卑劣な策略

 その後、一同は外に場所を移した。男達はすでに家捜しをしていたらしく、納屋にあった木刀をオリヴィエに放り投げてきた。木刀はかなり古いもので、おまけに長い間使われていなかったのか、ところどころ雨に濡れて腐食していた。こんなものが本当に武器になるのだろうか。


「どうした? カスみたいな武器しかないってわかってがっかりしたか?」


 前方から野卑な声がしてオリヴィエは木刀から顔を上げた。ハンマーとダガーナイフを手にした男二人が薄笑いを浮かべてこちらを見ている。


「言っとくが降参はなしだぜ。勝負を受けるって言い出したのはのはお前なんだからな」

「俺達を散々こけにしやがったんだ。たっぷり痛めつけてやらねぇとなぁ?」


 すっかり勝利を確信している男二人を、オリヴィエは憐れみと蔑みの入り交じった目で見返した。奴らは私が何者かを知らないと見える。私がただの田舎娘ではないことは先の攻防で推察できただろうに、愚かな奴らめ――。そう思いながらもオリヴィエは何も言わず、無言で木刀を構えて戦意を示した。オリヴィエとて、彼らを無傷で帰すつもりは毛頭なかった。彼らはマルコを足蹴にし、リアを陵辱しようとした。相応の報いを受けさせる必要がある。


 男の一人が先に動いた。ハンマーを持った男だ。武器を大きく振りかぶり、猛々しい声を上げながらこちらに向かってくる。本人は走っているつもりなのだろうが、オリヴィエからすれば老人の競歩程度の速さしかなかった。動きを見切ることなど造作もない。

 男がハンマーを振り下ろす間もなくオリヴィエは男の背後に回り込み、男の腰に木刀を叩き込んだ。男が悲鳴を上げて腰を押さえる。


 もう一人の男は気圧された顔をしたが、すぐにダガーナイフを振り上げて向かってきた。だが遅い。遅すぎる。男が数歩進む間にオリヴィエは五メートルは距離を詰め、男が振り下ろしたナイフを木刀で受け止めた。ばちん。ナイフが木刀に傷を付けたがこの程度は想定内。オリヴィエが素早く木刀を引くと、支えをなくした男がよろめいて前方につんのめった。

 その隙を見逃さずオリヴィエは男の背中に木刀を打ちつける。筋肉に覆われた急所。その一点に狙いを定めて。ばちん。攻撃は寸分の狂いもなく急所に命中し、男は背中を押さえてもんどり打って倒れた。


「どうした? もう終わりか? それとも女を相手に手加減しているのか?」


 挑発するように言葉を投げる。腰と背中を押さえて悶絶していた男二人がその言葉を聞いてむくりと起き上がった。


「クソアマが……いい気になるんじゃねぇぞ!」

「こうなったら二人ががりだ。一気にやっちまうぞ!」


 鼻息荒く叫びながら男達が武器を振り上げる。猛り狂って突進してくる姿はまるで猪のようだ。まさに獣。即刻捕縛せねばなるまい。


 男達は吠え声を上げながらオリヴィエに飛びかかってきた。左手からはハンマーの落撃、右手からはダガーナイフの凶刃。だがそのどちらもオリヴィエに到達することはなかった。男達が武器を振り下ろした先に彼女の姿はなく、勢いあまって頭をぶつけ合う格好になった。急いで辺りを見回すもオリヴィエの姿はない。


「おい、女はどこだ?」

「どっかに隠れてるのか? でもそんな時間なかったはずじゃ……」


 男達が間の抜けた顔で家や厩舎の陰に視線を走らせる。だが次の瞬間、不意に背後に気配を感じて男達は一斉に振り返った。いつの間にか後方に回り込んでいたオリヴィエが冷ややかな視線を向けている。男達に武器を振り上げる間を与えず、オリヴィエは木刀を振るって彼らの手から武器を叩き落とした。拾い上げようと男達が屈み込んだところですかさず背中に木刀を打ち込む。一度、二度、三度。鞭で打たれたような痛みが背中に走り、男達は舌を出してその場に腹ばいになった。


「……どうやら勝負するまでもなかったようだ。これ以上痛い目に遭いたくなければ、即刻この牧場から立ち去るがいい」


 男達を見下ろしながらオリヴィエが淡々と告げる。手にした武器が朽ちた木刀であっても、彼女の強さは少しも損なわれてはいなかった。


「くそっ……。田舎娘の分際で舐めやがって……」

「ここでずらかったら儲けがなくなっちまう……。どうにしかしてこいつを捕まえねぇと……」


 そう言いながらも男達は痛みのあまり身体を動かすことができなかった。彼女の攻撃はいずれも男の急所を突いており、見た目以上にダメージを与えていたのだ。


 男達は苦々しげにオリヴィエを見上げていたが、やがてハンマーを持っていた男の方が何かを思いついた様子でにやりと口元を歪めた。


「……あぁそうか。よく考えたら正面切って戦う必要なんかねぇんだ。要はこいつを大人しくさせりゃあいいんだからな」


「何か思いついたのか?」ダガーナイフの男が尋ねる。


「あぁ。男みたいな口聞いてるがこいつも女だ。女の弱点ったら一つしかねぇだろう?」


 そこで何かを察したのか、ダガーナイフの男が同じように口元を歪めた。


「あぁなるほどな。要は力尽くで押さえつけりゃいいってことか。だったら話は早ぇや」


 ダガーナイフの男は下卑た笑みを浮かべて言うと、両手を地面に突いて起き上がった。そのまま殴りかかってきたのでオリヴィエは身を翻して避ける。振り向きざまに木刀を叩きつけようとするが、次の瞬間、ハンマーの男の手がぬっと伸びてきたので攻撃を止めて身を引いた。男の手はオリヴィエの胸があった辺りを掠めた。後一秒でも動くのが遅れていたら突起を鷲掴みにされていただろう。


