ささやかな友情

 その後、二時間ほど経ったところで全ての試合が終了した。シャガと大柄の騎士の決着は五分ほどであっけなくついた。どちらが勝ったかは言うまでもない。


 訓練終了後、騎士団は散会し各々が帰路についた。オリヴィエは全員がいなくなるのを待ち、訓練場の隅で一人屈み込んでいるシャガに声をかけた。


「シャガ? 大丈夫か?」


 シャガが顔を上げてオリヴィエを見る。てっきり惨敗のショックで立ち直れなくなっているのかと思ったが、意外にもその表情は明るかった。


「よう、オリヴィエ! もしかしてさっきの試合のことか? いやーあの騎士は強かったな! 見た目通りの怪力でさ、あんなデカい剣片手で振り回すんだから信じられねぇよな」

「その分攻撃の隙は大きかったようだがな。おまけに力に任せて武器を振るうばかりで、体力の消耗をまるで考慮していない。長期戦に持ち込めば勝てる見込みもあったかもしれん」

「へえ、そうなのか? 俺、攻撃避けるのに手いっぱいで全然そこまで考えてなかったよ。やっぱお前は目の付け所が違うなぁ!」


 シャガは純粋に感心した顔でオリヴィエを見つめてくる。そんな風に邪気のない顔を向けられたのは久しぶりだった。大抵の騎士は自分が何か意見を口にすると、女のくせに生意気だと言って憎々しげな視線を向けてくるのに。


「それにしても意外だな。私はお前が人前で負けたことを恥じ、もっと落ち込んでいるものと思っていたのだが」

「もちろんちょっとは落ち込んでるさ。敵わないことはわかってたけど、まさかあそこまであっさりやられるとは思ってなかったからさ。でも恥ずかしいってことはねぇぜ。むしろみんなの前でやられてすっきりした気分だ!」


 そう言ったシャガの表情には卑屈さは全く見られない。負け惜しみではなく、心の底からそう思っているのだろう。


 オリヴィエはその顔を見つめながら、前回、自分とシャガが行った試合のことを思い出していた。あの時も呆気なく決着がついたが、シャガはオリヴィエに恨みつらみをぶつけるどころか、むしろ強い相手と戦えたことが嬉しいと言って感謝していた。そして今回の試合後も、相手の騎士に礼を述べると共に、次は絶対に俺が勝つと息巻いていた。その根拠のない自信は周囲の失笑を買っていたが、オリヴィエは笑う気にはなれなかった。彼はいずれ、本当にあの騎士を打ち負かすだろうという確信があった。


「それよりお前の試合はすごかったな」シャガが興奮気味に言った。「ルドベキアだっけ? お前相手にあんなに戦える奴がいるとは思わなかったぜ」

「あぁ、私も驚いた。私を相手に選ぶからには相応の実力があると思っていたが、予想以上だった。奴はいずれ化けるだろうな」

「入団して半年であんなに強いんだもんなぁ。俺も半年経ったらあれくらいになれるかな?」

「それは今後の訓練次第だろうな。何なら稽古の日を増やしてやろうか?」

「え、いいのか!?」シャガがぱっと顔を明るくした。

「あぁ、七日に一度では少ないだろうからな。今度から五日に一度ではどうだ?」

「そりゃもう大歓迎だぜ! ありがとなオリヴィエ! お前っていい奴だな!」


 シャガが拳を握って心底嬉しそうに笑う。オリヴィエは自分も表情を緩めながら、お前もな、と内心で答えた。


「では、そろそろ引き上げるか? 私はこの後姫様の部屋に向かうつもりだが」


 オリヴィエが尋ねた。訓練終了後はそのまま宿舎に帰ることもあるが、大抵はアイリスの部屋に行って話をする。アイリスがその日の訓練の様子などを聞かせてほしいとせがむからだ。姫付きだからといって雑談に付き合う必要はないのだが、オリヴィエはなるべく彼女のために時間を作るようにしていた。


「あ、えーと、そのことなんだけど……」


 シャガが急に手を背中に回してもじもじし始める。オリヴィエは怪訝そうに彼を見つめた。


「あのさ……。俺、森で花を摘んできたんだよ。お前が言ってたビオラとスミレ、それと他の小さい花も一緒にさ。摘んでるのに夢中になって帰るのが遅くなっちまったけど」


 遅刻の原因はそれだったのか。オリヴィエは黙って話の続きを待った。


「で、摘んだはいいんだけど、いざ渡すとなると恥ずかしくてさ……。お前、代わりに姫様に渡してくれねぇか?」

「私がか?」オリヴィエは眉を上げた。

「花くらい自分で渡せばいいだろう。何を恥ずかしがる必要がある?」

「いや、だって俺、姫様と話したことねぇから……」

「身分の違いを気にしているのか? ならば心配無用だ。姫様は地位や立場を気にされるような方ではない。相手が一介の騎士であったとしても邪険にされることはないだろう」

「いや、それはわかってんだけどさ……。ただ……その、面と向かって話をするのは照れくさいっつうか……」


 シャガはもごもごと口を動かしながら両の人差し指を突っつき合わせている。屈強な騎士には怯まないのに、相手がアイリスだと途端に物怖じしてしまうようだ。


「わかった。だが、本当にいいんだな? 後から心変わりしても知らんぞ」

「あぁ、大丈夫だ。姫様の反応だけ教えてくれりゃあいい」

「いいだろう。それで、花はどこにある?」

「ほら、ここだよ。他の奴らに見つからないように隠してたんだ」


 シャガはそう言って傍にあった木箱をどかした。束になった花に青いリボンがかけられているが、れている上に曲がってしまっている。


「もうちょっと綺麗に包みたかったんだけどさ。俺、不器用だからこういうのは駄目なんだ」シャガが弁解するように言った。

「でも、こんなんでも姫様喜んでくれるよな?」

「あぁ。あの方は装飾よりも、花そのものを愛でるお方だ。きっと喜ばれるだろう」

「そっか……。ならいいんだ! じゃ、頼んだぜオリヴィエ!」


 シャガは安心した顔で言うと、オリヴィエに花束を差し出した。ビオラやスミレの鮮やかな花弁に混じって、白いマーガレットや桃色のスイートピーが可愛らしく顔を出している。アイリスの好きそうな花を一生懸命探して摘んだのだろう。悪くない趣味だとオリヴィエは思った。


「あ、そうだ。今度の稽古って確か明日だったよな?」シャガが尋ねてきた。

「そうだが、何か所用でもできたか?」

「いや、そうじゃねぇよ。ただせっかくだから、もうちょっと早起きして行こうかと思ったんだ。その方が稽古の時間も長く取れるしな!」

「心意気はいいが、あまり無理はするなよ。稽古で力を使い果たし、訓練に身が入らないようでは元も子もない」

「わかってるって。じゃ、またなオリヴィエ!」


 シャガは手を振りながら訓練場を去って行く。オリヴィエはその背中を見送った後、自分も花束を抱いて訓練場の外に出た。

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