花風乱舞

「女ごときが生意気な……。すぐにその減らず口を閉じてやる!」


 ロベリアが唸るように叫んで剣を振り上げる。その声に鼓舞されたように残った三人の騎士が一斉に武器を振り上げた。オリヴィエの足元にある生け垣目がけて刃が振り下ろされ、何輪もの薔薇が切断されて石畳の上に落ちる。切り刻まれた生け垣はもはや足場としての役目を果たさず、オリヴィエは素早く石畳に着地した。

 すかさず先頭にいた金の騎士が攻撃を繰り出すが、オリヴィエは真正面から攻撃を受け止めた。交差する刃。金の騎士は兜の下の顔を真っ赤にして剣を押し出そうとするがオリヴィエはびくともしない。その間に左右に回り込んだ二人の騎士が剣を振り上げたが、オリヴィエはその場で回転しながらエリアル・ブレードを振るった。連続する金属音。攻撃はいずれも跳ね返され、三人の騎士はバランスを崩してその場でよろめいた。


 オリヴィエがその隙を見逃すはずもなかった。呼吸を止め、相手の動きを注視する。時の流れが緩やかになったように感じられ、相手の急所が自然と目に飛び込んでくる。そこに狙いを澄ませてエリアル・ブレードの切っ先が空を裂く。一度、二度、三度。流れるような攻撃はいずれも金の騎士に命中し、三人の騎士は折り重なるように石畳の上に倒れた。


「くっ……。馬鹿な……。俺の部下が……!」


 ロベリアのこめかみを汗が伝う。わずか五分程度で九人もいた部下が一掃され、残った騎士は自分一人。だが、これほど圧倒的な実力の差を見せつけられておきながら、さらに戦いを続けるなど無謀に過ぎるのではないだろうか。ここは国に引き返し、作戦を練り直すべきか――。


「どうした? 向かってこないのか? まさか逃げようなどと考えているのではないだろうな?」


 前方からオリヴィエの声がする。あれだけの人数を倒しておきながら呼吸が少しも乱れていない。


「部下の仇を取ることもせず敵前逃亡を図るなど隊長の風上にも置けん。だからお前は二番手に甘んじることになったのだ」


 その言葉がロベリアの中の何かに火をつけた。籠手ガントレットの下にある手の血管が浮き出るほどに剣を握り締め、憎悪のこもった目つきでオリヴィエを睨みつける。


「俺が二番手だと……? ふざけるな! 俺はディモルフォセカ最強の騎士! 金騎士団の隊長になるべき男なのだ!」


 猛々しい叫び声を上げてロベリアが襲いかかってくる。目にも留まらぬ勢いで剣が振り下ろされ、オリヴィエは素早くエリアル・ブレードを構えて攻撃を受け止めた。かん。ロベリアがすぐに剣を引いて次なる攻撃を繰り出す。ひゅん。オリヴィエが手首を返して刃を受け止め、自分も反撃を仕掛ける。きん。きん。庭園内に間断なく金属の音が響き、文字通りつば迫り合いが繰り広げられていた。


