第四章 剣に宿るは父の御影

新たなる脅威

 屋外にある訓練場で、今日も騎士たちは緑の大地を踏みしめながら訓練に精を出していた。あちこちで剣の一閃がきらめき、重なる刃の音が間断なく響く。汗をほとばしらせながら刃を交える彼らの姿は訓練と言えども気迫に満ちていた。

 彼らは自らの矜持を懸けて戦いに臨んでいる。自らが騎士の頂点に立ち、最強の称号を手に入れるべくたゆまぬ鍛錬を続けている。強者と弱者の地位は不動ではなく、慢心や油断があればすぐに足元を掬われる。だから彼らは常に緊張感を保ちながら、より高みに到達するために自らを鼓舞しているのだった。


 剣を交える相手を替えながら騎士たちは訓練を続けていたが、空が茜色に染まった頃合いを見計らって隊長グラジオが号令をかけた。途端に剣戟けんげきの音がぴたりと止み、騎士たちは一斉に彼の元へと参集した。兜を取り、皆一様に真面目な顔をして彼の言葉を待つ。


「皆の者、今日もご苦労であった。皆、騎士道の本質たる武力と精神の向上を念頭に置いて訓練に当たっていたものと思う。

 我々が戦うべきは敵だけではない。己が力を慢心し、現状に甘んじようとする姿勢こそが最も唾棄すべき敵だ。皆、そのことを肝に銘じて明日からも訓練に励んでもらいたい」


 騎士たちは真剣にグラジオの言葉に耳を傾けていた。彼の薫陶くんとうはいつでも騎士たちの精神を高揚させ、彼のような誉れ高い騎士になりたいという憧憬を抱かせた。


「ところで……今日はお前達に知らせておくべきことがある。隣国であるディモルフォセカのことだ」


 グラジオが神妙な顔で言った。ディモルフォセカはエーデルワイス王国の南に隣接する王国だ。エーデルワイス王国とは領土拡大を巡って対立関係にあり、目立った武力衝突はないものの、いつ開戦してもおかしくない緊張状態が続いていた。


「我が国とディモルフォセカは長らく冷戦状態にあったが、最近になってディモルフォセカが他国への侵攻を始めたようなのだ。王室召し抱えである金騎士団きんきしだんが各国の拠点を制圧し、領土拡大を進めているとのことだ。

 我が国に対しては今のところ協定の打診に留まっているが、いつ強硬姿勢に転じないとも限らぬ。金騎士団の侵攻に備え、今まで以上に警戒を怠らぬようにという陛下からのお達しだ」


 グラジオの言葉を受け、騎士たちの間ににわかに緊張が走る。そこで一人の騎士が挙手をして言った。


「お言葉ですが隊長、金騎士団は組織としては弱小で、兵力も我が花騎士団の半分以下と聞いております。たとえ侵攻を仕掛けられたとしても数で圧倒できるのでは?」


「騎士の資質という点においても、金騎士団の騎士は傭兵上がりの者が大半で、まともな訓練を受けていない者も多い。我が花騎士団の敵ではないと思いますが」


 他の騎士が便乗し、周囲から次々と賛同の声が上がる。だが、グラジオは渋い顔をしてかぶりを振った。


「お前達が話しているのは昔の金騎士団の実態だ。確かに今も数の点では我らに劣るが、実力という点においては我が花騎士団にも引けを取らぬ」

「そうなのですか? しかし、どうして急にそのような変化を……」

「最近になって隊長が変わったのだ。『蒼炎そうえんの騎士』という異名を持つ騎士で、剣を振るうたびに青い炎が爆ぜているように見えることからその呼び名がついたらしい。まだ若いが相当な手練れで、王城に侵入した五十人近い賊を一人で撃退したとも言われている。

 その男は部下に厳しい訓練を課し、意欲のない者は騎士団から追放したことで烏合うごうの衆だった金騎士団を生まれ変わらせた。今や金騎士団は少数精鋭の騎士団として各国にその名を知られている。今のところ我が国に対して戦争を仕掛けるような動きはないが、それでも油断は禁物。皆、くれぐれも慢心のないよう、日々の訓練及び警護に当たってもらいたい」


 グラジオはそう言って話を終えた。騎士たちの間でざわめきが漏れたが、今度は誰もグラジオに意見しようとはしなかった。


 ディモルフォセカ、金騎士団、蒼炎の騎士。明らかになった敵の存在を前に、誰もが祖国が侵略の憂き目に遭うことを危惧していた。




 散会した騎士たちは、各々が小集団を形成しながら出入り口へと向かっていた。話題の中心はやはり金騎士団と蒼炎の騎士で、大抵の集団では不安げな声が上がっていたが、中には敵を侮る声もあった。


「でも、いくらその何とかって騎士が強いって言っても所詮は若造なんだろ? 何年も騎士やってきた俺達の敵じゃねぇさ」


 得意げに言ってのけたのはズオウだ。いつものように十人ほどの取り巻きの騎士をはべらせながら、両手剣を肩に担いで歩いている。


「だがズオウの旦那、その騎士は五十人もの賊を一人で制圧したんだろう? それが本当なら相当な強者だと思うんだが」

「しかもその男は『蒼炎の騎士』なんて呼ばれてるんだろう? 雑魚にそんな異名が付くとは思えないし、あまり侮らない方がいいんじゃないか?」


 取り巻きの騎士が口々に不安げな声を上げる。だがズオウは不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「ふん。名前がなんだ。俺に言わせりゃ、異名なんてある奴の方が逆に弱いと思うぜ。名前に頼らなきゃ実力を証明できねぇってことだからな」


 ズオウがわざと大声で言い、訓練場の隅で剣を磨いているオリヴィエの方をちらりと見やる。聞こえていないはずがないのに、オリヴィエはこちらを振り向きもしなかった。ズオウがそれを見て忌々しそうに舌打ちをする。


「……何が『翠色すいしょくの騎士』だ。粋がりやがって。お前なんか、蒼炎の騎士と相打ちしてくたばっちまえばいいんだ」


 ズオウはそう毒づいたが、やはりオリヴィエは無反応だった。ズオウは今一度舌打ちをすると、歩調を速めて訓練場を出て行った。

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