死の舞踏
蒼炎の騎士が微かに右に動く。オリヴィエは素早くそれを察知して左に回り込み、相手の脇腹目掛けて最初の一撃を放った。だが蒼炎の騎士は身体を回転させて攻撃を避け、振り向きざまに反撃を放ってきた。オリヴィエは後方に引いて避けたが、そこで首筋に微かな痛みを感じて片手を当てた。
(……今の攻撃が当たったというのか? 確かに避けたはずだが……)
敵の攻撃を避けられないことなど今までなかった。蒼炎の騎士の攻撃が予想以上に速かったということだろうか。
「どうされました? 随分と動きが遅いようですが、もしかして手加減してくださっているのですか?」
蒼炎の騎士が邪気なく尋ねてくる。どうやら彼は本当に小手調べのつもりらしい。それで先制攻撃を受けてしまうとは、この男、ただの口八丁ではないらしい。
「……いや、不覚を取っただけだ。だが二度は通用しない」
短く告げ、今度は相手が動く前に懐に飛び込んで剣を払う。だが、鎧を斬りつけたはずの攻撃は空を虚しく掠めただけで、瞬きをした次の瞬間には敵はオリヴィエの背後に回り込んでいた。背後で剣が振り
(……何だ、この速さは。これは本当に人間の動きなのか?)
音、あるいは、光よりも早い剣筋。ロベリアが評した通り、確かに尋常ならざる力と言える。
だが、敵の得手が敏捷さだけならまだ勝機はある。相手が俊足を発揮する前に力で圧倒すればいいだけの話だからだ。問題は、敵がその隙を与えてくれるかどうか。
蒼炎の騎士が再び動いた。ゆらりと右に傾いた後、右上方から斜め下に向かって剣を振り下ろす。手首を軽く返し、戻りざまにさらに一閃。一連の動きは時間にすれば一秒もなく、素人なら動きを察知する間もなく斬りつけられていただろう。オリヴィエは攻撃を見極めることはできたが、動きが速すぎて反撃の隙までは見出せずにいた。
その後も攻撃は間断なく続いて容赦なくオリヴィエを襲った。右、左、右、左。敵が攻撃を仕掛けるたびに青紫色の閃光が闇を裂き、柄の蝶が空を舞う。その動きを目で追っていると蝶が花から花からへと飛び交っているようにも見え、戦いの場に似つかわしくない幻想さを醸し出していた。
ロベリアとの戦いではこのような感覚は生じなかった。蒼炎の騎士の手により、剣が本来の力と美しさを発揮しているということだろうか。
「あなたはなかなかいい動きをしますね」蒼炎の騎士が言った。
「私の攻撃をそれだけ避けたのはあなたが初めてです。ですが、回避だけでは勝利を摑むことはできませんよ」
あれだけ連続して攻撃を繰り出しておきながら、彼の呼吸にはまるで乱れたところがない。やはり口先だけの男ではないようだ。
「わかっている。今までの戦いは序の口に過ぎん。お前の手腕を見極めるためのな」
「ほう。それで、私の手腕を測ることはできたのですか?」
「ああ、どうやらお前の敏捷さは私の上をいくようだ。この私に反撃の余地を与えないのだからな」
「お褒めに
「いや、
「それは
「ダンスを踊るつもりはない。お前の心臓を射止める一撃をくれてやるだけだ」
「それは有り難い。心して受け止めることにいたしましょうか」
蒼炎の騎士が剣を引く。突きの構えだ。すぐさま矢が放たれるような勢いで剣が飛んできたが、オリヴィエは脇に避けて攻撃を
オリヴィエはその隙を見逃さなかった。素早く敵との距離を詰めると、鎧の胸部と腹部の僅かな隙間を狙って攻撃を打ち込む。刃先が届く一歩手前で敵は剣で攻撃を受け止めたが、相手に態勢を立て直す暇を与えずオリヴィエは次なる一撃を放った。ひゅん。ひゅん。刃が空を掠める音が廊下に響き、やがてそれは剣が交差する音に変わった。きん。きん。青紫色と銀色の閃光が交互に軌跡を描き、闇に覆われた廊下に束の間の灯りが灯される。
オリヴィエの反撃を受けても蒼炎の騎士にたじろいだ様子はなかった。この事態を予想していたかのように冷静に攻撃を受け止め、こちらが剣を押し出しては引き、こちらが引けば押し出してくる。常に完璧な間合いを保ち、相手の動きを熟知した上でそれを活かす戦いぶりは優雅とさえ形容できそうで、場所が違えば本当にダンスを踊っているように見えたかもしれない。
だが、その身を包む鎧と国章が示すように、彼は紛れもなく敵であり賊だ。仮面に惑わされてはいけない。
「ふむ、剣裁きもなかなかのものだ」神速の刃。「さすが、花騎士団随一の腕と言われることはありますね」
「お前も、単に
「ほう、彼は私にどのような評価を?」
「奴はお前が尋常ならざる力を持っていると言っていた。おそらくこの動きのことを指していたのだろうな」
「どうでしょうか。この程度の動き、訓練を積めば習得は造作もないと思いますが」
「大抵の人間は人並みの実力を付けるだけで満足し、その先にある高みを目指そうとしない。お前ほどの境地に達する人間はそういまい」
「あなたは違うでしょう、
「さぁな。私はただ私の為すべきことをしただけだ。性別など、端から問題ではない」
「なるほど。ですが、あなたのその姿勢には大いに共感を覚えますよ。どうやら私達は似た者同士のようだ。出会う場が違えば親友か、あるいは恋人になれたかもしれない」
「ああ。だが私達は敵でしかない。だからこうして刃を交えている」
「その通り。あなたが我々の側の人間ではないことが残念でなりませんよ」
そんな軽口とも呼べる会話を続けながら二人は
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