育まれる友情

 その後、騎士たちは何人かの一団を作って訓練場を去って行った。ズオウは十名ほどの仲間に囲まれ、先の試合について勝手なことを喋り散らしていた。相手が女だから手加減してやったとか、オリヴィエが色仕掛けを使ってきたとか、そんな愚にもつかないことだ。オリヴィエは全く耳を貸さず、彼らとは別の出入り口から訓練場を後にしようとした。


「おい、オリヴィエ! ちょっと待てよ!」


 後ろから呼び止められてオリヴィエは立ち止まった。振り返ると、兜を脇に抱えたシャガが小走りに走ってくるのが見えた。


「シャガ? どうかしたか?」

「いやー、さっきの試合の感想を言いたくてさ! やっぱお前はすげぇよなぁ! ズオウの奴をあんなにあっさり負かしちまうんだからなぁ」


 シャガが両の拳を握り締めて興奮気味に言う。声が大きいせいでズオウの一団の耳にも届き、何人かが呪わしげな視線を送ってきた。


「おい、声が大きいぞ。奴らに因縁をつけられたらどうするつもりだ?」

「へっ、構うもんか。あいつよりお前の方が強いのは事実なんだからな! 文句言いたいなら勝手に言わしときゃあいいんだよ」


 シャガが腰に手を当ててふんぞり返る。勝ち誇った表情は自分がズオウに勝利したかのようだ。先日の試合直後は落胆を見せなかったとはいえ、実際には敗北を気にしていたのかもしれない。


 ズオウの一団はひそひそと何やら囁き合っていたが、結局何も言わずに食堂の方へ去って行った。夕食の席で自分とシャガの悪口雑言あっこうぞうごんを述べ立てるつもりなのだろう。オリヴィエは放っておくことにした。


「人の試合に感心するのもいいが、それよりも自分の試合を顧みたらどうだ? 今日は確か、ルドベキアを相手に戦っていたようだが」

「あー、あいつなぁ。さすがに強かったよ。俺が何回攻撃してもみーんな避けちまって、そのくせ自分の攻撃は全部当ててくるんだからな。どんな特訓したらあんな強くなるんだろうな?」


 シャガは腕組みをして首を捻りながらうんうん唸っている。オリヴィエは自身の稽古の合間に見た二人の試合の様子を思い出していた。


 無我夢中で剣を振るうシャガの攻撃をルドベキアは顔色一つ変えずに避け、相手の動きが止まった隙を突いて素早く攻撃を繰り出していた。それは大人が子どもを相手に戦っているようで、あまりに一方的な試合運びだったので周囲の騎士から失笑を買っていた。

 だが、当のルドベキアはシャガを侮蔑せず、試合後にはいつも通り淡々とした口調で礼を述べていた。相手の実力にかかわらず自らの姿勢を貫く、それこそが彼の強さではないかとオリヴィエは思っていた。


「実力をつけるには相応の時間がかかる。お前も訓練を積めばいずれ奴に追いつけるだろう。焦って結果を出そうとしないことだ」

「そっか……。そうだよな! お前が稽古してくれてるおかげで俺もちょっとずつ強くなってる気がするし、後一年くらいすればルドベキアにも勝てるよな!」


 シャガが意気込んで拳を握る。彼がルドベキアに勝てる保障はオリヴィエにもできなかったが、少なくともその力添えはしたいと思った。


「なぁ、ところでさオリヴィエ、今度の舞踏会のことって何か聞いてるか?」

「舞踏会? 当日警備をすることは聞いているが」


 シャガが話題にしているのは、来週城で開かれる王家主催の舞踏会のことだ。数ヶ月に一度開催され、街に住む貴族を招いて盛大な祝宴が行われる。外部の人間の出入りが増えるため、普段よりも厳重な警備体制を敷くことが予め決められていた。


「あ、いや、俺が聞きたいのはその、姫様のことなんだ」シャガが照れくさそうに鼻の下を搔いた。

「当日何着るかとか、どんな髪型するかとか……何か聞いてないか?」


 なるほど、知りたいのはそこか。納得すると同時にシャガの奥手さが可笑しくなり、オリヴィエはふっと頬を緩めた。


「髪型については、街で流行の髪型を試されるそうだ。それとお召し物については、街の仕立屋にドレスを新調させている。翡翠色を基調とした上品なデザインでな。仮縫いの段階でお召しになっていたのを拝見したが、よく似合っておられた」




