作戦会議
漆黒が宵に帳を下ろす中、オリヴィエは満月に向かって馬を走らせた。
幌馬車がゆるやかに行き交う広間の街道とは違い、夜の街道は
沈黙に時を刻印するのは、ブレットの軽快な蹄の音と、空気を震わせる獣の遠吠えのみ。声が悲愁を帯びて聞こえるのは、はぐれた仲間を求めて闇夜を彷徨っているからだろうか。その声はオリヴィエの心に深く染み入り、自分とその獣を同一視させた。
十分ほど馬を走らせたところで、オリヴィエは一軒の宿を見つけることができた。見るからに
宿の主人は中年の男で、夜半で暇を持て余しているのか、受付に立ったまま半分眠っていた。オリヴィエが声をかけると目を覚ましたが、深夜近くに訪れた女の二人連れを見ると不審そうに眉を
二つ並んだ寝台に別々に入る。リアは疲れていたのか、布団を被るなり一分もしないうちに眠ってしまった。今日という一日は、彼女にとってひどく長いものだったに違いない。粗末な
リアが安らぎの中に身を横たえている間、オリヴィエは地図を広げて今後の旅路について考えた。
領主というだけあって、グロキシニアの屋敷は地図にも描かれていた。それはノウゼン地方の西端、ディモルフォセカ西部に近接した場所にあった。月が沈む方角に馬を走らせてきた以上、今は屋敷にいた時よりもさらに西部に接近しているはずで、この宿はおそらく東部と西部の境界線上にあるはずだ。となれば、カズーラの街に戻るよりも、このまま馬を進めて西の地方に入った方がいいだろう。
エーデルワイス王国はディモルフォセカの北西にあり、国境を越えるには西の地方に入り、そこからさらに北を目指さねばならない。西の地方の街にあるギルドで今一度路銀を集め、それから故郷に向けて出発する。隣の寝台で寝入るリアを見つめながら、オリヴィエは明朝にこの件を相談することに決めた。
翌朝、朝日が昇る前にオリヴィエは目を覚ました。手早く身支度を整えてからリアを起こす。リアはしばらく微睡んでいたが、三度身体を揺さぶったところでようやく目を覚ました。寝ぼけ眼で何度も欠伸をしていたが、それでも疲労を癒すことはできたのだろう、顔色は昨日よりも良くなっていた。
リアは後から着替えて行くと言ったので、オリヴィエは先に一階に下りて朝食を摂ることにした。朝食といっても部屋と同様に粗末なもので、半分焦げた目玉焼きに生焼けのトーストという宿の食事とは思えない代物だった。おそらく宿の主人が寝ぼけた頭のまま
およそ空腹を満たせそうもない朝食を腹に収めたところで、ようやくリアが二階から下りてきた。
オリヴィエは彼女の方を見たが、そこで意外なものを見て目を細めた。リアがいつもの茶色い作業着風のワンピースではなく、ギルベルトに着せられた若草色のワンピースを身に着けていたからだ。
「リア、その服は……」
「あ……やっぱり変でしょうか?」リアが恥ずかしそうにワンピースの裾を摘む。
「変ではないが……何故その服を? お前の元の服は奪われていなかったはずだが」
「それはわかっていますわ。ただ、こんな綺麗なお洋服なんてめったに着られませんから、その、もう少し着ていたいなと……」
リアがもじもじしながら手を背中に回す。確かに牧場で暮らしていては服装も汚れを前提としたものとなり、洒落た服を着る機会などないだろう。今、リアが身につけているワンピースはシフォン製のふんわりとした素材で、パフスリーブの袖や膨らんだスカートが何とも愛らしい。その服を着ていると、リア自身もずっと華やかで垢ぬけて見えた。
「お前が気に入っているのなら構わない。実際、よく似合っている」
「そ、そうですか? ならよかったですわ……」
リアが頬に手を当てて顔を赤らめる。そのまま小走りに歩いてきてオリヴィエの向かいにある椅子に腰かけた。くすんだ木の壁や家具の中で若草色が映え、枯れ木の中に若葉が芽吹いているように見える。
リアが朝食を摂っている間、オリヴィエは彼女に昨晩の自分の考えを話した。ここから越境して西の地方に向かい、街にあるギルドで路銀集めをすること。リアはコーヒーを飲みながら話を聞いていたが、聞き終えるとカップをテーブルに置いて言った。
「わかりましたわ。確かにカズーラの街に戻るよりも、西の地方に入った方が目的地に近くなりますものね。ただ、私が知る限り、西の地方にギルドはなかったような気がするのですけれど……」
「そうなのか? 四大地方の一つである以上、当然街はあるものと思っていたが」
「街はありますけれど、宿しかないような小さな町ばかりで、お仕事の依頼が集まるような場所ではないんです」
「だが、人の流入はあるのだろう? 人が集まれば仕事も生まれるものだと思うが」
「人は集まりますけれど、その方達が町にいらっしゃることはほとんどありません。大抵は朝早く出掛けて、夜遅くになってようやく町に戻ってこられます。用事が済めばすぐに町を出て行かれますし、仕事を依頼しても引き受けてくださる方がいないんですわ」
「その人々は町を出てどこに行っているんだ?」
「闘技場ですわ」
「闘技場?」
「はい。西の地方……ナスター地方は古くから闘技が盛んな土地なんです。腕自慢の
「ほう……。剣闘士か。それは興味深いな。つまり西の地方の町に人が集うのは、闘技場での試合を見物するためということか?」
「ええ。それと闘技に参加する剣闘士の方もいらっしゃいますわ。ナスター地方以外から来られる方も大勢いますから、試合の開催時期はどこの宿も予約でいっぱいだそうです」
「なるほど。だがそうなると、西の地方で路銀を集めるのは難しそうだな」
「まぁ、私が知っているのは昔のナスター地方の話ですから、今はギルドもあるのかもしれません。でも数は多くないでしょうし、貴族がお住いの場所でもありませんから、高い報酬を払ってくださる方もほとんどいないと思います」
「そうか……。ならばやはり西に向かうのは得策とは言えないな。多少回り道になったとしても、やはりカズーラの街に戻った方が賢明か……」
オリヴィエが眉間に皺を寄せながら腕を組む。物理的にはエーデルワイス王国に近づきつつあるというのに、神は
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