第9話 竜狩り 1
魔法使いらしくローブととんがり帽子を身に着けた薄紅色の髪の少女が、ホウキに乗って空を飛んでおります。
向かう先は“自由都市リベリオン”。様々な目的で世界各地を冒険する人間、いわゆる冒険者が集う都市です。
何のトラブルも無く1時間ほど飛行して、その都市を見つけたとき、私は安堵しました。
良かったです……私が転生してから結構な時間が経ってますから、もしかしたら都市が姿形も無く消え去っているかもしれないと思っていたのですが。
上空から眺めたところ、放射状に広がっているその都市の様子は昔と比べてまったく変わっておらず、既視感と懐古を覚えました。
どこかにホウキを停められそうな場所は……あの草原にしましょう。
高度を下げ、ホウキから降りた私は正門へと向かいました。
◆◆◆
しかし、ここでトラブルが発生しました。
「お嬢ちゃん。迷子か? お父さんとお母さんは?」
門番さんに止められてしまったのです。
しかも、迷子と勘違いされて。
「だから何度も言ってますよね。私は迷子じゃありません」
「はぁー……」
おっと溜息をつかれました。何ですかその、「また自分が迷子だと認めようとしない子供が来た……」みたいな面倒そうな表情は。
私も、こんな場所で時間を浪費できないのですが……
……ふーむ、そういえばここは“自由都市リベリオン”。冒険者が集う街として有名であり、それゆえ冒険者志望の人も多く集まるんでしたね。
「……実を言うと私、冒険者になろうと思ってて。知り合いに会いに来たのはそのついでなんです」
「へぇ、冒険者? お嬢ちゃんが?」
門番さんは馬鹿にするようにそう言いました。
全然信じていただけていないようです。一体何がダメなのでしょうか。この可愛らしくて庇護欲を煽るような容姿がダメなのでしょうか。
門を通してもらうためにはどうすればいいのでしょうか……
「……魔法。魔法を見せれば、冒険者になろうとしている魔法使いだと信じてくれますか?」
「お嬢ちゃん、魔法使いなのか……はっ、いいぜ。使ってみなよ」
よしよし、魔法を見せれば信じてくれるようです。でしたら、話は早いですね。
私は手のひらを草原に向けて、どの魔法を使うか考えました。
……うーん、あの魔法だと地味ですし、この魔法だと……流石に弱すぎますね。
「おーい、早くしてくれよー、お嬢ちゃん。魔法を使うんだろー?」
……決めました。この魔法にしましょう。
「“業火柱”」
「……おいおい、何も起こらな……うわぁぁぁぁぁ!?」
一瞬遅れて、目の前で巨大な炎の柱が噴き上がりました。
人間一人をゆうに覆い隠し、丸焦げに出来るその柱を見て、門番さんは口をポカーンと開け、地面にへたり込んでいます。
魔法の姿が消えた後も、門番さんは立ち上がれずにいました。どうしたんでしょうか。声を掛けてみましょう。
「あの、大丈夫ですか?」
「……はっ! あっ! ああ……大丈夫だ……」
「全然大丈夫そうじゃないですけど……通っていいですよね?」
「ああ、いいぞ……お嬢ちゃんが魔法使いだって言うのは本当らしいからな……」
「ありがとうございます」
それでは行きましょうか。
私の背より遥かに大きな門をくぐり抜けようとしたとき、門番さんは「ちょっと待ってくれ」と私を呼び止めました。
「……何です? 通っていいんじゃなかったんですか?」
「そうなんだが……興味があるんだ。お嬢ちゃんが誰に会うつもりなのか。あれほど魔法を使えるほどの人間が、いったい誰に会うつもりなんだ?」
「フェシウス・ハーマネスク……まあ、ただの冒険者ギルドの一職員のエルフですよ」
もっとも、現在、彼がどの役職なのかは私の与り知るところではありませんが。
これ以上話すのは時間の無駄ですので、さっさと行きましょう。昔のままなら、冒険者ギルドはこの町の中心にあるはずですから。
◆◆◆
俺の名前はクアル。自由都市リベリオンのしがない門番だ。
20代の頃は冒険者として随分と無茶な冒険をしていた。ギルドランクだって〈エメラルド〉、上から四番目だ。“魂の格”だって『4』……いわゆる「人外の領域」の一歩手前まで行ったさ。
けど、20年前……28歳のときに、当時のギルドマスターに無理を言って、自由都市リベリオンに侵攻していた〈
俺は、故郷を守りたかっただけだった。けれども、自分の力量を見誤っていたんだ。
戦いの結果は、散々な物だった。
参加者、総勢18名。
生還者、8名。
〈グランドマスター〉、1名死亡、1名再起不能、1名生還。
〈マスター〉、3名死亡、5名再起不能。
〈ダイヤモンド〉、3名死亡。
〈エメラルド〉、3名死亡、1名生還……3人とも、俺のパーティメンバーだった。
そして恥知らずにも生還してしまった臆病者のクソ野郎こそが、俺だ。
それ以降、俺は冒険に出られなくなった。怖いんだ。また誰かが、目の前で死んでしまうのが。誰かを見殺しにして、逃げてしまうのが。
しかしギルドマスターがこう言ってくれた。
「故郷を守る手段は一つじゃないよ。ところで、君の実力を買って、一つ頼みたい仕事があるんだ。給料はあんまりよくないけど、どうかな?」
その仕事を、俺は喜んで受けた。
そして20年の歳月が経ち、俺の中のトラウマも落ち着いてきたところだった。
門番の仕事は確かに給料は良くない。全盛期の稼ぎと比べると、10分の1にも満たない。
けれど、俺はどこか、この仕事に満足していた……
死ぬかと思った。
地面から噴き出た炎柱を見た時、俺は20年ぶりに「命の危機」と言うのを味わった。久しぶりの感覚だった。
その魔法を使ったのは、10代前半と思しき薄紅色の髪の少女だった。
魔法使いの中には見た目と年齢が一致しないヤツも居ると聞いたことはあるが……彼女もああ見えて年増だったりするのだろうか?
彼女が門をくぐり抜けようとしたとき、俺はつい聞いてしまった。
「あれほど魔法を使えるほどの人間が、いったい誰に会うつもりなんだ?」
彼女はこう答えた。
「フェシウス・ハーマネスク……まあ、ただの冒険者ギルドの一職員のエルフですよ」
彼女の背中が市民に紛れて見えなくなった後、乾いた笑いが漏れた。
「……ははっ、何が、“ただの冒険者ギルドの一職員”だよ……ギルドマスターだぞ、そのエルフは」
フェシウス・ハーマネスク。
〈黒狼主〉征伐戦で唯一後遺症無しに生き残った〈グランドマスター〉であり、100年前の魔王危機の暗黒時代を乗り越えた、生ける偉人の一人。
そして、現代では唯一のギルドランク最高位〈グランドマスター〉であり、冒険者ギルドのトップのギルドマスターであるエルフだ。
その彼を「ただの一職員」呼ばわりできるような人間が何処にいる?
あの少女は只者じゃない……何か、時代の変わり目のようなものを感じ取り、俺はブルリと震えあがった。
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