第10話 竜狩り 2

 ありました。冒険者ギルドです。


 中は多数の冒険者で賑わっておりますが、昔ほどの賑わいを見せてくれてはいません。


 さて、フェシウスのヤツが冒険者ギルドを辞めていない事を祈り、まずは受付でアイツについて訊ねてみましょう。


「あの、すみません」


「あら、何の用でしょうか。可愛らしいお嬢さん」


「フェシウス・ハーマネスクという人に会いたいんですけど」


 そう訊ねると、受付の女性は非常に複雑そうな顔をしました。


「……ええと、本当に、フェシウス・ハーマネスクという名前で間違いありませんか?」


「ええ、はい。もう少し具体的に説明すると、金髪で、緑色の眼で、背は高く、眼鏡を掛けていて、槍使いとしては最高峰の腕前を誇るエルフです。彼はこちらのギルドの職員として働いていると伺っているのですが……」


 アイツの特徴を具体的に伝えると、彼女はより一層厄介そうな顔をしました。


「……ギルドマスターには、アポを取らなければ会えません。ご了承ください」


 え? ギルドマスター?


「……あの、すみません。私が言っているのはギルドマスターの事じゃなくて、フェシウス・ハーマネスクという女遊びが大好きなクズエルフのことですけど……」


「はい。ギルドマスターとはその、女遊びが大好きなクズエルフのことです」


「……えー?」


 アイツが、ギルドマスター? ウソウソ、ありえませんって! 絶対、どこかでギルドが破綻しますって! 影武者でも雇ったんですか?


……一旦落ち着きましょう。もし仮に、それが正しかったとして……


「彼に緊急の用があるのです。今すぐ会うことはできませんかね?」


「貴女のように“緊急の用がある”と訴えた女性は本日三人目ですね」


「……ええと。もしかして他の二人は『あなたとの子供が出来ました』とか『今晩、商談の話をお願いしたい』とか、そういう理由だったり?」


「鋭いですね。その通りです」


 あちゃー……アイツ、何も変わってません。相も変わらず女好きなせいで美人局に狙われているようです。


 私は別に美人局とかではありませんが、彼に緊急の用事があることは本当です。私が転生したあと、何があったのかも聞きたいことですし……


 うーん、そうですね。


「でしたら、こうお伝えください。“フラフ村のリリーラ・ベイカーが来た”と。それで彼の反応が無ければ、素直に帰りますので」


「……分かりました」


 彼女は渋々カウンターの奥に引っ込みました。




 待つこと約50秒。


 彼女は息を切らしてカウンターの奥から姿を現しました。


 とてもお早い反応ですね。


 アイツはきっと、その名前を聞いて飛び上がったことでしょう。


「はぁ、はぁ、ギルドマスターがお呼びです……はぁ、はぁ……今すぐ、案内いたします……」


 いったいどうして、と彼女が呟いておりましたが、その理由は誰にも教えられませんね。


 これは、アイツが一番隠したい秘密でしょうから。


   ◆◆◆


 二階に上がり、受付の女性が黒檀の扉をノックして「ティナです。彼女を連れてきました」と言うと、向こうから若い男の声が聞こえてきました。


「……入っていいよ」


「はい。失礼します」


 扉を開けると、部屋の奥に書類が山積みになった執務用の机が見えました。


 今にも崩れ落ちそうな書類の山の向こう側で椅子にどっしりと腰掛けた金髪眼鏡の男性は、身体全体からギルドマスターとして相応しい風格を漂わせていました。


 ティナという名前の彼女は、プレッシャーに負け、思わず固唾を飲みこみました。


「……ご苦労。業務に戻って構わないよ」


「はっ」


 彼女の足音が聞こえなくなると、彼は私の目を見ました。


 じっくりと、私の瞳を――魂を握り潰すような剣呑な瞳で睨みつけてきました。


「……それで、君はどこで“フラフ村のリリーラ・ベイカー”という名前を聞いたのかな? ああ、この部屋には嘘を感知する魔法を掛けてある。もし、君が嘘をついたら……即刻、君を拷も、」


「やですねぇ。私ですよフェシウス……まさか、私が君の娘を育てたこと、忘れたとは言わせませんよ?」


 彼は二度瞬きをしました。自らの魔法が間違っていたのか? そう疑ってのことか、コホンと咳払いをして「……もう一度言ってもらえるかな」と言いました。


「だーかーら……私が、貴方とリリーラとの間に生まれた不義理の子を育てたんですよ。受精する確率が限りなく0に近いエルフとヒューマン間の交配によって産まれてしまった、“ハーフエルフ”の子供をです」


