三銃士、見参!

 オリヴィエは鞘から剣を抜き出した。灌木かんぼくから離れ、薔薇を背にして何度か素振りをする。剣を振っているうちに悶々とした気持ちも少しずつ落ち着いてきた。


 剣はいつでも私を裏切らない。訓練の結果は実力となって自分に返ってくる。鍛練を積めば強くなり、怠れば弱くなる。実に単純明快だ。努力だけではどうにもならない人の心とは違う。


 煩悶はんもんを振り切るようにオリヴィエはしばし素振りを続けていたが、不意に異変に気づいて剣を止めた。剣身に映る赤色の薔薇。そこに別のものが映り込んでいたのだ。薔薇とよく似た赤色をしているが、薔薇よりもずっと大きく、しかも動いている。


 その何かは灌木を抜けて忍び足でこちらに近づいてきていた。どうやら奇襲を仕掛けるつもりらしい。ただし気配は消せておらず、おまけに足音を消すのに気を取られてオリヴィエが素振りを止めたことにも気づいていない様子だった。これでは奇襲どころか返り討ちに遭うだけだ。

 だがこちらにとっては好都合。これでもう一つの依頼を果たすことができる。


 オリヴィエは剣を構えたまま敵が近づくのを待った。敵の歩みは異様なまでに鈍く、さっさと振り返って斬りつけてやりたい衝動を堪えなければいけないほどだった。


 ようやくオリヴィエの背後まで辿り着いたところで敵が武器を振り上げる気配がしたが、それさえも動きが緩慢で、まるで老人が重い荷物を持ち上げようとしているかのようだった。

 堪らずにオリヴィエは振り返り、敵の顔面に剣を突きつけてやった。そこには赤い兜と鎧を着けた人物がいたが、鼻先に突きつけられた剣を見るとぎょっと息を呑み、自身の剣を下ろす手を止めてしまった。


「おいお前、人を襲うならもう少し上手くやったらどうだ? あまりに遅いので待ちくたびれてしまったぞ」


 オリヴィエが呆れ顔でため息をつく。赤色の騎士は剣を下ろして一気に狼狽した様子になった。


「な、何!? お前、俺が奇襲を仕掛けようとしたことに気づいていたのか!?」


「とうの昔にな。だが背後を狙うなら、足音だけでなく気配も同時に消すべきだ。数メートル離れていても貴様の呼吸音が聞こえてきたぞ」


「そ、そうか。呼吸か。そこまでは気が回らなかったな。今度からは気をつけないと……」


「それに歩調が遅すぎる。あれだけ時間をかけるくらいならかえって全速力で近づいた方がいい。その方が隙を与えずに済むからな」


「そ、そうか。歩調か。忍び足ってスピードの加減が難しいんだよな……」


 赤色の騎士が納得したように何度も頷く。敵の助言を素直に受け取る姿にオリヴィエは面食らった。

 何かの罠か? そう考えていると薔薇の灌木が揺れ、別の人物が二人姿を現した。それは黄色と青色の鎧を着た人物で、黄色の騎士は小柄で、青色の騎士は長身だった。三人とも兜を被っており、開いた面頬の下から口元が見える。


「おい兄者! 何をしている! こいつを背後から襲うのではなかったのか!?」青色の騎士が赤色の騎士に詰め寄る。


「そ、それが……途中で気づかれてしまって。何でも敵に奇襲を仕掛ける時は、足音だけじゃなくて気配も消さないといけないらしいんだ。お前は知ってたか?」


「何? そんなことは騎士学校では習わなかったぞ。忍び足なら気づかれないと聞いたから毎日頑張って練習したんじゃないか」


「そうなんだが、あっさり気づかれてしまってな。今度からは日課のトレーニングに気配を消す練習も加えた方がいいかもしれない」


「単純に兄者が未熟だっただけでは?」黄色の騎士が口を挟む。

「兄者は気づいておらぬかもしれんが、緊張のあまり鼻息が荒くなっていた。あれでは俺達だって気づくぞ!」


「むう……。先生に言われたとおり百時間は練習したんだが、まだ足りないのか……」


 三色の騎士は呑気に会話を続けている。手痛い一撃をお見舞いしようとしていたオリヴィエは呆気に取られて思わず剣を下ろした。


「おい……お前達、今が敵の前であることがわかっているのか?」


 見かねてそう言うと、三色の騎士ははっとして一斉に振り返った。三人で顔を見合わせた後、真ん中にいた赤色の騎士が腰に手を当てて居丈高に言う。


「そうだ! お前は俺達の敵だ! わかったら大人しく倒されるがいい!」


「何をどう理解すればその結論になる? そもそもお前達が私の敵になるとは思えないが」


「何を!? お前は我々が誰か知らないのか!?」青色の騎士が怒鳴る。


「知っているのは、騎士でありながら賊に身をやつした卑しい連中というだけだ。もっとも、今の有様では騎士を名乗れるかどうかも疑わしいが」


「うぬぬ……我らを愚弄するとは無礼な!」黄色の騎士が地団駄を踏む。

「だが大口を叩けるのも今のうちだぞ! 我らの正体を知れば、すぐにその減らず口を後悔するだろうからな!」


「そうだな。ちょうどいい。ここで我らの名を知らしめてやろう!」


 青色の騎士が尊大に頷いたが、オリヴィエは彼らが余裕綽々しゃくしゃくでいられる理由がわからなかった。こうして呑気に話している間に斬りつけられてもおかしくないのに。これも何かの戦法なのか?


