友情の兆し

  それから数十試合が続き、全ての試合が終わった頃には夜の六時を回っていた。騎士たちはそのまま解散となり、銘々が試合の感想を交わしながら夕食の席へと向かう。オリヴィエは彼らの一団には加わらず、一人騎士の宿舎へと向かった。夕食の席では、騎士たちが自分とシャガの試合について好き勝手な意見を述べ立てているのだろう。仕事以外の場で彼らのくだらないお喋りに付き合う気は毛頭なかった。


「おい、オリヴィエ、待ってくれ!」


 後ろから呼び止める声がしてオリヴィエは振り返った。金糸雀かなりあ色の頭髪に、淡青色の鎧を着た小柄な騎士が走ってくる。シャガだ。兜を脱いだ顔立ちは幼く、少年に毛が生えたようにしか見えない。


 オリヴィエは怪訝そうに彼の姿を見つめた。仕事以外の場で自分に話しかけてくる人間の要件は大抵がろくなものではない。だからあえて冷淡な口調で尋ねた。


「……何か用か? 勝負に負けたことで嫌味の一つでも言いに来たのか?」


 シャガが当惑した顔で立ち止まった。だが、すぐに勢いよく首を横に振って言った。


「違うよ! 俺はお前に礼を言いに来たんだ! さっきの試合はすごかったからな! 全く歯が立たなかったけど、負けてすっきりした気分だった! お前みたいな強い奴と手合わせできるなんて、苦労して騎士団に入った甲斐があったぜ!」


 オリヴィエは目を丸くしてシャガを見返した。負かした相手に悪態をつかれたことは数知れず、礼を言われたのなんて初めてだ。


「……変わった奴だな。てっきり私は、女である私に負かされたことで、お前が文句をつけに来たと思ったのだが」

「何だよそれ? お前が男だろうが女だろうが、俺が負けたのは事実なんだ。それで相手に文句つけるなんておかしいだろ」


 オリヴィエは意外な思いでシャガの言葉を聞いていた。彼の言葉は正しい。敗北は己の未熟さが招いた結果であり、その責任を転嫁するのは確かにお門違いだ。

 だのに、オリヴィエがこれまで戦ってきた騎士の多くは自らの無力さを棚に上げ、相手が女だから手を抜いたのだと弁明した。そんな浅ましい騎士の姿を目にしてきたオリヴィエにとって、新入りのシャガが自分の実力に向き合っている姿は刮目かつもくすべきものだった。


「なぁオリヴィエ、よかったら、また時間ある時に手合わせしてくれないか?」シャガが顔の前で手を合わせた。

「今日の訓練でわかったんだ。お前に稽古つけてもらったら、俺は今より強くなれる! だから頼むよ! ちょっとでいいんだ!」


 シャガは人目もはばらずに何度も頭を下げる。オリヴィエは困惑した視線を返した。


「だが……私が騎士団の中でどのような扱いを受けているかはお前も見ただろう。私と関わりを持てば、お前まで異物として蔑まれることになる。お前はまだ入団して日が浅い。自ら居心地を悪くするような行動を取るのは賢明ではないと思うが」


「はん。周りの奴らのことなんて知るかよ。俺はお前と戦いたいんだ! それで他の騎士が俺をバカにするなら好きにすりゃあいい。そのうち騎士団の誰よりも強くなって、他の騎士の奴らを見返してやるんだからな」


 シャガは不敵に笑って腰に手を当てた。オリヴィエは呆気に取られて彼の顔を見つめた後、ふっと表情を緩めて言った。


「……お前はおかしな男だな。女に負けたことを恥じぬばかりか、逆に教えを乞おうとは……。お前みたいな奴は初めてだ」


「あぁ。そうかもな。でもよ、強い奴に男も女も関係ないと思わねぇか? 周りの奴らもさ、お前が女だってことにこだわってねぇで、素直にお前の実力を認めりゃあいいんだよ。そうすりゃつまんねぇ嫉妬なんかしないで、もっと伸び伸びと訓練ができるのさ」


 シャガはあくまであっけらかんと言う。彼が男女の別にこだわらないのは、強い騎士になるという目的だけを見つめているからなのだろう。嫉妬にまみれた古株の騎士たちよりも、彼の方がよっぽど騎士らしいとオリヴィエは思った。


「いいだろう。では七日に一度、お前と手合わせをすることにしよう。場所はトリトマの森でいいか? あの場所ならば邪魔者が入る心配もない」

「おう、いいぜ! 最初の稽古はいつにする? 俺はいつでも構わないぜ!」

「ならば三日後でどうだ? 時刻は早朝七時。およそ一時間では?」

「よし、わかったぜ! 三日後までにちょっとでも鍛えとかないとな。ありがとなオリヴィエ! 稽古、楽しみにしてるぜ!」


 シャガは表情を綻ばせて言うと、手を振りながら食堂の方へと駆けていった。がしゃがしゃという鎧の音が遠ざかっていき、後にはオリヴィエだけが残される。


「……本当におかしな男だな。他人の目を一切気にせず、自分の心のままに行動する……。騎士団の中にあんな人間がいたとはな……」


 訓練の際、一番に名乗りを挙げたシャガの姿を思い出す。あの時も彼は、少年のような純真さを持って意気込みを語り、他の騎士たちから失笑を買っていた。だがオリヴィエは、そんなシャガの姿を愚かだとは思えなかった。


「……あいつのような騎士が増えれば、騎士団も変わるかもしれないな」


 虚しく零れたオリヴィエの吐息が、人気のない廊下に溶けていった。 

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