


 怒りの声と共に岩の中から巨竜が這い出てきた。誰の目から見ても激昂状態だ。


 それもそうだろう。


 天空を舞っているはずの自分が、翼を穿ち抜かれて地面に這いつくばる羽目になったのだから。


 プライドを傷つけられた竜が、まず目にしたのは――不遜にも己と同じ目線に立っている人間ゴミどもであった。


「スゥゥゥゥゥ――」


 竜は息を吸い始めた。


 それは誰しもが知る、竜の最も代表的な、それでいて最強の一撃。


だっ!」


 熱線が照射された。すぐ真下の大地がブレスの熱量で瞬く間に融解する。


 ゴミに対して十秒ほど浴びせた後、ドラゴンは馬鹿にするように鼻を鳴らし――煙が晴れた向こう側では、4人は健在だった。


「【聖なる防壁セイクリッド・ウォール】……大丈夫ですか、みんな……?」


 チェロンが盾を構え、スキルによって創造した半透明の防壁により、間一髪、ブレスによる全滅を免れた。


 しかし、他の三人は何も心配していなかった。


 チェロンを信頼していたからだ。


「ええ、助かったわ、チェロン」


立ち上がったヴィオラは瞳を輝かせ、ポーション片手にドラゴンを指差した。


「という訳で……反撃よ! あのトカゲに一泡吹かせてやりましょう!」


〈美暴飽悪〉によるドラゴン討伐が、今、始まる――!

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