第11話 竜狩り 3
フェシウスを過ごすこの時間はあの頃と何一つ変わりません。私の覚えているそれが100年前の営みであると伝えられても、現実味がありませんでした。
けれども、受け入れるしか無いでしょう。
どんなに嘆いても時間が巻き戻るわけではありませんから
「そうですか……100年。変わってしまったんですね。何もかも」
「うん……そっか。もう100年か。100年ってのは案外短かったなぁ。君が死んだせいで、世界が目まぐるしく変わってしまったからかなぁ……」
「……え? 私が転生したせいで何か起きたんですか?」
「うん。例えば……」
フェシウスはそこまで言ってから「やっぱりやめた」とか言い始めました。
「これは君がツケを払うべき事象だ。あの時、腹いせで行き当たりばったりに転生したことで何が起きたのか、自分の目で確かめてみるといいよ」
とんでもなく含みのある言い方ですね。その瞳からは若干の恨みつらみが覗いています。
どうやら、私が勝手に転生したせいで相当苦労したようです。あの書類の山を見れば、今の彼が真面目に仕事をしているのが分かります。
少しだけ、同情しました。
100年前から真面目に働け、とも思いましたが。
「ごめんなさい。謝るので、何が起きたのか少しだけでも教えてください」
「……まあ、女の子の恨みは怖いね、ってことで……」
「女の子の恨み? えぇ……? どういうことですか? 全く心当たりが無いんですけど……」
「無欲は美徳だけど、行き過ぎた鈍感は苦痛にしかならないよねぇー」
「そんな悟ったようなことを言わないで、もっと詳しく教えてくれませんか?」
「……」
「お願いしますからぁ!」
フェシウスは完全に口を閉ざしてしまいました。その上、彼は見た者を苛立たせる表情を浮かべており、これ以上追及しても無駄だろうと思い、諦めることにしました。
……ツケ。私がツケを払うべき事象、ですかぁー……考えるだけでも嫌になりますねぇー……
◆◆◆
「そういえば君、何かの素材を融通して欲しくて僕のところに来たんでしょ? 何が欲しいの」
おお、そうでした。
100年という歳月にショックを受けて、危うく本来の目的を忘れるところでした。
「そうですね……まずは魔力親和性の高い泥。極地の辺りの泥が一番良いですね。それと、ハーリーの宝石絵具。〈不可視の蜘蛛〉の縦糸……」
「えぇー……何に使うのさ、そんな素材」
私の提示した素材はどれも高級品で、買おうと思っても、どれも一年以上掛かるのは間違いありません。
まず、極地の辺りは人間が到底生存できるような環境ではありませんし、ハーリー一族のみが作り出せる宝石絵具は魔法的な価値がとても高いので予約は数十年待ちです。〈不可視の蜘蛛〉なんて、ある意味では伝説上の生き物です。
けれども、フェシウスは嫌な顔をしながら胸元から銀色の鍵を取り出し、それを何も無い空間に差し込みました。
――パキンッ、とガラスの割れる音がして、空間に大きな亀裂が入りました。
彼は鍵を右に、ひと捻り。
すると、罅割れた空間は螺旋状に開きました。その奥には宇宙のように真っ暗な空間がどこまでも、どこまでも、果てしなく広がっております。
「相変わらず便利ですねー、その鍵」
私の言葉に彼は「はいはい」と適当な相槌を打ち、真っ暗な空間の中から今、私が言った素材をポンポンと取り出しました。
フェシウスの持つアーティファクト:〈銀の鍵〉はこのように、あらゆる場所に無限大の空間を生成することが出来ます。
前世の私もこのアーティファクトを非常に欲しがっていましたが、アーティファクトは所有者を選びます。〈銀の鍵〉はフェシウスを主と認めてしまっているので、私には扱えません。
私は床の上に放り出された素材の数々を検品しましたが、どれも本物でした。
「うん、いいですね。量も……これだけ有れば十分でしょう」
「これで全部かい?」
「ああ、いえ。あと一つ、欲しい素材があります」
「何だい? 言ってごらんよ」
「ドラゴンの肝臓……それも、低級のドラゴンではありません。〈マスター〉ランク以上のドラゴンの肝臓です」
それを聞いて、フェシウスは苦い顔つきになりました。
「……その顔、まさかですけど……」
「うーん、そうだね。ちょっと〈マスター〉ランク以上のドラゴンの素材は切らしてるかなぁ……しかも肝臓かぁ……生モノなのも厳しいね」
「珍しいですね。フェシウスが素材を切らしてるだなんて。女に貢いだんですか?」
「はは……ある意味そうかもね。ああでも、とっても都合が良い事に、今ね、〈マスター〉ランクのドラゴンの討伐クエストが出てるんだ。君も参加するかい?」
「私も? ということは、他にも誰かが?」
そう訊ねると、フェシウスは頷きました。
「うん。今、このクエストを受注しているのは、ギルド内でも屈指の実力を持つパーティ――〈
今、〈美暴飽悪〉パーティは近くの食堂に居るらしいです。
向かってみることにしましょう。
◆◆◆
食堂「釜仲間」は大層賑わっておりました。冒険者だけでなく、都市の市民もこの食堂を利用しているようです。
席のほとんどが満席でした。皆、満ち足りた表情で食事をしております。
この中でどうやって〈美暴飽悪〉を探せばいいのか……そういえば、フェシウスは言ってましたね。
『〈美暴飽悪〉は多分、沢山ご飯を食べてるはずだから……見たら一目で分かると思うよ』
そんなまさか。食事の様子を見ただけで判断出来るわけありません。
沢山ご飯を食べているはず? いえ、そもそもこの食堂、大盛りをウリにしているようで、どの席の人間も机一杯に料理を頼んでおります。
この中で、いったいどうやって見分けろと……
「……絶対にあの席ですね」
見つけてしまいました。アイツの言っていた通り、一目で分かりました。
一つだけ、料理の数が異様に多い席があったのです。
いえ、数どころじゃありません。量も異常です。沢山ご飯を食べている、だなんてレベルではありません。彼女達は……山です。山を喰らっています。
「はむはむ……」
一人目は黒いローブを纏った紫紺色の髪の女性です。ステーキをナイフとフォークで綺麗に切り分けて食べております。所作が何となく貴族っぽいですね。どうやらこれで4皿目のようです。
「ガツッ……ガツッ……ゴクンッ……」
二人目は黒いタンクトップというラフな格好をした褪せた朱髪の女性……他の三人と比べると背も低いですし童顔ですね。しかし彼女は体格に見合わない量の肉と野菜の山を途轍もない勢いで平らげております。
「むしゃむしゃ……むしゃむしゃ……」
三人目はふんわりとした春色の服装の、桃色髪で癖っ毛気味な女の子です。狼系の獣人のようです。少しオドオドした様子のある彼女は、これまた体格に似合わない量のスパゲティの山を黙々と口にしております。
「もぐもぐ……」
四人目は、編み笠と刀を携えた白い髪の和風な女性です。彼女が食べているのは……モツ煮に、焼き鳥のハツ? お酒が進みそうなラインナップですね。
彼女達4人が〈美暴飽悪〉……何だか、一癖も二癖もありそうなメンバーです。
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