第2話 観察 1
前世の私は知識欲を満たすだけの化物でした。
未知を既知に変えようと探究し続けた結果、いつしか私は〈賢者〉の一人に数えられるようになりました。
ある日、とある権力者から「死ぬのが怖い。死から逃れるための魔法を創れ」と命令されたので、ある魔法を創り上げました。
その魔法とは、死後、自らの魂を別の器に憑依させて生き永らえる“転生”の魔法です。
しかし、私に命令してきた人物は信じられないことに「貴様が使用して効果を証明してみせろ」と言ってきました。
頭に来たので、別口で研究していた世界と世界を繋げる魔法――“異世界干渉”の魔法と“転生”の魔法を組み合わせ、私は「異世界転生」を果たしました。
そうして私は一端の〈賢者〉から生まれ変わり、名を「
当然、知力・知識は据え置きのため、地球で見聞きしたことは大体すぐに理解できます。
けれども、前世から生まれつき功名心を持たず、無駄に実力を発揮しすぎると逆に疎まれてしまうことを知った私は「ほどほどの実力の人間」を演じることにしました。
結果として、私は小・中・高・大学ともに平凡な学校に進み、その全てで中の上、あるいは上の下辺りの目立たない成績を修め、地元の中堅企業に就職しました。
大学を卒業して、早12年。
出世はしていませんが、仕事に追われる多忙な日々を送るのも嫌なので、個人的には平社員と言う立場に満足しています。
ほどほどに疲れる仕事に、ほどほどの給料。ほどほどの人脈にほどほどの生活。
スローライフ、とでも言えば良いのでしょうか。
ともかく、前世の知識欲を満たす怪物としての人生と比べれば、私は平穏でのびのびとした、ほどほどの人生を歩んでおります。
◆◆◆
今日は日曜日です。土曜出勤の後の休日を一層強く噛み締めながら、私はベッドの上で大の字になってぐうたらしていました。
「……うーん、暇ですね」
やりたいことがありません。
本当に、何一つ思い浮かびません。
休みだというのに普段通り朝の7時に目覚めてしまい、しかも妙にスッキリ目覚めてしまったので二度寝もできず、ベッドの上で迷っている内に昼の12時になってしまいました。
せっかくの貴重な休日ですから、何か有意義なことに使いたいのですが、その有意義なことが思いつかないのです。
このままではあっという間に明日に――ああ、今、ある事を思い出しました。
「そういえば、一昨日、召喚されたんでしたっけ、私……」
一昨日の木曜日。会社から帰宅している途中、私は異世界召喚に巻き込まれました。
私が元居た世界とはもはや二度と関わることは無いだろうと思っていたのですが、まさか巻き込まれてしまうとは……
……そういえば、学生ら4人はどうしているのでしょうか。
うーん、一度気になってしまうと頭から離れません。ちょうどやることも無いですし、彼らの様子を見てもいいかもしれません。
まあ、ただの暇潰しですね。
「行ってみますか、異世界」
そう決意した私は、まずこっちの世界で買い物に出かけました。
◆◆◆
「“開門”」
そう唱え、レジ袋を片手に自宅の扉を開けると、あっという間に劣悪な地下牢の中です。結構汚いので、そろそろ捨てる予定のワイシャツとジーパンを着て来ました。
私はここに三日間居なかったわけですが、閂は未だに下ろされたままですね。
もし一度でも閂が開けられたのであれば、私が居ないことが明らかになります。そうなれば、わざわざ閂を下ろしたままにする必要はありません。
つまり、この地下牢の扉は一度も開けられていない……と。
普通に考えれば死にますね、三日間飲まず食わずで監禁されたら。
まあ、それはどうでも良いとして、とりあえずレジ袋の中の物を床の上に広げましょう。
・粘土(約1,000円)
・木炭(約3,000円)
・油絵具セット(約14,000円)
・ビー玉(そこら辺にあったやつ)
・彫刻刀(実家から持ってきた)
・筆(実家から持ってきた)
総額、約18,000円。ほんのり痛い出費ですが、貯金が怪しくなったら食費を抜けば必要最低限家賃と水道光熱費は払えるので、まあ良いでしょう。
さて、この6つの物で何をするのかというと……
まずは、粘土をこねこね、こねこね……
柔らかくなったら頭、胴体、翼(×2)、足(×2)を大まかに作ります。
そしたら、彫刻刀を使って繊細に造形していきます。
羽毛の一つ一つ……まぶた……尾羽……皮の下から浮き出た骨。ほんのりふくよかな腹部も繊細に造り上げていきます。
おっと、お腹の中を空洞にするのも忘れずにやっておきましょう。
持ってきたビー玉も、頭の中に埋め込み、瞳の代わりにします。
「“燃えよ、火炎”」
造形完了。焼き固めて完成です。
私の目の前に居るのは、細部まで再現された一羽の茶色いカナリア――ゴーレムの原形です。
「次は着色と」
油絵具を使い、カナリアの表面に薄皮を貼り付けるようなイメージでペタペタ、ペタペタ……
ふぅ、塗れました。ガラスの瞳を持つカナリアが完成しました。
今にも飛び立ちそうなその姿は、町中で見かけても粘土製だと気づかないほどに本物そっくりです。
「あとは、魔法を掛けて……“
――カナリアが、翼をはためかせました。うん、動きに問題は無さそうですね。宙返りだってできます。優秀なゴーレムです。
あとは、エネルギー源である木炭を食べてくれるかどうか……ですが。
カナリアのゴーレムは本物の鳩と同じように首を前後に動かしながら木炭の方へと歩いていき、嘴で突いてそれを食べてくれました。
良かったです。ゴーレム自体はこれで完成です……しかし、あと一つだけ、やらなければいけない事があります。
「“感覚共有”……うん、成功ですね」
カナリアのガラスの瞳に光が灯りました。と同時に、私の頭の中に新たな情報が伝わってきます。カナリアゴーレムの視界です。
彼が目を見開いてこちらを見ています。
彼というのは、私のことです。鏡でも見るように今、自分の顔を客観的に見ています。そろそろ髭を剃る必要がありそうです。
とりあえず、転移者たちを見つけるための道具は完成したので……この子に名前を付けてあげましょう。
名前、名前……
「うーん――“
フラジールくんも心なしかピョンピョン跳ねて喜んでいるように見えます。とても可愛らしいですね。
そうそう、転移者を探す最中トラブルに巻き込まれて壊れたりしないよう、フラジールくんに補助魔法を掛けることにしましょう。
「えーと、まずは“自己再生”、“斬撃耐性”、“打撃耐性”、“魔法耐性”……あと、“気配遮断”、“透明化”、“防音”……これくらいあれば十分ですね」
過保護かもしれませんが、万一フラジールくんが傷物になったら目も当てられません。なので、仕方のない事なのです。
「いってらっしゃい、フラジールくん」
フラジールくんは翼をはためかせて浮き上がり、そして地下牢の小窓に向け――炎を吐きました。
炎で金属の格子を焼き切り、フラジールくんはその奥へと、異世界の空へとあっという間に飛翔していきました。
その姿は点となり、しばらく見つめている内に、地下牢からフラジールくんの姿は見えなくなりました。
さて、感覚を共有してみましょう……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます