第5話 観察 4

 魔法の弾丸は、謁見の間の中空に残像を残し――弾丸が通った後の、堅牢で重厚な扉には、大人一人がゆうに通れるほどの風穴が開いていました。


「どうされましたか?」


「……いえ、誰かが盗み聞きしているような気がしまして……何でもありません。おそらく気のせいでしょう」


「それなら、良いのですが……扉は修復しておきます」


「任せました」


 黒ローブの女性は風穴の空いた扉を開け、スタスタと歩いて行きました。


 あー、危ない……透明化しているはずのフラジールくんを視認したのかと思ってヒヤッとしましたよ。


 不意打ちの弾丸をフラジールくんがきりもみ回転で避けてくれたおかげで、どうにかバレずに済みました。


 見た目はカナリアなフラジールくんですが、その機動力は鷹にも隼にも負けません。本当に優秀なゴーレムです。


 とりあえず、現在の状況は大体理解できました。


 私が見てなかった三日の間に、この国、ウェルハイズ王国でサージェスという魔法使いによるクーデターが発生したようです。


 どうやら王女様が機転を利かせて学生ら4人を城内から逃がしたようですが……なぜ逃がしたのか……客観的に見て考えられる答えは一つですね。


 サージェスに、強大な武力を持たせないため。


(何だか、色々と面倒臭いことになってますねー)


 さて、そろそろお腹が空いてきたのでフラジールくんを呼び戻し、家に帰ろうとしたその時でした。


 扉の奥から、話し声が聞こえてきます。その声に耳を澄ませると同時に、私は透明化などの魔法を自分に掛け、姿を消しました。


「ちょっと、放してよ。子どもじゃないんだから牢屋ぐらい一人で入れるわ」


「そう言われても、逃がしたら殺すって言われてるんだよ、俺」


「あのおっかない女から?」


「そーそー。全く、何で俺が王女様を地下牢に入れなきゃならんのか……」


「それなら、この私を地下牢に入れられることを光栄に思いなさいよ。人生に一度有るか無いかっていうレベルの経験よ?」


「長年勤めていた俺からすれば、人生に一度有るか無いかぐらいの不名誉ですよー……っと。じゃ、お入りください」


 閂が上げられ、地下牢の扉が開きました。


 中に入ってきたのは槍を背負った全身鎧の兵士です。声からして私をココに連れてきた人とは別人ですね。


 彼の瞳には、まるで牢の中に誰もいないように映っているはずです。


 それと――


「……本当に、ひっどい場所ね」



 太陽のように輝かしい金髪と紅玉の瞳を持った妙齢の女性が、気の強そうな顔を嫌悪感で歪め、渋々地下牢の中に入ってきました。



 しかし彼女は――ウェルハイズ王国の王女は、このように劣悪な環境でもなお、瞳に炯々けいけいたる光を宿しておりました。



 彼女の手足に禍々しい紋様が彫られた枷が――“吸魔の枷”が嵌められました。その間、彼女は何の抵抗も致しませんでした。


「お元気で。王女様」


 そして兵士によって扉は閉じられ、閂が落とされ、再び地下牢は閉じられました。


――静寂。


 ポツリ、ポツリと雨漏りの音がするばかりです。そんな、誰もいないはずの地下牢で王女様はボソリと呟きました。



「で、貴方は誰?」


 彼女は地下牢の隅で三角座りしている私をじっと見つめてそう言い……



……あれ? もしかして、私の事が視えてる?


「待って、その服装……もしかしてキョウカが言ってた、勇者に紛れた“無能”?」


 その呼ばれ方にはちょっとだけモヤモヤしますが……とりあえず、私は透明化の魔法を解いて姿を現しました。


「……その言い分ですと、サージェスさんは私の事を完全に忘れているのですね」


「そうね。アイツが“無能”とか“役立たず”とかそういうのを記憶の片隅にでも置いていた場面って、一度も無かったわ」


「そうなのですか……開門」


 壁に魔法を使い、自宅のドアを召喚しました。


 持ってきた荷物をポリ袋にまとめ、左肩にフラジールくんを乗せた私はドアノブを捻り、彼女に向かって手を振ったのち、ドアを開け……


「では、さようなら」


「あ、うん。さよなら……じゃないのよっ!」


 見事なノリツッコミで私の右肩が掴まれ、強引に彼女の方へと向かされました。


「えっ!? 嘘でしょ放っておくの!? 王女を助けてコネを売れるチャンスよ!! あとなにその魔法!? あなた“無能”なのに魔法使えたの!?」


「コネとかそういうのは不要ですので。あとこの魔法については秘密です。要件は以上ですか? それではさようなら」


「ちょっと待ってよ! えーっと……」


 彼女が一瞬考え込んだ隙に私はドアノブを開け、扉の奥の玄関へと足を踏み入れ……


「とぉっ!!」


――腰に突然の衝撃っ!?


 後ろからタックルされた衝撃で私の身体は自然と前方に跳び、そのまま自宅のフローリングの上を転がりました。


 私にタックルした張本人はというと、イタズラが成功した子どものように頬を吊り上げ、可愛らしく笑っています。


「ふ……ふふ、読み通り! なんで貴方が魔法を使えるのかは一旦置いておくとして、何の魔法を使ったかだけど……案の定、地下牢から抜け出すための“転移魔法”だったわね!!」


 はぁ……本当にどうしましょう。


……王女様、地球こっちに連れて帰って来ちゃったんですけど。


 目の前で魔法を使ったのは軽率でしたねー……まさか、彼女がそこまで頭が回る方だとは思いも……


 いえ、彼女はサージェスさんのクーデターを予想していました。


 その上で一足先に学生ら4人を逃がしていたことを、私は既にサージェスさんから聞き及んでおりました。


 こうなることは十分わかっていたはずです。


 つまりこれは、私がただ馬鹿だっただけですね。反省しませんと……


「ところでココはどこ? なんていう国なの?」


「……です」


「なんて言ったの? 具体的に言って頂戴」


「天の川銀河太陽系第三惑星地球の、東経135度に標準時子午線を持つ日本という国です……分かりやすく言うと、あなた方の言うところの“異世界”です」


「へぇ、イセカイ……え? ?」


 彼女の顔は、徐々に青褪めていきました。



「え……え……えぇぇ――――――っ!?」



 彼女の叫び声は住宅街に木霊し、そして暮れゆく夕日に飲まれていったのでした。



―――――

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