茨の陣 ―カーディナル―

「さて、蜃気楼ミラージュは霧散したようだが、三銃士殿はここからどう動く?」


 三銃士に順に剣を差し向けながらオリヴィエが尋ねる。剣の刃先が自分から離れるたびにグラハムはこっそり動こうとしたが、オリヴィエはそのたびに素早く剣を突きつけて制した。今や彼の動きは完封されており、目眩ましとしての役目を果たせずにいた。


「くっ……我らがフォーメーションを二つも潜り抜けるとは……お前、できるな!」カーディナルがきっとオリヴィエを見据える。


「お褒めにあずかり光栄だ。それで? 起死回生の手はあるのか?」


「当然だ! この茨の三銃士、最後にして最大の秘策が残っている! いくぞ!」


「応!」


 例によってカーディナルの声に応じてグラハムとノヴァリスが動く。今度はカーディナルを先頭にしてグラハム、ノヴァリスの順に並んだ。


「ローズ・フォーメーション! カーディナル・トライアングル!」


 三銃士が揃って剣を掲げる。カーディナルは真上、グラハムは右、ノヴァリスは左に刃先を突きつけており、刃先の頂点を結ぶと三角形のように見えた。


「トライアングル、か……。今度はどんな芸を見せるつもりだ?」


「芸って言うな! これは必殺の奥義なんだ!」カーディナルが怒鳴る。


「よかろう。ならばその奥義とやらを見せてみるがいい。私も全力でお相手しよう」


 オリヴィエが言って剣を構える。数秒呼吸を止めた後、手前にいるカーディナルに向かって斬りかかる。

 だが、攻撃が到達する刹那、後ろにいたグラハムとノヴァリスがぱっと飛び出してきてオリヴィエの左右後方から突きを繰り出した。さらにカーディナルも同じタイミングで突きを出し、三方向から刺されるような格好になる。


 オリヴィエは地面を蹴って跳躍ちょうやくし、三つのレイピアは無人になった空間を突いて三つ葉を描いた。

 着地した先でオリヴィエは体勢を直し、今度はグラハムに斬りかかろうとするも横からカーディナルの剣が伸びた。身を引いて攻撃をかわし、カーディナルに相対して突きを食らわせようとしたところでまたしてもグラハムとノヴァリスが左右後方に回り込んでくる。

 後方を塞がれたところで再び三方向から突きが繰り出され、オリヴィエは屈んで回避した。起き上がると同時に駆け出そうとするもそのたびにカーディナルが前に、弟二人が左右後方に立ちはだかって包囲網から一向に逃げられそうもない。


「なるほど、三方囲みの型か。数を活かして私の動きを封じようというわけだ」


「その通り! 俺の動きに合わせて弟二人がお前を包囲する。こうすればお前は一歩も逃げられまい!」カーディナルが高らかに叫んだ。


「兄者は敵との距離を測るのが上手いからな!」グラハムが叫ぶ。「騎士学校の試合でも、何度も敵の懐に潜り込んだものだ!」


「その代わり攻撃のスピードが遅いから、いつも返り討ちにされて終わるんだけどな!」ノヴァリスが続く。


「うるさい! 余計なことを言うな!」


 口喧嘩をしながらも三銃士は等間隔の距離を保ってオリヴィエを取り囲んでいる。剣を振るおうにも狙いをつけるたびにカーディナルが間合いを変え、グラハムとノヴァリスもそれに従って動くので的が定まらない。三角形の布陣。まさにトライアングルだ。


「なるほど……どうやら私はお前達を見くびっていたらしい。互いの長所を活かして連携し、本来以上の力を発揮する……。三銃士の名も大言壮語ではなかったようだな」


「ふん、ようやく認めたか! そう! 我らこそが天に名をとどろかす三銃士!」


「我ら三人が揃えば死角はない! ローズ・フォーメーションは無敵なのだ!」


「わかったら観念して降参するがいい! これ以上勝負を続けたところで勝ち目はないのだからな!」


「降参?」


 そこでオリヴィエが不意に動きを止めた。茨の三銃士も動きを止めて一斉に彼女を見る。三人に向けられたオリヴィエの眼差しは、今日一番冷ややかなものだった。


「……私がお前達を相手に膝を折ると、本気でそう考えているのか?」


 射貫くような眼差しに三銃士がごくりと唾を飲み込む。が、すぐにカーディナルが鼻息荒く叫んだ。


「だ……だってそうだろう! 現にこのカーディナル・トライアングルを前にお前は逃げ場をなくしているじゃないか!」


「確かに退路は断たれている。だが道がなければ作るだけのことだ」


「何? それはどういう意味……」


 カーディナルが皆まで言う前にオリヴィエは駆け出した。正面のカーディナルと左後方のノヴァリスの間に向かって直進している。隙間から逃げるつもりか?


 カーディナルは咄嗟にレイピアを右横に突き出して退路を断とうとしたが、オリヴィエは途中で方向転換してカーディナルの左側に突っ込んできた。無防備な左半身に剣を一突きする。

 がいん。カーディナルはバランスを崩してよろめいたがすぐに体勢を立て直し、間合いを取り直そうと一旦距離を取った。それに合わせてグラハムとノヴァリスも後方に下がる。

 三角形が一定の広がりを見せたところでカーディナルは一気にオリヴィエの方に距離を詰めた。弟二人もそれにならい、三角形がみるみる縮小していく。

 頂点を成すレイピアの刃先は中央にいるオリヴィエに迫り、ついには一体化して彼女を串刺しにするかと思われた。


 だが、三つ巴の突きがまさにオリヴィエを穿うがとうとしたその刹那、オリヴィエはかっと目を見開いてその場で一回転した。

 彼女を中心としてエリアル・ブレードが円を描き、軌跡上にいた三銃士は矢継ぎ早にぎ払われた。ノヴァリスとグラハムは後方に吹っ飛ばされ、地面にしたたか頭をぶつけた。カーディナルも同様に吹っ飛ばされたが、彼の背後にあった薔薇の生け垣が緩衝材となって衝突は免れた。


「な……何だ今のは? 回転切り……?」カーディナルが狼狽しながら呟く。


「そう。これは集団戦においては有効な方法でな。成功すればこの通り、敵を一網打尽にすることができる」オリヴィエが冷静に言った。

「お前達が三角型の布陣を形成した時点で、私はこの技を使うつもりでいた。その方が早く決着がつくからな」


「な……ではお前は、端から我らのフォーメーションを利用するつもりだったというのか?」


「その通り。お前達は自慢の奥義によって返り討ちにあったというわけだ」


 カーディナルの顔から血の気が失われていく。まさか最大の奥義であるこのフォーメーションまでも破られるとは。さっきまで息巻いていたのが噓のように言葉が浮かばない。

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