第6話 王女 1
王女様を連れてきてしまったことで私の気苦労が増える羽目になりました。
さっさと送り返そうかと思いましたが、彼女は私に対し、深く、深く頭を下げ、一つの懇願をしました。
「部外者の貴方に頼むのはお門違いかもしれないけど……それでも、貴方に伝えたいことがあるの。お願い……どうか、お父様を助けてください……!」
彼女の瞳には強い決意と、涙が宿っていました。けれども私はそれに絆されたりはせず、頭の中でこの状況をどうやって解決するかを考えておりました。
ええ、つまるところ既に私は彼女の父、ウェルハイズ王国の国王を救出する手助けをするつもりです。
「二つ、質問をします。まず、あなたが私に与えられる物は何ですか?」
「……貴方がお父様を助けてくれた暁には、救国の英雄としてその名前を未来永劫、国の歴史に刻むことを誓うわ」
「不要ですね。名前を刻まれたところで何の役にも立ちませんから」
「そうね。それなら国庫の中にある魔道具や宝石類を貴方に譲渡するよう、お父様に交渉してみせるわ。その中にはきっと、貴方が気に入るような物があるはずよ」
おっと、これは少々魅力的。国庫の中には一つだけ、正体を確かめておきたい物が入っているのですが……
「それを求めてあなたのお父さんを助けるぐらいだったら、転移魔法で盗んだ方が早いことはあなたもお分かりですよね?」
「……ええ、そうでしょうね。世界の間を越えるレベルの転移魔法を扱える魔法使いの手に掛かれば、国庫のセキュリティなんて針金細工と何ら変わりないでしょうね」
実際、盗み出そうと思えば今すぐ盗み出せます。
しかしそれだとつまらないので盗みません。
「聡明な王女様であれば、もう理解できているはずです。今、あなたが差しだせる物の中で、最も価値のある物を」
彼女は私の言葉を聞き、覚悟を決めて己の胸に手を当てました。
「ええ……最も価値のある物。それは、私自身ね」
「その自惚れの理由をお聞かせいただいても?」
少々皮肉っぽく質問をしてみせましたが、彼女が特段怒ることはありませんでした。
「自惚れじゃないわ。まず、私の存在はお父様に対する人質としての価値が高い。次に、私には常人離れした魔力があるから生贄や触媒など魔法方面での価値が高い。最後に……これは本当に自惚れとかじゃなくて客観的に見た場合の話だけど、私は容姿端麗で魅力に溢れた女性である。つまり“そっち”の方面でも非常に価値が高い……だから、私は私自身が最も価値のある物だと判断したわ。どう? これで満足?」
「はい。その回答が引き出せて満足です」
私が求めていた回答の150%を満たしてくれる大変良い回答でした。
この端数の50%は彼女の容姿に関する部分で、彼女が容姿端麗で魅力に溢れた人物であると言われて初めて気づきました。
顔や、身体つき……爪先から頭のてっぺんまで気品に溢れています。確かに、客観的、大衆的な視点で彼女を観察するとその評価は概ね正しいです。
「では、あなたは自分自身の身体を報酬とする、ということで相違ありませんね?」
「ええ。覚悟は出来てるわ」
「それでは次の質問です……その前に、『成長適正』はご存じですよね?」
「え? 知ってるわよ。当たり前でしょ……それぞれの人間に与えられた、『魂の格』をより深められる行動のことでしょ? そんなの、子どもだって分かるわよ」
「はい、その通りです。愚問でしたね」
魂の格。成長適正。
それぞれ、現代風に言い換えるとするならば……「レベル」と「レベルアップ条件」。
まあ、簡単に言えば向こうの世界の人間はレベルアップ条件に合致する行動を取るとレベルが上がるんですね。
しかし問題なのが……成長適正は偶然見つけることでしか発見できない、ということですね。
運が悪いと一生分からないままです。自らの成長適正を知らぬまま死んでいった人間を、私は何百人も見てきました。
ただ、一度「魂の格」が上がれば……レベルアップすれば、直観的に自らの成長適正を理解できます。原理は分かりませんが……
「王女様の成長適正を教えてください これが二つ目の質問です」
「私? 私の成長適正は――“探究”よ」
――ああ、何たる偶然……いえ、ロマンチックに言えば、これはまさしく運命です。
なぜなら、私の成長適正もまた、物事の本質を探り、見究めようとすること――彼女と同じ“探究”なのですから。
これを運命と言わずして、何と言うのでしょうか?
