37〜卵焼きにはケチャップ派!

英雄山本。

400年前、魔の民を率いていた魔王アリズと戦い、自ら開発した調合レシピのレメディで相手を討伐したと言われている、私の先祖である。


その魔の民のおさは強大な魔力で世界制覇寸前だったにも関わらず、たったひとりの英雄に野望を打ち砕かれたことになるのだ。


そして今、その脅威が再び世界を襲ってきているので、その時に英雄が開発したレシピを復活させたのだが…


触媒にはその英雄の血が必要だというのだ。


「じゃ魔の民に勝てないということです?」

朝食の卵の黄身に、ケチャップを掛けていた手を止めて私は王子に訊いていた。


「我が国には世界最強と謳っている魔道士師団があるからね、レメディも増産体制に入っているし、勝機は十分にあると思うよ」

そう、なごやかに説明してくれるが、王子の目は表情とは裏腹に真剣な眼差しで、禁レシピが切り札として使えないことへの不安が垣間見える。


私は全てのことに疎いので、単純に王子の話を鵜呑みにするしか出来ない。

しかし、レシピ自体意味がないのなら私がここにいる必要もないのではないか?

でも坂倉さんはレシピなど使わせず戦うと言っていたし、彼女には勝てる算段でもあるのだろうか?


そう思って、彼女の方を見ると、管理者の私の意向を汲み取ってか、黙々と食事をしている。

そして何かに気づいたのか、こちらを見てナプキンで私の口を拭いてくれた。

私は少ない脳で色々考えてすぎて、食事を口に運ぶのも少々、覚束おぼつかなかったようだ。


「本当に仲がいいんですね」

そんなやり取りを見ていた第一王子が目を細めて語り掛けてくる。

「はい、ラブラブです!」

別に彼にそんなアピールしても仕方ないのだけど、こんな非の打ち所がない美人と恋仲だという事実は、誰にでも自慢したくなるというのは人のさがなのだ。

仕方ないのだ。


やがて食事も終わり、部屋をあとにすると、例の作戦室へと向かう予定なのだけど、

「まだあと30分くらい時間があるので、何かあれば済ましておいても結構ですよ」

王子のそんな言葉に、私たちは一旦部屋に帰り、朝の一連のルーチンをこなしてベッドでくつろいでみる。


「禁レシピ使えないんですね」

それとなく坂倉さんに、その話題を振ってみたが、

「元々使う必要ないからいいだろ」

と相変わらずの返事だった。

やはり、彼女は何か策があるのだろうか?


「どうやって敵を倒すんです?」

ベッドに腰掛けるいい香りがする坂倉さんの肩に顔を寄り掛けながら私は訊いてみる。

「普通に戦う」

そんな素っ気ない返事に、私はいまいち彼女の戦闘力を理解出来ていないのもあって、憂慮が晴れることはない。


自分の気持ちを落ち着かせようと、彼女の手を握ると、握り返してくれる。


「本当に勝てるのです?何も策もないっぽいけど」

私は不安を払拭したいがために、更に問い詰めるように訊けば、

「私に勝てるのは山本だけだから心配いらない」

などと冗談みたいな返事に、少しばかり苛立ちを覚える。

そして若干語気を強めて、

「本当のこと言ってください!真面目に心配なんですから!」

と少し涙が出そうなのを堪えて言ってしまうのであった。


そんな私の気持ちを察したのであろう、彼女は少し考えて、勝てる根拠を言ってくれたのだが、その言葉に耳を疑うことになってしまうのだった。


「私には魔族と同じ血が流れてるから」


一瞬頭が真っ白になる。

確かに尋常じゃない魔力や、そのあり得ない程の美しさは普通の人間では考えられないものではあった。


しかし、その勝てるという根拠が敵と同族なだけでは弱いのではないか?と思っていると、

「それにずっと魔法大国の天乃国で勉強してるんだぞ、調合魔法は魔力を何十倍もの威力に変換出来るんだ、相手にはそれがない、負ける要素なんてない」

そう言って、疑心暗鬼を払拭させようとしてくる。


でも、それは単なる彼女の思い込みでしかないのではないか?

敵の規模も戦闘力も未知だというのに、私のために虚勢を張っているのではないのか?


どう考えても、最愛の人の言葉をそのまま素直に受け入れられない私がいるのだった。


「そろそろだろ」

作戦室に向かう時間が近づいているので、彼女は手を握ったまま立ち上がり、私も一緒に立って部屋を出ると、王子がその前で待っていた。

「行きますか」

彼は歩き出し、その後ろには従者が付き添い、そのまた後ろに手を握りながら歩く女子ふたりが続く。


私の頭の中は色々な思いが駆け巡っている。

一番分からないのが、何故、魔族の血を持つ者がここにいるのか。


そして何故私に自らを全て捧げる程に好意を持つのか。


何かたくらみがあって、わざわざ英雄の末裔である私に接近しているのか。


しかし、そんな疑念を持つことすら恥ずかしい程に、数々の過去の出来事は、彼女の私への想いが強固たるものだと証明している筈なのだ。


それとも、ただそう思いたいと願っているだけなのか。


押し黙ってしまっている私に気を遣ってか、坂倉さんは、

「信用出来ない?」

と若干小さめの声で恐る恐る訊いてくる。


そう、彼女は私に嫌われたりするのを極端に恐れているので、今のこの態度に畏怖の念をいだかずにはいられないだろう。

それでも、私はどう答えればいいのか分からずに、彼女の手を少し強く握ると、

「私だって勝てるか分からないけど、どっちにしろ策はこれしかないから」


「でも山本のために絶対勝つから、信じて」

そう彼女の美しい唇から出る言葉を、私はそのまま受け入れるしか出来なかった。

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