 オリヴィエが当惑している間に黄色と青色の騎士が剣を抜いた。三人とも揃いのデザインのレイピアだ。細い剣身が日光を浴びてきらりと光る。


「さぁ刮目かつもくするがいい! 我らこそ泣く子も黙る三兄弟!」


 赤い騎士がレイピアを振り回す。青と黄色の騎士もそれに続いた。


「この身を焦がす愛と情熱! 赤薔薇の騎士! カーディナル!」


「太陽をも超越する輝き! 黄薔薇の騎士! グラハム!」


「海のごとき静謐せいひつさと気品! 青薔薇の騎士! ノヴァリス!」


「三人揃って、いばらの三銃士だ!」


 赤色の騎士が最後に宣言し、三人揃ってレイピアを天高く掲げる。三つの長剣は空中で重なり合い、陽光を浴びて燦然さんぜんと煌めいた。


 オリヴィエは唖然としてその様子を見つめていた。人は剣を交差させたポーズのまま十秒ほど制止していたが、やがて剣を下ろしてオリヴィエの方に向き直った。


「どうだ! 驚いて声も出ないか!」

「我らが異名を聞けば驚愕するのも当然! 恐れ入ったか!」

「先の発言を撤回するなら今のうちだぞ! 俺達はれっきとしたお前の敵なんだからな!」


 カーディナル、グラハム、ノヴァリスが揃って調子づく。そこでようやくオリヴィエは我に返った。呆れ顔を隠そうともせずに深々と息をつく。


「……おい、今のは何の真似だ? ここは大道芸の舞台ではないぞ」


「大道芸とは何だ! 俺達の大事な見せ場なんだぞ!」カーディナルが息巻く。


「そうやって呑気にポーズを取っている間に斬りつけられるとは思わないのか?」


「ふん! 俺達の見せ場を邪魔するような無粋な奴に用はない!」ノヴァリスが鼻息荒く言う。


「そもそもお前達は銃を身につけていない。それで三銃士を名乗れるのか?」


「何? 銃がないと三銃士とは言えないのか?」グラハムが驚愕する。


「銃士とは、文字通り銃を持った人間を差す。そんな単純なことにも気づかず、よく恥ずかしくも銃士を名乗れたものだな?」


 オリヴィエが冷ややかに『三銃士』を見つめる。三銃士はしばらく呆然とした後、顔を突き合わせてこそこそと話し始めた。


「ど……どうする? これからは三剣士って名乗った方がいいのかな?」

「うーん……。でも三銃士の方が響きが格好いいし、できればこのままの方がいいな」

「わかった! 剣と一緒に銃を持てばいいんだ! そうすれば堂々と三銃士を名乗れる!」

「おお、それは名案だ! さすが我が弟よ!」


 グラハムが揚々とノヴァリスの腕を叩き、カーディナルもうんうんと頷いている。どこまでも呑気な兄弟の様子を前にオリヴィエはだんだん話す気力が失せてきた。


「……悪いが、お前達の茶番に付き合っている時間はない。さっさとそこを通してもらおうか」


「おっとそうは行かないぞ! 俺達は雇い主からお前を倒すように言われてるんだ!」カーディナルが思い出したように剣を向けてくる。


「雇い主だと? 誰のことだ?」


「そ……それは秘密だ! 名前を言ってはいけない約束だからな!」


「……まぁいい。大方見当はつく」領主の名を思い浮かべる。

「性懲りもなく刺客を放ってきたようだが、どうやら人選を誤ったようだな」


「何を⁉ 俺達はこう見えても強いんだぞ! 今までも何人も貴族を倒してきたんだからな!」グラハムが胸を張る。


「倒したのではなく、武器で脅した挙げ句金品を奪っただけだろう。賊に身を窶すなど騎士の風上にも置けん」


「しょ……しょうがないだろ! うちの一家は貧乏なんだ! この剣と鎧だって借金しなきゃ買えなかったんだぞ!」


「貧しければ蛮行ばんこうが正当化されるわけではあるまい。第一、騎士を名乗るのであれば、賊に成り下がる以前に金騎士団に入団すればよかったのではないか?」


「金騎士団の試験には九回連続で落ちたんだ!」ノヴァリスが悔しげに叫ぶ。

「でも俺達が弱かったからじゃないぞ! あいつらの見る目がなかったんだ!」


「そうだそうだ! 俺達は人の下で働くような雑魚じゃないんだ!」


「金持ちから金を取って何が悪い! これは正当な富の分配なんだ!」


 三銃士はてんで勝手なことを喚き散らしている。ぴいちくぱあちくと声高に叫ぶ様は鳥がさえずりを上げているようだ。もっとも、彼らが鳥と似ているのは鎧の色合いくらいで、愛らしさなど欠片もないが。


「……もういい。貴様らの三文芝居に付き合うのも面倒だ。私を倒すと豪語するならば、この先は口ではなく剣で語るがいい」

「当然だ! この茨の三銃士、華々しく貴様を葬ってくれよう!」


 カーディナルが息巻いて剣を構え、ノヴァリス、グラハムもそれに倣う。

 どうやら彼らは本気で私を倒すつもりでいるようだ。妄言もここまで行くといっそ清々しい。これ以上茶番に付き合わされる前に、さっさと身の程を思い知らせてやることにしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る