第12話 竜狩り 4

 彼女達に早速話しかけてみましょう。


「あのー」


 見向きもせず、一心不乱に食事をしております。


「あのー、すみません」


 もう少し近づいてみましたが、食事の勢いに圧倒されるばかりです。


「……あのー! すみません!」


 間近で声を張り上げると、ようやく紫紺色の髪の女性がナイフとフォークを置き、膝上のナプキンで口元の脂を拭いてから私の方を見てくれました。


「……何の用かしら?」


「ドラゴンの討伐クエストを受注する者が居る、とギルドマスターのフェシウスからあなた方〈美暴飽悪〉を紹介されました、魔法使いのドロシーです。どうか、今回のクエストにご同行させていただけないでしょうか?」


「ふーん……ところで、アナタ、好きな食べ物は?」


「は……?」


 あまりに唐突な質問でしたので、私は困惑しました。


「だーかーら、好きな食べ物。何が好きなのか私に教えてくれる?」


「……えと、魚、ですかね……」


「魚っ!! いいわよね、魚! 私もね、10歳の頃に毒魚を食べて死にそうになったんだけど、その時初めて知ったの! “美食”の喜びをっ! アナタが好きなのはどの魚? 私が食べてきた魚の中で一番美味しかったのは東の海の『コテンフグ』! ああコテンフグの名前の由来は知ってる? 食べるとあっという間にコテンって転がって死んじゃうことから来ているのよ! ちょーっと毒抜きに失敗したせいで私もコテンって死んじゃいそうだったけど、あれ以上に美味しい魚は食べたことは無いわ!!」