『ねぇ見てオリヴィエ! このドレス、とっても素敵だと思わない!?』




 両手を広げ、ドレスを見せびらかすようにくるくると回るアイリスの姿を思い出す。彼女の動きに合わせてスカートがふわりと揺れ、まるで翠色の花が舞っているかのようだった。全身で喜びを表現するその姿は無邪気な少女そのもので、オリヴィエは慈しむように目を細めた。


『ええ、よく似合っておられますよ。陛下もさぞ喜ばれることでしょう』

『そうね、お父様にお見せするのが楽しみ。褒めてくださるかしら?』

『必ずや。陛下にとって、アイリス様は目に入れても痛くない御仁ごじんですからね』

『あら、オリヴィエったらおかしなことを言うのね。いくら私が小さいからって、お父様の目の中に入れるはずがないでしょう?』


 アイリスがきょとんとして聞き返す。本気で不思議がっているのが可笑しくて、オリヴィエは思わず笑みを漏らした。


『さっそく本縫いの注文を出さないとね。ふふ、完成するのが楽しみだわ』


 アイリスがドレスの裾を両手で摘まみ、いそいそと侍女の待つ更衣部屋に戻ろうとする。が、そこで何かを思いついた顔になると、オリヴィエの方を振り返って尋ねた。


『あ、そうだわオリヴィエ、どうして私がこの色を選んだかわかる?』

『いえ。翡翠色がお好みだからではないのですか?』

『それもあるけど……私はね、オリヴィエ、あなたの髪の色に似てるからこのドレスを選んだのよ。これを着れば、少しでもあなたに近づけると思って……』


 アイリスが目を細めて言い、そっとオリヴィエの髪に触れる。指先が髪の間を流れ、絡まることなくゆっくりと下りていく。その後もアイリスは飽きもせずに何度もオリヴィエの髪をいた。指先を伝う感触から、オリヴィエの存在を確かめるようとするかのように。


「おーい、オリヴィエ、聞いてるか?」


 シャガに顔の前で手を振られ、オリヴィエの追想はそこで断ち切られた。急いで首を振って意識を現実に戻し、表情を引き締めてシャガの方に向き直る。


「あぁ……すまない、少し考え事をしていたものでな」

「へぇ、お前がぼんやりするなんて珍しいな。よっぽど重要なことなのか?」

「いや、些末な事柄だ。お前が気にするような話ではない」

「そっか。にしても翡翠色のドレスかぁ……。きっとすっげー綺麗なんだろうな! あー俺も生で見たかったぜ!」


 シャガが両手を握り締めて唇を噛む。城の警備担当であれば舞踏会の様子を見ることもできるが、普段よりも厳重な警備が求められる分、当日任に当たるのは騎士団の中でも選りすぐりの実力を持つ騎士だけであった。当然、新入りであるシャガの出る幕はない。


「姫様のお姿を拝見できないと決まったわけではないだろう。窓の外から室内の様子を窺う程度のことはできると思うが」

「うーん、でも当日警備するのってズオウとその仲間だろ? 意地悪して見せてくれねぇんじゃないかなぁ」

「ならば私の受持場所から見学するといい。会場の東側で、近くに王族の席が配置されている。そこからであれば姫様のお姿もよく見えるだろう」

「そっか。お前も警備担当だっけ。さっすがオリヴィエ! 持つべきものは友達だな!」


 シャガが表情を綻ばせて言い、親しげにオリヴィエと肩を組もうとする。が、背伸びしても身長が足りなかったので諦め、肩を叩くに留めた。


 オリヴィエは苦笑しながらその様子を眺めた。彼と話をするようになってから、こんな風に笑う機会が増えた気がする。それに、彼が口にした『友達』という言葉――。


(……姫様に頼んで、当日、短時間でも話ができるよう取り計らってやるとするか)


 内心でそう呟きながら、オリヴィエは自分の肩を叩くシャガの姿を見つめた。

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