無能扱いの前世〈賢者〉な最強サラリーマンとおてんば天才王女は自由に生きる ~勇者パーティを手助けするために性転換して異世界で幼女ゴーレムを作ってたら王都がヤバい~

ふぁーみんぐ

「彼女が自由を得るまで」

第1話 プロローグ

 桜も散り、日増しに暑くなっていく季節となりました。


 弊社では去年よりクールビズやら何やらが掲げられているので、そろそろ半袖のシャツを押入れから取り出しても良いかもしれません。


 前置きはさておいて、突然ですが、異世界に召喚されました。


 会社からの帰宅中、「晩御飯は何にするか」などと取り留めの無いことを考えながら、ぼーっと、夕暮れ時の茜色の空を眺め、オフィス街を歩いている最中のことでした。


 足元に緑色の魔法陣が浮かび上がり、眩い光に包まれたと思いましたら、気づけばお城の謁見の間らしきところに描かれた大きな魔法陣の上に立っていたのです。


 近くには4人の学生。男子と女子がそれぞれ2人ずつ。彼らも日本のどこかからここに呼び出されたのでしょう。各々、困惑した表情を浮かべています。


 見上げると、玉座の上に王様らしき人物がふんぞり返っており、その隣には白いローブの男が不気味な笑顔を浮かべて立っていました。


 白いローブの彼がパン、パン、と手を二度叩ました。


「まずは、謝罪を申し上げます」


 困惑する学生らの視線を集めると、最初に、私たち5人に対して謝りました。


 そして、次に私たちを召喚した理由を語りました。


「我が国、ウェルハイズ王国より遥か北、『豪雪の極地』エーベリアにて、90年前に〈魔剣使い〉と神剣によって封印された〈魔王〉が何者かの手によって復活しました」


〈魔王〉とは、かつてこの大陸を滅ぼそうとした悪しき者であり、100年前に当時世界最高峰の軍事力を所有していた大国“レイジスタ帝国”を、僅か一晩で滅ぼしたという記録が残っている、と彼は語っていました。


 このままでは再び大陸が破滅の危機に瀕するため、国庫の中の「魔法使いの遺産」とウェルハイズ王国の「伝承」を用い、異界より〈勇者〉を召喚する魔法を創り上げ、そして私たちを召喚した、という訳です。


 それを聞き、学生たちの内の一人、何の特徴も無い男子生徒が「つまり、俺たちはその〈魔王〉ってヤツを倒さないといけないんだな?」と言いました。


 白いローブの男は「その通りです」と男子生徒の言葉を肯定しました。


 けれども、彼は「しかし……」と付け加え、一つの不都合を伝えました。


「この“勇者召喚”は正規の方法ではありません。故に、本来なら在り得ないはずの不具合が存在しています。それは――」



――召喚された私たち5人の中に、1人、〈勇者〉ではない“無能”が混じっている。



 白いローブの男は懐から紫色の水晶玉を取り出しました。彼は「魔水晶」と呼ばれるそれの説明をしてくれました。


「この“魔水晶”は〈勇者〉レベルの強大な魔力の持ち主が触れると光り輝きます。触れてみてください」


 彼はその水晶を部下と思しき黒いローブの女性に渡すと、彼女はそれを私たちの方へと運んできてくれました。


「触れてください」


 左から順にまず一人目、身長が190cmぐらいある体格の良い男子生徒が触れると――水晶は紫色の光を発しました。


 二人目、怜悧な瞳をした女子生徒が触れると、同じように紫色の光を発しました。


 三人目、ブロンドヘアーの外国人っぽい女子生徒が触れると、やはり同じように、水晶は紫色の光を発しました。


 そして四人目――私の番です。


「触れてください」


 黒いローブの女性が私の前へと掲げた、紫色の水晶に触れました。


 水晶は、光りませんでした。


「……どうやら、あなたが“無能”のようですね。衛兵。お伝えした通りに」


「はっ」


 鎧で武装した衛兵は私の腕を掴み、「来い」とそのままどこかに連行しようとします。


 あまりにも円滑に行われたその強引な行動に、学生たちは声も出せず、ただ見ていることしか出来ませんでした。


「さて、残りの〈勇者〉様は私の指示に従ってください」


 後ろからは彼の言葉が聞こえてきましたが、謁見の間の大扉が低く軋んでバタンと閉まると、もはや誰の声も聞こえてきません。


 私の革靴と、衛兵の鎧。音を出すのはそれだけでした。


   ◆◆◆


 しばらく歩くと木の扉があり、そこを通ると華やかな王城からうってかわって暗く湿っぽい石のトンネルの中に出ました。


 息を吸うとカビ臭さが鼻につきます。衛兵たちはそれを知っていたらしく、木の扉を開けてからは口呼吸に切り替わっていました。


 もう少し先に進むと鋼鉄らしき金属の扉が見えてきました。表には閂も付いています。


 まるで囚人を入れる檻のようだと思いましたが、その比喩は間違っていませんでした。


「ここはかつて、城への反逆者を閉じ込めていた地下牢だ。王宮魔術師様は『無能は追放だ。それまでここに閉じ込めておけ』と仰っていたからな。次にここが開けられるときは、お前が追放されるときだ。まあ、餓死しないことを祈りな」


 そう言われ、私は衛兵に背を蹴られて地下牢の中に押し込まれました。


「恨むなよ」


 そして扉を閉められ、向こう側からガタンと閂を落とす音が聞こえました。


「そーいや、家内が妊娠したんだよ。初めての子で、昨日から大喜びさ」


「えー! そうなんですか、おめでとうございます先輩!」


 衛兵たちの足音は談笑と共に徐々に遠ざかり、石のトンネルの入り口の扉が閉まる音が聞こえ、その後は、本当に何も聞こえなくなりました。


「……うーん、酷い場所ですね、ここ」


 声だけは良く響きますが。


 地下牢の中をぐるりと見回してみると、あるのは手枷足枷に粗末な寝床。


 その他には手の届かない高い場所に付けられた、排水溝のような小さい格子窓。


 そこから差し込んでくる頼りない月光だけが唯一の灯りの、劣悪な環境でした。


 劣悪に輪を掛けて劣悪です。


 普通の人間がこんな場所に何日も居たら、間違い無く発狂してしまいます。


 餓死しないことを祈りな、と言われたので、食事も期待しない方が良いでしょう。


「……次にここが開けられるときは、追放される時、ですかぁ」


 脱獄しようにも扉はガチガチの金属製ですし小窓には手が届きませんし狭いですし、まあ無理そうです。


 地下牢で出来ることは、これ以上何も無いようですね。


 さて、どうしましょうか……


「まあ、帰りますか。眠いですし」


 欠伸を噛み殺し、地下牢の壁に手をかざしました。


「“開門かいもん”」


 壁から、自宅のアパートのドアがせり上がってきます。


 ドアを開けると、そこは玄関でした。


 靴を脱いでスリッパに履き替え、そうして私は普段通りの日常に戻りました。

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