乱入

 それぞれの内心ではさざ波を立たせながらも、表向きには日々は穏やかに過ぎていった。


 オリヴィエが牧場での生活を始めて早一か月半、倹約を続けたことで旅の資金もある程度の金額に達していた。もうそろそろ牧場を発つ頃合いかもしれない。オリヴィエはそう考えながら、リアと共に農家からの帰り道を歩いていた。


 異変に気づいたのは、牧場に着いてすぐのことだった。マルコ一人しかいないはずの家から騒がしい声が聞こえたのだ。リアと二人で駆けつけ、リアが玄関の扉を開く。家の中で、見知らぬ二人の男がマルコに詰め寄っているのが見えた。


「話のわからねぇじじいだな。引き上げは決定だって言ってるだろ!」

「で……ですが、私達は見ての通り貧乏でして、これ以上地代を上げられたらとてもお支払いはできません!」

「だったら出て行ってもらうしかねぇな。こちとら金のない奴に用はねぇんだ」

「それは困ります! 私達だけならまだしも、ここには家畜が何頭もいます。年寄りと若い娘が、家畜を連れてどこに行けと言うのです?」

「んなこと俺達が知るかよ。俺達はただ地代を取りに来ただけだ。払えなきゃすぐ追い出せって言われてなぁ!」

「そ、そんな……。後生ですから、どうぞお情けを……」

「あぁうっとうしいじじいだな。うだうだ言ってねぇで払いやがれ!」


 男の一人に縋りつくマルコをもう一人の男が足で蹴飛ばす。背中を蹴られてマルコの身体はあっさりと床に転がった。


「おじいさま! どうなさったんですの!?」


 リアが血相を変えてマルコに駆け寄って抱え起こす。マルコは床に頭をぶつけたらしく、顔をしかめて額を擦りながら言った。


「それが……さっきいきなりこの人達が家に来て、突然地代を上げるとおっしゃったんじゃ。わしが払えないと言っても全く聞く耳を持ってくださらんで……」


「地代を?」リアが目を瞬いた。「ですが、それは領主様との間で金額が取り決められていたはずですわ! 理由なく上げることはできなかったはずです!」


「その領主様が最近変わったんだよ」男が口を挟んだ。「前の金額じゃ安すぎるって言ってな。順番に上げて回ってるところだ。俺達はその取り立てに来たってわけさ」


「そんな……横暴ですわ! 事前の相談もなしにいきなり引き上げるだなんて……」


「お前らは住まわせてもらってる身だろ? 贅沢言える立場じゃねぇと思うがな」


 男達は飄々としていてリアの抗議にも一切耳を貸さない。住民による窮状の訴えなど、彼らにとっては蚊の鳴く程度の意味しか持たないのだろう。


「なぁ、このじいさんが払えないなら、こいつに稼がせりゃいいんじゃねぇか?」別の男がリアを指差して言った。

「格好は地味だが器量は悪くねぇ。化粧をして着替えさせりゃ化けるんじゃねぇか?


「確かにな。見たところ生娘みてぇだし、高値で売れるかもしれねぇ。こんな田舎で上玉が見つかるたぁ運がいいぜ」


 男の一人が下卑た笑みを浮かべてリアに近づいてくる。リアは咄嗟に逃げ出そうとしたが、もう一人の男に髪を摑まれて床に転がされた。


「何ならここで試すか? 売り物になるか確かめてやるよ」

「試すのはいいが程々にしろよ。傷が付いたら生娘が台無しだ」


 男達は好き勝手に言いながらリアの手足を押さえつけてくる。リアは身をよじって抵抗したが、屈強そうな男はどちらもびくともしなかった。男の手がリアの背中に回り、ワンピースのファスナーを下げようとしたところで別の声が室内に響いた。


「止めろ、その汚らしい手を離せ」


 いきなり別の声が聞こえて男達は驚いて顔を上げた。リアに続いて家に入ってきたオリヴィエが男達を睨みつけていた。ただ、その時のオリヴィエは鎧ではなく、リアと同じようなエプロン風の薄茶色のワンピースを着て、その下に細身の黒いズボンと茶色い布製のブーツを合わせた格好をしていた。エリアル・ブレードも所持していなかったため、端から見ればただの田舎娘にしか見えなかった。


「あぁ? 何だてめぇは?」

「この家に厄介になっている者だ。お前達、今すぐその少女を離して出て行け」

「出て行けだと? てめぇ、誰に向かって口聞いてるかわかってんのか? 俺達は領主様の使いなんだぜ?」

「領主であろうが誰であろうが、その行動は賊も同じ。いや、女を落花狼藉らっかろうぜきしようとする時点で賊以下だな。人間ですらない、獣だ」

「何だと!?」


 激昂した男二人がリアから手を離してオリヴィエに詰め寄ってくる。オリヴィエはまんじりともせずに冷ややかに彼らを見返した。


「小娘の分際で生意気な口聞きやがって……。てめぇも売り飛ばされたいのか!?」

「私を売り飛ばす? 戯言だな。貴様ら程度では、私に触れることすらできまい」

「言ってくれるじゃねぇか。ならここで身ぐるみ剝がしてやらぁ!」


 いきり立った男の一人がオリヴィエの肩に摑みかかろうと手を伸ばす。が、オリヴィエは男の動きを察知して素早く身を引いた。男の手が空を摑み、勢いあまって床に倒れる。すぐさま別の男が殴りかかってきたが、これもオリヴィエは軽く避けて男は壁に顔面をぶつけた。


「くそっ、すばしっこいアマが……。にしてもこいつは何だ? この家の娘は一人だって聞いていたんだが……」

「さっき厄介になってるとか言ってたな。格好からして居候ってとこか。こんなアマ一人にやられてちゃあざまぁねぇな。まとめて捕まえて売っちまおうぜ」


 二人の男が体勢を直しながら言い、懐から何かを取り出す。ハンマーとダガーナイフだ。武器を見せて怯えさせようと考えたらしいが、オリヴィエは微動だにせずに言った。


「貴様らが私に勝負を挑むというのなら受けてやってもいい。ただし、私が勝てば即刻この家から立ち去り、地代も現状の額を維持すると約束しろ」

「はぁ? 何で俺達がそんな条件を呑まなきゃいけねぇんだ?」

「それがお前達を駆逐する手段だからだ。この平和な牧場を獣の住処にするわけにはいかんからな」

「生意気な口聞きやがって……。いいぜ、条件を呑んでやる。ただしこっちも条件がある。勝負は二対一、しかもお前は木刀を使ってもらう。お前から言い出したんだから、それくらいの条件は呑んでもらわねぇとな」

「いいだろう。そのくらいのハンデがなければ、勝負が成立せんだろうからな」

「っんとに可愛げのねぇアマだな……。身ぐるみ剝がされる時になって泣いても知らねぇぜ?」


 男達が忌々しそうにオリヴィエを睨みつけてくる。リアとマルコが不安げな視線を向けてきたが、オリヴィエは無言で頷いた。彼らに恩を返す時が来たようだ。

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