第五章 闇に爆ぜるは蒼き炎

栄光は遠く

 エーデルワイス王国の王城。白妙しろたえの城壁と深紅の絨毯が美しいコントラストを成す城内を、警護の騎士たちがきびきびとした足取りで歩いている。彼らはすれ違うたびに立ち止まり、胸に片手を当てて敬礼しながら異常のないことを報告し、腰に差した剣をかちかちと揺らしながらまた廊下を大股で闊歩していく。そんな騎士たちの姿を侍女たちは柱の陰から眺めながら、あの殿方は体格が立派だ、あの殿方は声が素敵だなどと囁き合っている。侵入者の脅威のない王城は平穏に包まれ、誰もが安逸な時間を享受していた。


 そんな王城の最上階にある王の間で、オリヴィエは玉座に座るゼラと、その隣に佇むカトレアの前で片膝を突いていた。先日の金騎士団の一件を知ったゼラから召喚命令がかかったのだ。


「オリヴィエ、此度の活躍、誠にご苦労であった」ゼラが口を開いた。


「金騎士団が各地で暗躍していることは知っていたが、まさか護送中の馬車に急襲を仕掛けるとは想像もしなかった。お前がいなければ、娘は今頃ディモルフォセカの手に落ちていたかもしれぬ。娘を悪漢から救ってくれたことに心から謝意を申し述べる」


「お褒めに与り光栄でございます」オリヴィエが頭を垂れたまま答えた。


「ですが、私は姫付として当然の仕事をしたまで。陛下から直々に賛辞を賜るなど、報奨としてはいささか過分ではないかと存じます」


「そう謙遜するな。正規の部隊ではなかったとはいえ、十人もの騎士を一網打尽にするなど並大抵の実力でできるものではない。お前の功績を思えば、直に謝意を示したいと願うのが人情というもの。ここは黙って受け取るがよい」


「はっ」


 オリヴィエが一段と深く頭を垂れる。ゼラから賛辞を受けるのはこれで二度目だが、心なしか以前よりも口調に暖かみがこもっているように感じられる。一国の王としてだけでなく、父親としての謝意も込められているのだろうか。


「あれ以来、金騎士団に目立った動きはない」ゼラが言った。

「協定の交渉も停滞しておるが、このまま白紙撤回されるとも思えぬ。協定が締結されないとなれば、いよいよ正規の騎士団が我が国に侵攻を仕掛けるかもしれぬ。今後も油断のないよう訓練や警護に当たってもらいたい。もっとも、お前には言わずもがなであろうがな」


「はっ、肝に銘じます」


 オリヴィエが胸に手を当てて敬礼する。そのまま立ち上がり、ゼラとカトレアそれぞれに向かって腰を折ってから足早に広間を出て行った。


「ふむ……。あれほどの活躍を見せておきながら態度を変えぬか。やはり気骨のある娘だな」


 ゼラが感心した表情で言った。


「あれを見ているとアルストロを思い出す。あやつも傑出した才の持ち主でありながら、少しもそれを鼻にかけることがなかったからな。あやつの血を受け継ぐ者がいるのは我が花騎士団にとっても頼もしいことだ」


 オリヴィエの父、アルストロにはゼラも一目を置いていた。その類い希なる強さもさることながら、彼は己が実力に慢心することが決してなかった。常に研鑽を怠らず、より高みに到達することだけを考えていた。

 そんな彼の姿は多くの騎士の賞賛を集め、誰もが彼のような誉れ高い騎士になりたいと願っていた。それだけに、同じ克己心を持っていながら、花騎士団の中で冷遇されているオリヴィエがゼラは不憫でならなかった。


「あれが正当に実力を評価されればよいのだが、騎士の心根が変わらぬ限りは難しい。世間で評されるような高潔な騎士団など、夢のまた夢なのかもしれぬな」


 ゼラが物憂げに言って深々と玉座に身を沈める。先代が花騎士団を結成した当初は、心身共に鍛錬を積んだ騎士が多数参集していたものだが、今の騎士団に当時の面影はない。そねみや妬みがはびこる中で騎士は互いの足を引っ張り合い、強き者に阿諛あゆ追従ついしょうし、弱き者を迫害する下等な集団に成り果てている。昔ながらの高邁な精神を持った騎士も数名はいるようだが、それでも数の暴力の中で芽が摘み取られないとも限らない。騎士団の腐敗がこの国の衰退を暗示しているようで、ゼラは憂鬱そうにため息をついた。

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