 改めて言葉にしてみると、この男のクズさが伝わってきますね。


 ともかく、私の言葉が嘘でないことを知ったフェシウスは眼鏡を外し、目をパッチリと見開いて――涙を流しました。


「え? え? 嘘じゃないよね? 本当に、君なの? ゼ……」


「あーあー、私をその名前で呼ぶことは止めてください、フェシウス……今の私のことはドロシーって呼んでください」


「そのよく分からないこだわり――間違いなく、君だぁ! 生きてたんだね!」


 彼は椅子から立ち上がり、私と熱い抱擁を交わそうと手を広げ……どういうわけかゾワゾワっと鳥肌が立ち、


「ぐふっ!?」


 思わず、フェシウスの腹を全力で蹴りました。


 強めに蹴ったため彼の身体は綺麗に吹き飛び、執務机に積まれた書類の山へとこれまた綺麗に埋もれてしまいました。


「げほっ……どうして、腹を……蹴るのさ」


「いえ、なんか……この身体が女性だからなのか、身の危険を感じたので思わず」


 彼の持つ女好き特有のこなれた雰囲気のせいですかね。


   ◆◆◆


 私とフェシウスは椅子に座り、ラウンドテーブルを挟んで向かい合って、私の持ってきたワインを楽しんでおりました。


 おつまみは、フェシウスが大好きなこっちの世界のナッツです。


「ワインの芳醇な香りとほろ苦さが……うん。リッキンナッツの濃厚な甘さと調和して……本当にたまらないねぇ……ゴクッ……手が止まらないよ」


「ええ、そうですね。リッキンナッツの味は、全く変わりませんね」


「えと、ドロシーはこのワイン、どこで買ったの?」


「異世界です」


「異世界? 君が研究してた、あの? じゃあ、成功したの? 異世界転生」


「ええ。その後のことですが、私は――」


 彼に、異世界転生した後の経緯を伝えました。旧友に自らの経験を話すのは案外楽しく、話し終えた頃には机の上のリッキンナッツの山はほとんど無くなっていました。


「――とまあ、そんな感じです」


「へぇー、大変だねぇ……ゴクッ」


 ワインと共に最後のリッキンナッツを腹の奥へと流し込んだフェシウスは、改めて真剣な顔付きになりました。


「……ウェルハイズ王国のクーデターはリベリオンでも聞き及んでいるよ。けど、『害は無いので放置』という結論が出たんだ。王国に目立った特産品も無いからか国家情勢的にもその風潮だし……」


「まあそうですよね。実際、クーデターを起こした目的とか、まだ分からないところが多いんですよね。魔王の封印が解かれたとか言われてもって感じですし。」


「僕も同意見。魔王の封印が解かれただなんて聞いたことも無いし……ところで、僕のところに来た理由は何?」


「旧友と知見を深めるため……とか?」


「そんなタマじゃないでしょ君。まあどうせ、何かしらの素材を融通して欲しいんでしょ?」


「おお、それも目的の一つです。けどもう一つ目的がありまして……」


……私はこの事をまず一番に知らなければいけませんでした。


 だというのに、数日も遅らせてきたのは……どこか、聞きたくないと、そう思っていたからでしょうね。


 けれど、彼の顔を見て決心しました。



「率直に聞きます。私が死んでから、?」



 彼は、無言で執務机の中から一冊の本を取り出しました。そしてそれを、私の前に見せてくれました。


 本のタイトルを読み、表紙には獣人亜人魔人、様々な種族の女性が裸で何人も載っているのを見て、この月刊誌が彼の愛読書であることを思い出しました。


 つまりこれはいわゆる成人向け雑誌……一般的にエロ本と呼ばれるもので……


「なんてモノを見せてくるんですか」


「だって仕方ないでしょ!? 僕の持っている物で部外者に気安く見せられる物ってそれしか無いんだよ!」


 見たところ、部屋の中にはカレンダーすらありません。机の上の書類には日付が刻まれてそうですが、私が見たらマズい物が混ざっているのでダメ、と。


「だからと言って、この雑誌はちょっと、デリカシーが……」


「いいからー! ……さっさと確認しなよ」


 何を確認するのか。


 それはもちろん、中に載っている様々な種族の裸婦写真……ではありません。


 奥付けです。


 本の奥付けには、作者や印刷所……そして、発行された年月などが記載されています。


 そこに載っていた日付を見て、私は愕然としました。


「嘘……ですよね?」


 信じられずに、彼に確認を取りましたが……彼はただ首を横に振るばかりです。


 ああ、嘘だ。間違っているはずです。そんな……



100……?」


「ああ、そうだ。あの日、君が死んでからこの世界では100も経っているんだ」



 桜も散り、ゴールデンウィークとなりました。坂庭久助わたしが産まれてから既に34年ほど経っております。


 その間、故郷では100年の歳月が流れておりました。


 目の前に立つ旧友は変わらず若いままです。


 口の奥に残るリッキンナッツは変わらず甘いままです。


 目に見えない時間だけが、ただ、私を置き去りにして進んでいたのでした。


 

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