 オリヴィエはそこで彼らの狙いを察した。彼らは女の箇所に狙いを定めることでオリヴィエを牽制するつもりなのだ。鎧を身につけていないせいで、今のオリヴィエは身体の凹凸がはっきりとわかる状態にある。彼らは文字通りそこに目をつけたのだ。自分の動きを封殺し、あわよくば欲情を満たそうとして。何と卑劣な――。


 男達が薄笑いを浮かべながらにじり寄ってくる。オリヴィエは怒りを抑えつけて彼らを迎え撃とうとした。打撃と刃を掻い潜り、急所に木刀を打ち込もうとする。

 だが、彼らの手が自分の身体の方に伸びるたび、その汚らしい手に触れられるのでないかという嫌悪感がこみ上げ、つい防御の姿勢を取ってしまっていた。そのために致命傷を与えることができず、戦いは膠着こうちゃく状態に陥っていた。


「へっ、思った通り動きが鈍くなったな。剣振り回しても所詮は女ってわけか」

「動きを封ちまえばこっちのもんだ。女がいくら頑張ったって男には敵わねぇってことを教えてやらねぇとなぁ?」


 そんな愚弄の言葉が何度となくかけられ、そのたびにオリヴィエの怒りは湧き上がった。彼らの口を塞ごうと矢継ぎ早に木刀を振るうが、精神の乱れは剣筋をも乱し、攻撃はいたずらに空を掠めるばかりだった。そのたびに男達の嘲笑の声が大きくなり、オリヴィエの剣筋はますます速く、そして乱雑なものになっていった。


 感情を乱されてはいけない、怒りに身を任せたところで勝利は遠ざかるだけ。頭ではそう理解していても身体はそれを受け入れず、オリヴィエは赫怒かくどのままに木刀を振るい続けた。

 それは目の前の男達への怒りだけでなく、自分を女に産み落とした神への怒りを同時に表しているようでもあった。


 そうした攻防を続けて数十分が経った。普段なら数時間の訓練にも耐えられるオリヴィエも、今は闇雲に剣を振るい続けたせいでいつになく疲労を感じていた。男達の姿が霞み、身体がよろめきそうになるのを気力を振り絞って堪えるが、そこへ無情にも男達が追撃を仕掛けてきた。

 普段ならば容易に見切れるはずのその攻撃も、今の乱れたオリヴィエの精神状態では受け止める余裕がなく、次の瞬間、オリヴィエはハンマーに手首を打たれて木刀を弾き飛ばされていた。次いでナイフの刃が腕を切り裂き、裂けた衣服に鮮血が滲む。肉体を切り刻まれてはさすがの彼女も立ってはいられず、腕を押さえてその場に膝を突いた。


「ようやく大人しくなってみてぇだな。ったく、とんだじゃじゃ馬だったな」

「また暴れ出しても面倒だしな。今のうちに連れてっちまおうぜ」


 男達が好き勝手な会話をし、ハンマーの男がオリヴィエの髪を摑んで立たせようとする。男の手が髪に触れた途端、激しい嫌悪感が稲妻のように彼女の全身を駆け巡った。身体に触れられるよりも強烈な厭悪えんお

 オリヴィエは身を捩ってその汚らわしい手から逃れようとしたが、そこでナイフの男が頬を切りつけてきた。鮮血が頬を伝い、ワンピースに染みを作っていく。痛みはオリヴィエから思考を奪い、その隙にハンマーの男が彼女の髪を引っ張って立たせた。抵抗しようにも、身体が痺れたように動かない。自分が本当に無力な田舎娘になったような気がして、オリヴィエは屈辱感がこみ上げるのを抑えられなかった。


 男二人はそのままオリヴィエを連行しようとしたが、途中でふと思い直した様子で立ち止まると、顔を見合わせて何やら目配せした。そのまま二人してにやりと口元を歪め、彼女の身体を傍にあった柵に押しつける。その顔に浮かんだ薄笑いを見れば、彼らが何を企んでいるかは明らかだ。彼らが自分を玩具にしようとしているのだと思うとオリヴィエは反吐が出そうになったが、乱れた精神と疲弊した身体は彼女から抵抗する力を奪ってしまっていた。


 ハンマーの男の手がワンピースのファスナーに伸ばされる。オリヴィエは歯を食い縛って屈辱感に耐えながら、せめて精神だけは遊女になるまいと意識を遮断しようとした。

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