第3話 観察 2

 フラジールくんが30分ほど飛び回った結果、転移者の学生ら4人を発見することが出来ました。


 場所は、ウェルハイズ王国の北部の草原。そこでテントを二つ張って、野宿をしております。


 辺りに危険な獣の姿は見えませんが、安全かと問われると少し怪しい場所ですね。


 なぜなら、この草原には王国の首都に続く馬車用の街道が5本も伸びているためか、そこら中に盗賊が潜んでいるからです。


 賊にも二種類ありました。


 今、フラジールくんの足元で盗賊団に襲われている、おそらく護衛をケチったらしい馬車は人間以外の物品を全てかっぱらわれてしまいました。


 その後、命からがら脇道へと逃げた馭者ですが、運の悪い事にその脇道には追い剥ぎが数人巣食っており、下着以外の全てをかっぱらわれてしまいました。


 さらにその後、追い剥ぎのリーダーらしき女が馬車を襲った盗賊団の元を訪れ、馭者から奪った金品の一部を団に収めました。


 みかじめ料ですかね。


……なんというか、一種の生態系が出来上がってますね。この草原。


 いったいどのような経緯でこのようなグループが出来上がったのか気になりますが、今は学生らの方が優先です。


「――! ――――!」


 怜悧な瞳の女子生徒と何の特徴も無い男子生徒が何か、口論しているみたいですけど……声が聞き取りにくいですね。


 上空2,000mからだと、流石に聞こえません。透明化の魔法のおかげで近づいてもバレませんので、フラジールくんに下りてもらいましょう。


 私の意思が届くと、フラジールくんは真下を向いて一気に急降下――風を斬りさく音が私の耳に届いてきます――雨粒の落下と比肩する、とんでもない速度です。


 一瞬で彼らの元に辿り着いたフラジールくんは近くの木に止まり、彼らの話に耳を澄ませました。


「だから、貴方も狩りに行きなさい! 順番を最初に決めたでしょう!?」


「いーや、こういうのは適材適所だろ? 勇者の伝承に依れば俺は“魔法使いソーサラー”で、鏡花キョウカは“先鋒ヴァンガード”。どっちが弓を扱うのに相応しいって言ったら、間違い無く先鋒だ」


「覚えてる? 昨日の椎名シイナさん……泣いてたわよ。初めて他の動物を殺めたから。“祈祷者クレリック”だって弓を引くのに向いていないわ。でも、彼女は自分から進んで、無理して狩ったのよ。私たちに迷惑を掛けないために!」


「おいおい、日本に居たときから豚肉牛肉鶏肉、その他家畜の肉なんて何度も食べてきただろ。その肉だって元は命だ。なのに自分で殺した途端、わーわー泣くなんて……くくっ、都合が良すぎやしないか?」


 鏡花キョウカと呼ばれた怜悧な瞳の女子生徒は大きく溜息を吐いて「……もういいわ」と言いました。何の特徴も無い男子生徒の相手を諦めたようです。


「……私が狩りに行くわ」


「おお、サンキューな!」


「その代わり! ……私の事を名前で呼ばないで頂戴。気持ち悪いわ」


 彼女は軽蔑の視線を彼に向け、そして左側のテントから弓と矢を持ち、草原の東側の森へと狩りに行きました。


 彼女の背が見えなくなったところで、何の特徴も無い男子高生は草のクッションの上で仰向けになり、空を見上げながらボソリと呟きました。


「うーん、呼び捨てにするにはまだ好感度が足りないっぽいな」


……鏡花さんが、苦労してそうな事だけは分かりました。このやり取りだけで彼女に同情してしまいそうです。


(フラジールくーん、お願いできますか?)


 私の意思を受信したフラジールくんは蒸気機関車の汽笛みたいな鳴き声で鳴き、そして鏡花さんの後を追って飛んでいきました。


   ◆◆◆


「はぁ、はぁ……」


 森の中を歩いてかれこれ1時間。狩りの成果は群れからはぐれた子ウサギ一羽だけでした。


 それもそのはずです。彼女、殺気が隠せていないのです。


 死の気配に敏感な野生動物が彼女の存在に気づかないはずがないのです。


「いつになったら、戻れるの……?」


 先の見えない狩りに絶望しかけていた、その時でした。


――ドサリ。


 何かが落ちる音がしました。音の発生源は大分近いことに気づきました。何の音か気になった彼女は、そちらの方へと向かいました。


 もうしばらく歩いたところで、藪を抜けた先に何かを見つけました。


「……え?」


 手負いの猪です。息は絶え絶えで、四肢の腱は落とされているため動く気配もありません。


――どうしてこんなところに猪が?


――誰がこんなことを?


――この猪を、狩ってもいいのだろうか?


 そんなことを彼女は考えていることでしょう。


 ぐぅ、と彼女の腹の音が鳴りました。


 口の端から涎が垂れていることに気づき、黒ずんだ制服の袖でそれを拭いました。けれども猪の味を想像でもしたのか、涎は一向に止まりません。


 飢えている。それを隠せるほどの余裕と冷静はもはや彼女にはありません。


 彼女は、矢をつがえました。


   ◆◆◆


(ふー、無事に見つけてくれて良かったです)


 フラジールくんも同意するように汽笛のような鳴き声をあげました。


 何を隠そう、あの猪を用意したのは私です。見たところ、彼女は随分とお腹が空いているようでしたからね。この三日間、まともな食事を摂れずにいたのでしょう。


 だから、フラジールくんにお願いしてその辺りに居た猪を無力化してもらい、彼女の近くに落としてもらいました。


 猪一頭分の肉があれば、4人なら一週間は凌げますかね。


 無事に猪を狩った彼女は、それをどうやって持って帰るか悩んでいたようですが、しばらくすると自分が猪を持ち上げられることに気づいたみたいです。


 この猪の体重は……見た限り、100kgぐらい?


 普通の女子高生が持ち上げられる訳が無いです。どういうことなのでしょうか……あっ。


 不意に、白いローブの男が言っていたことを思い出しました。


『この“魔水晶”は〈勇者〉レベルの強大な魔力の持ち主が触れると光り輝きます』


(勇者に選ばれたら強大な魔力が手に入る? それとも魔力を持っていたから勇者に選ばれた? ふぅむ、卵が先か鶏が先か、みたいな問題ですねぇ)


 しかし彼女の表情からすると、少なくとも地球に居たときには猪を持ち上げることは不可能だった可能性が高いです。


 他の3人もそうなんですかね?


 まあ、それは追々確認するとして、今は彼女の後を追いましょう。


 猪は彼女の背に重くのしかかりますが、それを背負う彼女の瞳には、煌びやかで、ギラついた喜びが宿っていました。

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