第三部 聖剣伝説

第十一章 赤き花咲く闘技の庭

一難去りて

 騎士の歴史は長い。



 数百年、あるいは数千年も昔から、騎士は剣を手に戦いを続けてきた。己が力を証明し、強者の頂点に君臨せんとして。



 歴史が長ければ畢竟ひっきょう、果てる者の数も多くなる。歴戦の中で数多の騎士が、膝を折り、雫を落とし、命の花を散らせてきた。



 されど、高潔なる騎士の魂は、肉体を失っても現世に留まる。例えばそう、己の一部を宿した剣を、新たな現身うつしみとして。



 騎士の魂は、不滅。耳を澄ませば、今も彼らの、丁々発止ちょうちょうはっしの音が聞こえるであろう。








 侯爵の屋敷を脱出したオリヴィエとリアは、金騎士団の目が届かないところまで来たところで木陰で身支度を整えた。オリヴィエは例のドレスを脱ぎ捨て、荷物から鎧を取り出して身に着けた。鎧は当然、ドレスよりもずっと重く暑かったが、それでも鎧を身に着けると生き返ったような気がした。

 次いで剣も取り出し、破損がないかを確かめる。ギルベルトは剣には興味を示さなかったようで、エリアル・ブレードには傷一つ付けられていなかった。鎧と剣を取り戻したことで、オリヴィエはようやく本来の自分に戻った気がした。


 だが、全ての荷物を無事に回収できたわけではなかった。オリヴィエが稼いだ路銀が消えていたのだ。

 盗まれたのだろうか?しかし金騎士団は自分達の荷物に手を付けていないはずだ。もし荷物を改めていたら金貨よりも先に鎧や剣が目に付き、自分は正体を知られて投獄されていただろう。となると犯人は別にいるはずだが、オリヴィエには見当が付かない。あの人形のような目をした衛兵が今さら金銭を欲するとも思えなかった。


「もしかすると……あの方々かもしれませんわ。ほら、牧場に来た殿方です」


 憂鬱そうに呟いたのはリアだ。袋の底に残った金貨を引っ張り出し、なけなしの所持金を一生懸命数えている。


「牧場に来た男? 奴らがあの屋敷の中にいたのか?」オリヴィエが鋭く尋ねる。


「ええ……。私が牢屋に捕らえられている時、何度か様子を見に来られたのです。あの獣のような、恐ろしい目……。すぐにあの時の方々だとわかりましたわ。衛兵の方々が見張りに立っていらっしゃったので、私が何かされることはありませんでしたけれど」


「……せっかく忠告してやったのに、奴らは性懲りもなくお前を狙ってきたというわけか。やはりあの時牧場の肥やしにしておくべきだったか」


 オリヴィエが嘆かわしげに言ってため息をつく。長閑な牧場を脅かした二人の悪漢のことは、忌むべき記憶として今も記憶に刻みつけられていた。

 彼女の表情が険しくなったのを見て、リアが慌てて手を振って取りなした。


「ま、まぁ、済んだことはもうよろしいですわ。それで……その殿方が、牢屋から立ち去る時に言っていたんです。その……私が手に入らないのなら、せめてお金だけでももらっていこうと……」


「つまり、奴らは報復として私の所持金を盗んだと?」


「報復かどうかはわかりませんけれど、あの方々がお金を持ち去ったのは間違いないと思いますわ。あの方々は、衛兵の皆様ほどグロキシニア候に忠実ではなかったようですし」


「……グロキシニアもとんだ厄介者を抱え込んだものだな。だが、屋敷内には金騎士団が配備されていたはず。奴らがおめおめ咎人とがびとを逃すとも思えないが」


「騎士団の方が来られるより早く逃げてしまわれたのかもしれませんわね。金騎士団の皆様も、あのお二人のことは一言も口にしておられませんでしたし」


「……そうか。奴らの行方が知れない以上、私が所持金を取り戻すこともできない。この数ヶ月間の時間と労力が水泡に帰したというわけだ」


 オリヴィエが虚しく息をつく。候爵の毒牙から逃れたと思いきやこの仕打ち。運命はどうあっても自分の帰路を阻むつもりらしい。


「これからどういたしましょう? お金がないと旅を続けることができませんわ」


「そうだな。カズーラの街に戻り、ギルドで仕事を探すか……」


「でも、そうしたら騎士様がお国に帰るのが遅くなってしまいますわ。もう随分長い間お留守にされているのでしょう? これ以上遅くなるのはよくありませんわ」


「だが、ここからエーデルワイス王国まではまだ遠い。野宿しながら旅を続けることもできなくはないが、またグロキシニアのような下劣な男に狙われないとも限らん。夜は宿で安全に過ごした方が賢明だ」


「それはそうですけれど、宿に何泊もできるほどのお金はありませんわ。二、三日過ごすだけで精一杯だと思います」


「となれば、その間に何か資金集めの方法を考えねばならないだろうな。だが、今日のところはひとまず宿に身を落ちつけたい。お前も私も身体を酷使し過ぎている」


 言葉にした途端、思い出したように疲労がオリヴィエの全身を襲った。普段は数時間にわたる訓練や戦闘でも疲れを知らない身体だが、今日はあまりにも平時と違うことが多すぎて、精神の摩耗が肉体にまで影響を及ぼしていた。

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