茨の陣 ―ノヴァリス―

「せめてもの情けだ。何か言い残すことはあるか?」


 一番下にいるカーディナルの首筋に剣を突きつけながらオリヴィエが問う。刃先は兜と鎧の間のわずかな隙間に添えられており、少しでも動けば刃が肉を切り裂くだろう。三銃士ならぬ三道化師は、どんな諧謔かいぎゃくを遺言にするか――。


 オリヴィエは無表情にカーディナルを見たが、そこで訝しげに目を細めた。カーディナルが口元を歪めて笑っていたのだ。


「ふ……ふふ……。甘いぞ女騎士! この茨の三銃士がこれしきのことで破れると思ったか⁉」


 カーディナルが高らかな笑い声を上げる。そこで一番上にいたノヴァリスが急に息を吹き返し、起き上がってオリヴィエに向かってレイピアを突いた。

 オリヴィエは後方に飛び退いて攻撃をかわす。その間にグラハム、カーディナルが順に起き上がり、オリヴィエと三銃士は再び相対する格好になった。


「これまでの戦いは序の口! 我ら兄弟が真価を発揮するのはこれからよ!」ノヴァリスが鼻高々に叫ぶ。


「まだ何か見世物があるとでも?」


「その通り……って見世物とは何だ! 俺達は道化師じゃないぞ!」グラハムが怒鳴る。


「隠している手があるならさっさと見せるがいい。私はそこまで気が長くないのでな」


「ふん。その強気もいつまで続くか……。 いくぞ! 弟達よ!」


「応!」


 カーディナルの呼びかけにグラハムとノヴァリスの声が重なる。二人は素早く動いてカーディナルの前に立ちはだかった。先頭から順にノヴァリス、グラハム、カーディナルが一列に並ぶ。


「ローズ・フォーメーション! ノヴァリス・テンタクルス!」


 三銃士が一斉に叫ぶ。カーディナルとグラハムの身体は長身のノヴァリスに隠され、二人の腕だけが彼の背後から覗いている。正面からだとノヴァリスの身体から六本の手が生えているように見え、脚も合わせれば蜘蛛のようだった。


「なるほど。お前が盾となって兄達への攻撃を阻もうと言うわけか」オリヴィエがノヴァリスを見ながら言った。


「その通り! 兄者に攻撃を届かせたくば、まずは俺を倒すことだ!」


「よかろう。的が少ない方が私としても狙いやすい。では行くぞ」


 オリヴィエが地面を蹴ってノヴァリスに接近する。彼の胸目がけて剣を突こうとしたところで後ろにいるグラハムが剣を突いてきた。軽く身を躱して避け、別の方向からノヴァリスの脇腹を突こうとしたところで今度はカーディナルの剣が突き出される。

 かん。攻撃はカーディナルの剣に弾かれて相殺された。すぐに体勢を直して第二撃をノヴァリスに打ち込もうとするも、それより早く兄二人が剣を繰り出してきて攻撃がノヴァリスに届かない。

 ならばと兄二人を先に片づけようとするが、そのたびにノヴァリスが絶妙に身をずらして兄の身を隠した。その間にも兄二人は左右から剣を突き出してくる。間断なく放たれる突きは触手の連撃を浴びているかのようで、テンタクルスの名に相応しい。


「ほう……。なかなかやるな。さっきまで防戦一方だったのとは大違いだ」オリヴィエが感心した声を上げた。


「そうだろう! 我ら兄弟は三人揃って真価を発揮するのだ!」ノヴァリスが揚々と叫ぶ。


「このフォーメーションこそが我ら兄弟の秘策! いかにお前が強かろうと倒せぬ!」カーディナルが隠れながら便乗する。


「確かに先ほどよりも手応えはある。だが倒せないと言った覚えはない」


「何?」


 ノヴァリスが兜の下で眉を上げる。オリヴィエは一旦後ろに引いて距離を取ると、剣を持つ右手をすっと後方に引いた。


 来るか? 三銃士は息を呑んで正面からの攻撃に備えたが、そこで意外なことが起こった。オリヴィエは地面を蹴って駆け出すと、ノヴァリスの背後に回り込んできたのだ。正面ばかり意識していた三銃士は咄嗟に対応できず、無人の空間に向かって突きを繰り出すことになった。

 ひゅっ。突きが虚しく空を掠めたところで、一番後ろにいたカーディナルの無防備な背中にオリヴィエが剣を叩き込む。がこん。手痛い一撃を食らわされたカーディナルは背中を押さえて悶絶した。


「兄者!」


 三人の真ん中にいるグラハムが叫んで振り返ったところで、オリヴィエが今度は彼の首筋の辺りを斬りつけた。鎧に覆われているので喉を切り裂くことはなかったが、それでも痛みは伝わったのか、グラハムが喉を押さえて仰向けにひっくり返る。


「兄者!」


 今度はノヴァリスが振り返ったが、そこでオリヴィエが彼の胸に剣の刃先を突きつけた。触手テンタクルスの猛攻をなくしてしまえば心臓を貫くことなど造作もない。ノヴァリスが口元を引きらせるのがわかったが、オリヴィエは容赦しなかった。硬直するノヴァリスに向かって鎧を穿うがつ一撃を放とうとする。


 だが、後方に剣を引いたところでオリヴィエは不意に動きを止めた。背後に人の気配。咄嗟に脇に飛び退いたところでカーディナルの突きが空を掠める。


「ええい、弟に手出しはさせんぞ!」

「我ら兄弟は一蓮托生いちれんたくしょう! 一人だけ先に逝かせるわけにはいかぬ!」


 いつの間にか起き上がっていたグラハムが便乗して叫ぶ。相変わらず息は上がっていたが、そこには先ほどよりも強い闘志が感じられた。


 彼らの様子を眺めながら、オリヴィエは少し意外な心地がしていた。

 戦いにおいて弱者は切り捨てられるものであり、守護のために自分の身を危険に晒すことなどあり得ない。オリヴィエが今まで相手にしてきた賊はそういう考えの持ち主だった。


 だが、茨の三銃士の言動はそれとは真逆だ。自分の身よりも兄弟を守ることを優先する。彼らのその姿勢は今までにない気迫を与え、道化師としての影をかすませていた。

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