33〜第一王子は和やかにエロい。

日が暮れていくと、遠くに見える街の灯りが、雲で覆われた夜空の代わりを成すかのように瞬き、香林坊の辺りを見ると一層明るく幻想的な夜景を演出している。


「これが終わったら、また大判焼き食べに行こう」

戦地に赴くためのお守りにするという名目で、あのダサいパンツを返してくれない坂倉さんが、夜景にも勝るうっとりするような美しい顔で言ってくれる。


「絶対行きましょう、ほんとに絶対」

私は彼女に寄り添いながら、夜景を見るフリをしつつ、ガラスに写っている坂倉さんの顔をマジマジと見ながら言うのだった。


私たちは耽美に浸れるほどに、静かな夜を過ごせるというのに、今でも海の向こうの遠い異国では、魔の民の侵略という蛮行に家族も家も失っている人が大勢いる。


そんな侵略者もいつかは、この天乃国に到達する。

ここもやがて戦地となり、私たちも魔の民と国や家族を守るために戦わなくてはいけない。


だからだろうか、今という時を惜しむように、ふたりはお互いの温もりを忘れまいと、常に寄り添っている。


暫くすると、永久とこしえに続いて欲しいと願うような幸せな時間に水を差すかのように、ノックの音がした。

「坂倉様、山本様、お夕食のお時間です、ご案内しますので、適当な格好でお越し下さい」


一瞬私は小学生ファッションだから、着替えようかどうしようか考えるも、坂倉さんはお構いなく私の手を引っ張って行ってドアを開けるのだった。


「こちらです」

そう言ってメイドさんは、私たちを食事をするところに案内してくれるようだ。

きっと、ホテルみたいに、長い机に料理が色々置いてあり、丸いテーブルがいくつもあって、各自好きなものを自由に取ってくるような、そんな場所を想像をしながら歩いて行くと、えらい豪華な扉の前に連れて来られて、門番のような人たちがその扉を開けて私たちを入れてくれるのだった。


その部屋には、長いテーブルがあるにはあったが、想像したものとは違い、白いクロスが掛けられたその上には、等間隔で立派な三叉のキャンドルが並べてあり、フォークやナイフも並べてあって、その両端には椅子がいくつも並んでおり、既に何人かが座って談笑している。


「こちらです」

メイドさんは、私たちの座る場所に案内してくれるらしく、それに付いていく。

長い長いテーブルの一番奥まで来ると、

「こちらにお掛け下さい、間もなく主人が参ります」

主人…?

なんかよく分からず、とりあえず椅子に腰掛けると、部屋の隅のドアが開き、若い男性が後ろに人を引き連れて入って来る。


いかにも、位の高そうなで立ちは王族の一員を彷彿とさせ、そんな彼はこちらを見ると、早足で近寄って来るのだった。


「初めまして、お目に掛かれて光栄です、私は天乃国の第一王子、涅凪そなと申します、以後お見知り置きを」

そう言って私たちに挨拶するので、私も挨拶をと椅子から立ち上がって、

「山本優羽です」

と言うが、坂倉さんは、

「何?」

と挨拶するどころか、第一王子という次期の国王候補筆頭に面倒くさそうに、何の用か訊く始末。


当然、私は慌てて、

「あっ、ご無礼ごめんなさい、この人は坂倉莉里といいます」

と一応紹介するが、第一王子はやはり彼女の美貌の虜になったのか、

「莉里さんですか、いい名前ですね、お隣よろしいですか?」

そう言うと、咄嗟に従者は隣の椅子を座れるように引こうとするが、

「何で?」

と坂倉さんは相変わらずの態度で、隣に座る意味を問うのだった。


貴女あなたのような美しい女性の隣で、ディナーを楽しみたいと思いまして、ご機嫌が優れぬようでしたら遠慮します」

王子は優しい笑顔で坂倉さんに説明するが、

「じゃどっか行ってくれ」

の冷たい言葉に、にこかに礼をして向いの席に着くのだった。


私は彼女の不敬に少し固まってしまっていたが、何とか動き出して、

「坂倉さん、もうちょっと空気読んで下さい…」

そう伝えると、

「女を顔で選ぶ輩が死ぬ程嫌いなんだよ」

と自身がその容姿ゆえに、過去、ウザいくらい男性に絡まれまくったことを推測させる言い回しで答えた。


いや〜それでも社交辞令とか上手い断り方とか、こう、何というか、あるでしょ、とか言いたいのだけど、そんな空気読んでる彼女は確かに想像出来ないなーと、そう思うとちょっと諦めが入ってしまった。


「でも、最初は坂倉さん狙いって分からなくなかったです?」

私は英雄の末裔とその知人のふたりにわざわざ挨拶をしに来てくれたのかと思ったのだが、

「奴は私の顔見て胸見て腰見たよ、そして近寄ってきたし」

そんな身も蓋もない事情を説明してくるが、すいません、私も隙あらば見てます…


テーブルの席もほぼ埋まり、やがて奥のドアから物々しく従者が数人出て来たかと思うと、そのあとに普段着なのに威厳が神々しい国王が姿を現した。


すると、坂倉さん以外みんな椅子から立ち上がるので、私も慌てて立ち上がると、

「皆さん、ようこそ、我が国のために骨身を削ってもらって感謝しかない」

天乃国の王はそう言うと、みんなに座るよう、手で合図し、長いテーブルの一番奥、つまりは私の斜め向いに座る。

ひえぇええええ…


「今日は労いを兼ねて食事を用意したので、存分に楽しんでくれ」

そう言うと、入り口付近のドアから次々に食事を乗せたワゴンがやって来て、来賓客らに配られていくのだった。

当然、コース料理らしく、最初の一品スープが置かれていく。


それを見た坂倉さんはひと言、

「大判焼きのクリーム食べたい」

と、ポツリと言うのだった。

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