38〜注射嫌い…
作戦室は、以前と同じように大きなモニターがあって、その前に教壇がある。
そして、これも以前と同じで、そこで関大将がみんなが集まるまで資料に目を通しているのだった。
以前と違うのは私たちの隣に第一王子が
後ろのドア係が全員来たことを告げると、大将は顔を上げモニターに文字を写し出す。
「みんなにご足労願ったのは、例の本の解読が進んだからなのと、敵の状況も判明したのを報告するためだ」
どうやら、モニターに写し出されているのは、禁レシピの本の内容らしい。
「レシピの話は解読班の中班長から行なってもらう」
近衛大将に促されて、その解読班の人が壇上に上がる。
「解読班の中です」
屈強な大将とは対照的に、線の細い中年男性がお辞儀をして、モニターの文字に指示棒を当てて説明を始めた。
「まだ全部は解読してないのですが、この行はレシピを英雄山本が記したと書いてあって、見ての通り当時の専門用語もあって中々解読は困難な部分も多いです」
確かに、私でも読めるのだが、
「分かっているのは、この魔王アリズと戦った時に使ったレシピは、触媒に英雄山本の血を使った、と記されているところです」
そう解読班の中班長が言うと、部屋のみんながどよめく。
当然だ、その時点で禁レシピを使う望みは絶たれたのだから。
「そして何故か、その触媒用の血を本物か確認する方法も記されています」
周辺の文章を見るに、英雄が亡き後のことも考えての策らしいが、魔王アリズの血のように何処かに保管されているのだろうか?
「そして、このレシピも不明な単語が多いのですが、400年後の子孫のことが書かれています」
私は何か心臓を締め付けられる気持ちになった。
400年後の子孫は私だからだ。
「まだ確証は得られないのですが、この文章の流れからして、英雄の今の子孫に彼女と同じ血を持つ者が現れることを示唆しているのかと考えます」
彼女…?
私はてっきり、魔王アリズと1対1で戦ったのだから、勝手に男子と思い込んでいたが、班長は女性と言ったのだ。
しかも王子は英雄は当時私と同じ歳だったと言っていた。
つまりは、400年前に私と同じ立場で魔王に挑み見事に倒したということで、いや私には魔力も調合開発する地頭もないから全然違うんだけど、14歳の女の子が世界制覇を目前にしている魔王アリズと対決しようと思った事実が信じられないのだ。
しかも私がその英雄と全く同じ血液、つまりは禁レシピの触媒を持つ可能性があるという。
当然、そんな事実は初耳で理解出来ないでいたが、周りはみんな私を見ていることに気づき、急に怖くなってきてしまう。
そんな私を気にかけてか、坂倉さんは机の下で、私の手を握ってくれる。
その横の王子は、こちらを向いて、
「私が受けた報告以上に解読が進んでいたようで、少し安心しました」
と相変わらずの
「どうですか坂倉莉里さん、面白いとは思いませんか?」
と訊いているのだが、私の手を優しく握る彼女はそんな言葉にも無反応でモニターに写し出されている文字を読んでいるようだった。
「以上が本の解読報告です、それでは失礼します」
そう言って中班長が下がると、近衛大将が上がり、
「もう分かっていると思うが、後ほど山本に採血をお願いするので、この会合が終わったら医務室に行くように」
そう私の顔を見て言うのだった。
注射嫌い…
そしてモニターには地図が写し出され、
「これからは索敵情報になる、これも前回同様メモを取るのは禁止だ」
そう関大将は言いながら、
「現在の敵の場所は、このバクラトス周辺で見ての通りまっすぐ東の進路をとっている」
周りが騒めき出す。
その進路がこの国、天乃国へ向かって来ているのを示唆しているからだ。
「最速で我が国に到達するのは一週間なのは変わらない、そして兵力だが、昨日の憶測通り10万規模であることも確認された」
そしてモニターには遠くから写したであろう、魔の民の姿が表示されるが、そこには奇怪な姿をした得体の知れない生物が何体も確認出来る。
「見ての通り、かつて異形の民と言われた魔の民を中心に、恐らく新たな魔王と思われる者を視認出来たそうだ」
再びみんなの騒めきが部屋を包む。
かつての魔王アリズは、そのひとりだけで世界を掌握出来る程の魔力を持っていた。
今の新しい魔王が同じ能力かは分からないが、周辺国の国境の部隊を殲滅したあとに、その国、魔法列強国ログロードの都市部を数日で破壊殲滅した事実は、凶悪な魔力を有する新たな魔王と考えるのが妥当である。
そしてそれが今、アリズの仇を取るためなのか、この天乃国を目指して進軍しているのだ。
「恐らく、こんな大規模な部隊を統制出来るのは、魔王の存在が強力だからと思われる、下手をするとアリズ以上の魔力を持っているのかも知れん」
そう説明をする近衛大将に、急に坂倉さんが立ち上がって、
「今から倒しに向かうから、何でもいいからそこまで私を運んで欲しい」
と言うもんだから、私はびっくりして、
「ダメです!」
と大将より先に彼女を止めてしまうのだった。
「山本の言う通り、お前ひとりで行って制圧出来る保証などない、よって許可出来ない」
関大将は冷静に言うのだが、それでも彼女は、
「今でも通り道の街や村が焼かれているし、この国に着く前に叩いた方が被害も最小限で済む、私を戦地に送る方が賢明だ」
と食い下がる。
しかし、
「坂倉は陛下と山本の護衛が最大任務だ、
と言われて埒が開かないと思ったのか、不貞腐れて座るのだった。
心配そうに見る私に、彼女は頭に手を優しく起き撫でながら、
「だそうだ、私はお前から離れられない」
そう言ってくれるのだけど、その理由で出兵出来ない、そう自分に言い聞かせているようにも見えた。
そんな彼女を見ていると、強力な魔力を有する魔王と数十万の魔の民に立ち向かおうとする14歳の少女…本当に坂倉さんの方が英雄の直系の子孫なのではないか。
そんな思いが強くなるも、近衛大将の言う通り勝てる見込みなどない訳で、不安は更に積もっていくしかないのだった。
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