 多い多い、言葉の密度が多いです。


 息継ぎなしにどれだけ喋るんですかこの人は。


「ガツッ……ガツッ……ゴクッ! ……ふぅ、自分勝手に喋るのもその辺にしてくれ、ヴィオラ」


「あら、“暴食”はおしまいかしら? レティレット?」


「ああ。もう十分だ……オイ、チェロン、シュラ。お前らもさっさと食い終われ」


「は、はい……むしゃむしゃ……ごめんなさい。このスパゲティ、美味しくて……全然食べ“飽き”ません……もう少し、時間をください」


「……ふぅ。馳走になった。あちきはもう満足、満足。モツもハツも大変心地良い味わいであったぞ……ふぅむ、しかし喉が渇いた。酒は無いかね?」


「真っ昼間から飲もうとするな。この“悪食”が」


……一癖二癖では、足りなさそうですね。


 チェロンという桃色髪の女の子がスパゲティの山を食べ終わってから私たちは冒険者ギルドの方に移り、改めてドラゴン討伐について話すことにしました。


   ◆◆◆


「えっと、まずあなたが……」


「ヴィオラ、ただのヒューマンよ。職業は錬金術師。座右の銘は『毒があるモノはだいたい美味い』。ポーションが欲しかったら教えてね」


 紫紺色の髪の女性はそう言い、ローブをはだけさせ、内側のポーション類を見せてくれました。


「で、お次が……」


「……レティレット。ハーフリングだとかドワーフだとかそういう亜人とヒューマンのハーフだ」


 彼女の腰にはゴテゴテとした機械類のパーツが携えられております。どうやらそれは組み立て式パイルバンカーの部品らしいです。


 こちらの世界でそんなものを扱うのは、ドワーフぐらいですね。まあ、もっとも、彼女のパイルバンカーはそう言った種族の人間が使うには少し大きすぎる気もしますが。


「職業……なぁ、思ったんだが、パイルバンカーを使う職業って何だ?」


「それはもちろん! アルティメットブレイカーね!」


「え、えとっ! レティレットちゃんはみんなのピンチを救うヒーローです!」


「採掘師などがお似合いなのではないか?」


 壊滅的なセンスに、少々曖昧な概念。挙句の果てには馬鹿にされているのかと思うような職業名の数々に、彼女は頭を抱えておりました。


「……アンタはどう思う?」


「私ですか? そうですね……えと、重戦士とか?」


 彼女の目つきが鋭くなりました。もしや、何か地雷を……


「……アタシとアンタは良い関係を築けそうだ。よろしくな」


 ああよかった。セーフのようです。


「それで、あなたが……」


「はははは、はい! 私の名前は狼獣人! 種族は聖騎士、職業はチェロンです!」


「落ち着きなされ、チェロン殿。全てがごちゃ混ぜになっているぞ?」


「あっあっ、はい、すみません! 落ち着きます!」


 狼耳の桃色少女はすー、はー、と深呼吸を繰り返し、落ち着きを取り戻したところで目を見開きました。


「……私の名前はチェロにゅっ!?」


 舌を噛みましたね。


「あらあら、大丈夫? チェロン。ほら、ポーションよ」


「にゅ~……」


「はぁー、アタシが代わりに説明してやる。コイツはチェロン。狼の獣人で職業は聖騎士。信じられないと思うが、こう見えて神官系スキルのエキスパートだ。信じられないと思うがな」


「二度も言わないでください、レティレットちゃん……」


 スキルというのは、武器や防具などを触媒にした魔法みたいなものですね。剣から衝撃波を飛ばしたり巨大な魔法の盾を生み出したり、そういったことが出来るようになります。


 チェロンさんは、まあ、オブラートに包むとうっかり屋さん? ドジっ子? あがり症? 少々緊張しやすい子みたいです。


「最後は……」


「あちきだな」


 モツ煮とハツを食べていた、編み笠を被った白い髪の女性です。腰には刀を携えていて和風の装いをしております。


「あちきの種族は魔族で、職業は侍。名前はシュラ……と言うても、実を言うと記憶喪失のため本当の名は知らぬ」


「記憶喪失なんですか?」


「うむ。目覚めた時にはこの刀だけが傍にあった。そしてそこに刻まれた文字だけは、読み解くことが出来た。そしたらヴィオラ殿がそれをあちきの名前と勘違いしてな。それ以降、あちきは便宜上シュラと名乗っておる」


 彼女は腰に携えた古びた刀の鯉口を切り、根元に刻まれていた文字を私に見せてくれました。


――修羅、と。


 そこに刻まれていたのは、紛れも無い“漢字”でした。


「この文字と刀だけを手掛かりに、あちきはこやつらと共に記憶探しの旅をしておる。お主は何か知っておるかの?」


「いいえ、何も知らないですね」


「そうか……ま、いつものことだ。気にせんでもよい」


「……すみません」


 私はその文字が日本――異世界のモノだと知っていますが、なぜそれがこんな場所にあるのか、彼女とどのような関係があるのかは知りません。


 そんな曖昧な情報を教えたところでぬか喜びさせるだけです。だから、あえて言いません。


「これで〈美暴飽悪〉の皆さんの自己紹介は終わりですね……というか、皆さん、私が加わることに異議はないのでしょうか?」


 四人が何か、パーティ内で会議でもした様子は一切ありませんでしたが、明らかに加わる方向で話が進んでおります。


「私は異議無しよ! 魚好きに悪い人はいないわ!」


「アタシも異議無しだ」


「私も、い、異議無しです! ドロシーちゃんはいい人そうですから!」


「あちきも異議は無いぞ。可愛らしいおなごは大歓迎だ」


「……それでは、私も自己紹介いたしますね。名前はドロシー、種族は……ええと、ヒューマンということで。職業は魔法使いです。魔法であれば大体のものが扱えます。どうぞ、よろしくお願いします」


「よろしくね!」

「よろしくな」

「よ、よろしくお願いしますっ!」

「よろしく頼むぞ」


 そんなわけで、私は〈美暴飽悪〉の錬金術師ヴィオラ、重戦士レティレット、聖騎士チェロン、侍シュラの四人と共に、〈マスター〉ランクのドラゴン討伐に参加することになりました。


 

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