「思ったよりは手応えがある。大口もあながち偽りではなかったようだな」オリヴィエが剣で相手を押し出そうとしながら言った。

「貴様もな、翠色の騎士」ロベリアがさらに押し返しながら言った。「女だと思って少々甘く見ていたようだ」

「それだけの腕を持っていながら、なぜあのような賊染みた真似をした? 隊長の座を取り戻したいのなら、蒼炎の騎士に真っ向から勝負を挑めばよかっただろうに」

「貴様は奴の実力を知らぬからそのような脳天気なことが言えるのだ。奴の剣術はとても人間技とはとは思えぬ。貴様とて敵う相手かどうか……」

「だから最初から勝負を諦めるのか? いかなる強敵であろうと立ち向かうのが騎士ではないのか?」

「真っ向勝負だけが騎士の道ではない。勝利を摑み取るためには時に謀略に立ち回ることも必要。俺は自分の戦術で奴の上を行こうとしたまでだ」

「戦術だと? 罪もない御者を殺し、部下を巻き添えにしたことがか?」

「あれは些細な犠牲に過ぎん。強者の誕生にはいつの世も犠牲が付きものだからな」


 そんな会話を剣戟の合間に繰り返しながら二人は戦闘を続けていた。場所は少しずつ移動してアーチの下に来ており、剣を振るうたびに薔薇の花弁が空を舞う。


「いいか、翠色の騎士、これだけは忠告しておく」剣の一閃。

「蒼炎の騎士を甘く見るな。奴は尋常ならざる力を持っている。命が惜しければ戦いは避けることだ」

「戦いを避ける?」反撃。「私が敵に背を向けるとでも?」

「奴には誰も敵いはしない。だからこそ誰もが奴を賞賛し、畏怖する。俺の部下が奴に寝返ったのも同じ理由だ」

「それは単に貴様が見切りを付けられただけだろう。自らの未熟さを責任転嫁するつもりか?」

「俺は未熟者などではない! 現に貴様ともこうして互角に渡り合っている!」


 ロベリアの剣がオリヴィエの眼前を掠める。回避、反転、追撃。戦いは予想以上の長時間に及び、石畳はいつしか薔薇の花弁で埋め尽くされていた。


「確かに貴様の腕は立つ」一閃。「だが私と互角だなどと思わないことだ」

「何?」

「よく見ろ。貴様の足元をな」


 言われてロベリアは視線を落としたが、途端に兜の下にある顔を引き攣らせた。アーチから落ちた薔薇の蔓が足に絡みついている。


「な……これは……!?」


 しゃにむに足を動かしてロベリアは蔓を振り払おうとするも、いっそう執拗に蔓は絡みついていく。力任せに蹴り飛ばすと今度は葉に足を取られて転んだ。


「貴様は私の相手をするのに手一杯で、周囲に気を払うことを忘れていた」オリヴィエが淡々と告げた。

「その結果、自らが切り落とした薔薇に文字通り足元を掬われることになったのだ。この美しい庭園を荒らした報いだな」

「報いだと……? ふざけるな! この俺が花ごときに捕らわれるものか!」


 ロベリアがいきり立ったように叫び、蔓と葉を蹴散らして立ち上がる。闇雲に剣を振るって邪魔な植物を切り刻もうとするも、今度は剣に蔓が絡まり動かすことさえできなくなった。動いているうちに再び足元に蔓が巻きつき、身動きが取れなくなる。花を落とし、無数の棘だけが残された蔓は囚人を拘束するかせのように見えた。


「……貴様はよく戦った。だがそろそろ散る時が来たようだ」


 オリヴィエがひたと敵を見据える。両手を柄に添え、ゆっくりとエリアル・ブレードを斜めに傾ける。ロベリアは身体を捩って蔓を千切ろうとするも幾重にも絡みついて離れない。


 俺は敗れるのか? かつてディモルフォセカ最強と呼ばれたこの俺が? 女を相手に、薔薇の蔓に手足を拘束されて? 名状しがたい屈辱感が内側からこみ上げ、ロベリアは憎悪に顔を歪めてオリヴィエを睨みつけた。


 その時、一陣の風が吹き込み、足元に積もった薔薇の花弁を舞い上がらせた。赤い花弁が花吹雪のように空を舞う。

 舞い散る深紅の花びらの中で、オリヴィエの白い鎧がゆっくりと浮かび上がる。汚れなき、純白の鎧。だがそれよりもロベリアの目を惹いたのは、まるで生き物のように風に乗って踊る、翠色みどりいろの長い髪だった。


 それを見た瞬間、ロベリアは時が止まったように感じられた。目を見開き、怒りも屈辱も忘れてオリヴィエの姿に見入る。その姿は相手が敵であることを、自分が間もなく花々のように散ることを忘れるほどに――美しかった。


「誇りを忘れた愚かな騎士よ……花のひつぎで眠るがいい!」


 ひゅん。その一太刀で勝負は決まった。攻撃は寸分の狂いもなくロベリアの首筋に命中し、叫び声を上げる間もなくロベリアががっくりと首を垂れる。


 彼が最期に見たのは、白い面頬の奥に見えるオリヴィエの瞳だった。迷いのない、強い瞳。それを見て、ロベリアは今さながら自分に何が足りなかったのに気づいたが、すでに遅かった。思考を巡らす間もなく彼は意識を失い、間もなく薔薇の花弁の上にくずおれた。

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