「決めました。私はあなたの手助けをします。しかしその前に……」
「えっ……きゃっ!」
私は彼女の手首を掴んで寝室に連れて行き、そして柔らかなベッドの上に、背中を痛めぬよう優しく押し倒しました。
そして、彼女の纏っていた衣服を捲り上げ、白いお腹を露わにしました。
「えっ、ちょっと! 何するの!?」
お腹に触れると彼女は「ひゃうっ」と子猫のような声を上げ、あっという間に顔を赤くしてしまいました。
「……ちょっと……?」
「覚悟は出来ていると、おっしゃいましたよね?」
「うん、言った、言ったけどぉ……」
「でしたら静かにしてください。大丈夫です。目を閉じるか天井を眺めるかしていれば数十秒で終わります」
「数十びょっ……!? えっ、そんなに早いの?」
「ええ。手早く済ませますから」
「……う~……」
彼女は私の言葉に従い、パタリと身体から力を抜きました。これなら、言った通りに手早く終わるはずです。
早速、私は彼女のへそに人差し指を当て――
「――終わりましたよ」
「……え?」
「どうしたんですか、そんな変な顔して」
どういう訳か彼女は大層ビックリしています。私にはその理由を察することが出来ません。
「えっ、だって、貴方……私に、その、いかがわしいことを……しようとしたんじゃないの?」
いかがわしいこと……いかがわしいこと……うーむ、心当たりは何一つ無いです。
「何のことですか?」
「ほら、ベッドに押し倒して……」
「フローリングの上だと背中が痛いですからね」
「服も、捲ってきて……」
「素肌に触れるのが一番効率が良いので」
「……貴方、何をしたの?」
「私の力の一部を譲渡しただけですよ」
私はベッドの上から立ち上がりました。振り返ると彼女は、意図が分からない、というような疑問の表情を浮かべておりましたので、簡単に説明しました。
「まず、私はこの問題に対して完全なる部外者です。なのであなたのお父さんは助けません」
「ちょっと、どういうこと? あなたがお父様を助けてくれるんじゃないの?」
「違いますよ。私はあくまで“手助け”をするだけ……で、ここからが本題です。王女様――あなたを私の弟子にします」
「……弟子?」
「ええ。ちなみに私が使っていた転移魔法を覚えられるまで、あなたは向こうの世界に帰れません」
彼女の顔は、またもや青褪めましたが、今度は叫び声を上げずに済みました。そして現実を理解し、顔にはあっという間に血の気が戻ってきます。
やはり、私と彼女は似た者同士のようです。
彼女は唇の端を好奇に緩め、瞳を“探究”の色に――私好みに輝かせ、この提案に対して頷きました。
「ええ、分かったわ。その提案――受け入れましょう」
「ありがとうございます。ところで自己紹介がまだでしたね。私の名前は
「アルセリア・フォン・ウェルハイズ。本来、この呼び方をしていいのは親しい人間だけだけど……アルセリアと呼んでいいわよ」
「分かりました。それではこれからよろしくお願いいたします、アルセリアさん」
「ええ、お願いするわ……いえ、お願いします。サカバししょ……う……」
……彼女の敬語を遮って、ぐぅ、とお腹が鳴りました。
どうやら、彼女のお腹はかなりの正直者のようで、せっかく血の気を取り戻したその顔は、今度は真っ赤に染まってしまいました。
「はは……お腹が空いているようですね。今日は休みましょう。ところで、異世界の食べ物に興味はありますか?」
「……あります」
という訳で、私は彼女を喜ばせられるような料理を作ることにしました。
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