第三章 月夜の宴は愛の芽吹き

破られぬ記録

 蒼天そうてんから差す太陽の光。金色の雨は柔らかく地上を照らし、芽吹き始めた草木を祝福するように優しい光を投げかけている。光は草原にまで届き、草の間から顔を出す花を撫でては、その小さな花弁一つ一つに慈愛のような粒子を注いでいく。天からの恵みともいえる光を受けて草花はすくすくと成長し、緑を基調とする美しい風景を創り上げている。


 そんな暖かな光の祝宴の中、花騎士団の騎士たちは今日も訓練に精を出していた。燦々さんさんと降り注ぐ光が騎士たちを覚醒させ、その内に眠る闘志と力を引き出している。交わる剣の切っ先が光を浴びて幾度も輝き、昼間なのにあちこちで星が瞬いているようだ。


 オリヴィエは訓練場の後方で訓練に当たっていた。相手にしているのはズオウという騎士だ。大柄な身体に赤紫色の鎧をまとい、両手剣を片手で軽々と振り回している。彼は入団歴十三年を誇る古株の騎士で、騎士団一の豪腕として内外にその名を知られていた。一ヶ月前の訓練でシャガが戦い、そして惨敗を期したのは他でもない彼である。


 今、ズオウはぜいぜいと息を上げてオリヴィエを睨みつけていた。二人は二十分程前から剣を合わせているのだが、ズオウがいくら剣を振るってもオリヴィエには全く当たる気配がなく、体力を消耗して苛立っているのだ。


「くそっ……。ちょこまか動き回りやがって、逃げてないで戦ったらどうだ!?」


 ズオウが忌々しげに叫び、頭上に掲げた剣を勢いよく振り下ろした。だが、オリヴィエは後方に飛び退いて難なく攻撃をかわし、剣は派手な音を立てて地面に突き刺さった。亀裂と共に地面が震撼し、近くにいた騎士がバランスを崩してよろめく。


「貴様こそ、攻撃を仕掛けるならもっと正確に当てたらどうだ? さっきから見ていれば、勢いに任せて剣を振るうばかりで何一つ的を狙えていない」


 オリヴィエが冷ややかに言った。ズオウの豪腕から繰り出される攻撃は強力で、鎧を砕くほどの威力があったが、その分隙は大きく、避けるのは造作もなかった。


「くそっ……! 澄ました顔しやがって! 見てろ、今にその鼻っ柱をへし折ってやる!」


 ズオウが鼻息荒く息巻いた。地面から剣を引き抜き、土埃が辺りに舞う。刃先に付いた土を辺りに撒き散らしながら、ズオウは低く唸り声を上げてオリヴィエに向かってきた。怒りに身を任せて猛進する姿は猪のようだ。


 オリヴィエの眼前まで来たところでズオウは剣を振りかぶった。三キロはあるであろう両手剣を片手で易々と持ち上げ、オリヴィエの脳天に一撃を食らわせようとする。周囲にいた騎士が動きを止め、ついにあの生意気な女騎士の泣きっ面を見る機会が訪れたかと期待に胸を躍らせた。


 だが、オリヴィエは彼らの期待に応えてやるつもりは毛頭なかった。剣が兜に到達する直前に自身の剣を掲げ、攻撃を受け止める。まさか止められるとは思っていなかったのか、ズオウの口から驚愕の声が漏れる。兜の奥の顔を憤怒に歪め、力任せにオリヴィエの剣を押すが彼女はびくともしない。そのうち次第に手が痺れてきて、ズオウの剣を握る力が若干緩んだ。


 オリヴィエがその隙を見逃すはずもなかった。自身の剣を後方に引き、支えをなくしたズオウがたたらを踏む。オリヴィエは素早くその後ろに回り込むと、ズオウの兜と鎧の間にある僅かな隙間に剣の刃先をぴたりと据えた。刃先の冷たさがズオウの皮膚を伝う。


「……勝負あったようだ。下手に動けば、この剣がお前の首を引き裂くことになるぞ」


 オリヴィエの冷徹な声が辺りに響く。ズオウは顔を真っ赤にして彼女を睨みつけようとしたが、少し動いただけでも鋭い刃先が首の後ろを指し、行動の自由を許さなかった。


 ズオウは歯を剥き出しにして獰猛な犬のような唸り声を上げたが、やがて力なく剣を取り落とした。


「そこまで! 各自、訓練を止めて集合!」


 突如としてグラジオの怒号が訓練場に響き、勝負に見入っていた騎士たちが慌てて彼の方を振り返った。グラジオは訓練場を闊歩かっぽしながらそれぞれの試合運びを見ており、オリヴィエ達の試合が終わるのを待って声を上げたようだった。騎士たちが兜を脱ぎ、剣を鞘に収めて彼の元に参集する。


「皆の者、今日も悪くない戦いぶりであった。どの試合も互いの実力を発揮し、切磋琢磨する結果になっていたように思う。自らの実力に奢ることなく、常に研鑽を積むことこそが騎士道だ。今後ともこの調子で精進するように。では解散!」


 グラジオが声高に言い、騎士たちが一斉に頭を垂れる。きびきびとした彼らの動きには迷いがなく、誰もが隊長の言葉を胸に刻み、追従しようとしているように見える。

 だが、その実内心では、彼の言葉に舌を巻く者も少なくなかった。


(……何が悪くない戦いぶりだ。女にやられたこっちの身にもなってみろってんだ)

(隊長の目は節穴なのか? あいつは実力を発揮なんかしていない。逆に半分程度の力しか出してないのに俺達をあっさり負かしている。あれじゃ切磋琢磨するどころかこっちの気力が殺がれるだけだ。本当に目障りな奴だよ)


 そんな非難や揶揄やゆが騎士たちの内心ではくすぶっていたが、誰も口に出す者はいなかった。

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