緋色の死闘

 ロベリアが低い唸り声を上げながらオリヴィエの方に突進してくる。両手で剣を振りかぶり、青紫色の刃が上から振り落とされる。だがオリヴィエは軽く後ろに身を引いただけであっさりと攻撃をかわした。ロベリアは一瞬虚を突かれた様子を見せたものの、すぐに次なる攻撃を繰り出した。今度は下からだ。

 オリヴィエは再び身を引いて攻撃を躱そうとしたが、そこで背後に気配を察知したので咄嗟に横に飛び退いた。素早く体勢を立て直して見ると、さっきまで自分がいた場所に剣が振り下ろされている。背後に回り込んでいた騎士が攻撃を仕掛けたのだ。もし後ろに引いていたら背中を斬りつけられていただろう。

 先にその騎士を片づけようと剣を構えるも、その隙を与えず今度は両脇から別の二人の騎士が斬りかかってきた。後ろに飛び退くも、そこでまた別の騎士が急襲を仕掛けてきたので身体を捻って攻撃を躱す。四方八方から間断なく繰り出される攻撃を前にオリヴィエは避けることしかできず、あっという間に生け垣の前まで追い詰められていた。


「ふん。やはり多勢に無勢のようだな。貴様の首はこの俺が頂戴する!」


 ロベリアが勝ち誇った様子で叫ぶ。彼を中心として金の騎士が半円状に並び、生け垣を背にしたオリヴィエを取り囲む。花騎士団最強と名高い『翠色の騎士』を倒せるかもしれないと思って調子づいたのか、何人かの騎士がそわそわと身を動かした。


「さあやれ! その女を倒し、我らの手で姫を奪い取るのだ!」


 ロベリアの一声で金の騎士が一斉にオリヴィエに襲いかかる。オリヴィエは避ける素振りを見せず、視線を落として彼らが近づくに任せている。勝ち目がないことを悟り、敗北を認めて首を差し出そうとしているかに思われた。


 だが、一番近くにいた騎士の刃がオリヴィエの首筋を貫こうとしたその刹那、オリヴィエが勢いよく地面を蹴って空中に飛び上がった。動揺した騎士が咄嗟に立ち止まり、他の騎士も勢い余って互いに剣や鎧をぶつけ合う。敵はどこに行ったのかと騎士たちが辺りを見回した時、ひゅっと何かが空を斬る音がした。次の瞬間、最初に攻撃を仕掛けた騎士が悶絶しながら地面に倒れた。兜と鎧の間から鮮血が流れ出している。


「何だ? 何が起こっている?」


 ロベリアが動揺した声を漏らす。そこで別の騎士があっと声を上げて前方を指差した。他の騎士がつられてその方を見やる。薔薇の植えられた生け垣の上にオリヴィエが立っていた。兜からはみ出した翠色の長い髪が、風に吹かれて揺れている。


「貴様、いつの間にそこに……!」ロベリアが目を剝いた。

「貴様たちが私に一斉攻撃を仕掛けることはわかっていた」オリヴィエが落ち着き払った声で言った。

「いかに訓練を施されたとはいえ、貴様らの実力は所詮付け焼き刃に過ぎん。体力の消耗も早ければ、好機を窺う忍耐力も未熟。だから戦いを長引かせぬよう、短時間で決め打ちを図る……。子どもでも想像できる戦略だ」

「では、我らに包囲されるのも貴様の予想の内だったというのか?」

「当然だ。だから私は貴様らの攻撃を避ける振りをして、この生け垣に近づいたのだ。首筋を突くには上からの方が有利だからな」


 事もなげに言われてロベリアが兜の奥の目をわななかせる。怒りに任せて剣を握り締めるも、下手に動けば部下の二の舞になると思って身動きが取れなかった。


 オリヴィエは兜の奥から彼に冷ややかな視線を送った後、静かに言った。


「この美しい庭園を、貴様らのような無粋な者の血でけがすのは本意ではない。だが、姫様を狙う騎士……いや、賊を相手にしては致し方あるまい。私はこの場で貴様らを殲滅せんめつする。美しき花々に看取られ、その腐った魂を浄化するがいい!」


 オリヴィエが声高に言って剣を振り上げる。すかさず手前にいた金の騎士二人が剣を構えたが、オリヴィエは彼らに攻撃する隙を与えなかった。二人が刃を振るう前にエリアル・ブレードの一閃が煌めき、兜と鎧のほんのわずかな隙間に刃先を突き立てる。二人の騎士の首から噴水のような鮮血が迸り、生け垣に生えた白い薔薇を赤く染め上げていく。


「ええい、何をしている! 早く反撃しないか!」


 ロベリアが苛立った様子で叫ぶ。生け垣の傍にいた一人の騎士が慌てて生け垣に飛び乗ろうとしたが、甲冑の重さに慣れていないせいか、オリヴィエのように身軽に飛べずに失敗して地面にひっくり返った。オリヴィエがその隙を見逃すはずもなく、再びエリアル・ブレードの刃が空を舞う。金属音、悶絶の叫び。

 残りの騎士は生け垣から離れようと駆け出したが、オリヴィエは腰を屈めて生け垣の上を駆け抜けると、無防備に背中を晒した騎士二人の首筋に続けざまに剣を突き立てた。呻き、断末魔の声。生け垣の周囲はあっという間に金色の遺骸の山と化した。


「くっ……。この短時間で六人も葬っただと……?」


 ロベリアが忌々しそうに兜の奥の顔を歪める。数で圧倒するはずが逆にこちらが圧倒されている。残った部下は三人だが、いずれも剣を持つ手が震えている。『翠色の騎士』の圧倒的な強さを前に恐れを成していることは確かだ。


「どうした? もう終わりか? 私の首を持ち帰るのではなかったのか?」


 オリヴィエが挑発するように言って顎を上げる。ロベリアは憤怒の形相を浮かべて彼女を睨みつけた。だが、彼が怒りを覚えているのは単に作戦が失敗したからではなかった。女を相手に苦戦を強いられているという事実が、彼にこの上ない屈辱感を味わわせていた。

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