32〜美人を泣かすとパンツを献上しないといけない。

私たちがいる部屋からは、魔法学校を下に望み、その向こうの街もよく見えて、更に遠くには海があって、美しい天乃国の佳景が広がっている。


しかし、そんな景色が目の前に広がっていても私は落ち着かないでいた。

400年前の再来が近づいているからではない。

いや、確かにそれも落ち着かないのだけど、それより、今、ここの部屋の豪華さがとにかく落ち着かないのだ。


椅子ひとつにしても、やたら装飾が凝っていて、これだけで車が買えそうな値段がしそうだし、ベッドに至っては、椅子にも勝る装飾に謎の屋根みたいなものが付いていて、そこからドレープカーテンが下の方で留まっていて豪華さを演出している。


当然、照明や小物類なども凝った装飾で、絨毯も見るからに数字の桁が違う値段がしそうな代物。


そんな一般庶民には居心地の悪い部屋で私は坂倉さんの胸にうずもれて、戦争の不安からくる煩慮はんりょを癒していた。


「坂倉さんは怖くないんですか…?いくら魔力が凄くても、相手は訓練を受けた兵士で、それが最悪何万人とかで来るんですよ?」

彼女の心臓の鼓動を確かめながら、私は質問をしてみる。

どんな動揺も聞き逃さないように、耳を胸の真ん中で研ぎ澄ませながら。


「私が一番怖いのは山本に嫌われることだ」

そう答える坂倉さんの心音は一定で、特に変わりがないと思われるが、そもそも動揺時の状態を知らないので、ちょっとイタズラ心で、

「真面目に答えない人は嫌いです」

と冗談っぽく言ったのだが、明らかに動揺したかのようにその音は大きくなり、そして野生動物が走り出したような速さで心臓が脈打つようになった。


「マジ?」

その美しい声は明らかに震えていて、私はヤバいと思って起き上がりながら、

「じょじょじょ冗談です、私が坂倉さんを嫌う訳ないじゃないですか!?」

そう彼女の顔を見ながら言うのだが、そこには涙目の最愛の人が怯えたような表情をしており、もう愛おしいやら、自己嫌悪やら、こんな綺麗な女性ひとを泣かした罪悪感やらで、必殺技を使うしか手がないと思った。


「本当にごめんなさい、ちょっとイタズラが過ぎちゃいましたね…」

そういいながら、私は彼女の震える唇に禊ぎの接吻をそっとするのだった。


すると、またもや両腕でがっちりホールドされて動けなくされて、彼女の唇からヌッと入って来る初めての感触に、私の心臓の鼓動も早くなる。


坂倉さんはキスが相変わらず巧い。


巧ければ巧いほど前の彼女とヤりまくってたんだと思えて、何か複雑な気持ちになるのだが、それでも気持ち良すぎて身体の力が抜けて行くのが分かる。


そんな脱力真っ最中に、ドアにノックをする音がした。

「坂倉様、お荷物が届いております」


多分、先程メイドさんに頼んだ、着替えやお泊まりに必要な品々が入ったものが届いたのであろう。


坂倉さんはキスを途中でめ、ドアの方に向かう。

私も荷物を持つのを手伝おうと、脱力した体に鞭打って一緒に付いていくのだった。


ドアを開けると、そこにはバッグを持ったメイドさんと、その後ろには同じくバッグを持った関大将が立っていた。

「城内に不審なものが持ち込まれないか、保安検査をさせてもらった」

そう言ってバッグを渡されたのだが、

「安心しろ、私ではなく、女性士官が…」

大将はそう言いかけて私の顔を見て、何か思ったのだろう、

「検査は全て問題なしだった、それでは、何かあれば彼女に申し付けてくれ」

そう言って、若干焦ったように彼は去っていった。

続けてメイドさんもバッグを渡すと、一礼して下がるのだった。


同性愛者ビアンと思って、同性が下着チェックしたのがマズいと思ったのかな」

坂倉さんはそう言うと、バッグを持って衣装タンスの前に行く。

「山本のも持って来てもらったし」

そう言ってバッグを開けると、私の例のダサいパンツが入っていて、思わず、

「ひぇええええ」

と言って彼女から取り上げてしまうのだった。


私の手に持ったダサいそれを凝視する坂倉さん。

その瞳はとても美しく、魅了の魔法をかけられたように相手を虜にしてしまうのだろうが、こんなダサいものを渡せないという強固たる意志がかろうじて勝っている。

とりあえず、手のパンツを虎視眈々と狙っているのか確認するために、手をあっちこっちとやってみるが、彼女の鋭い視線はそれから離れることはない。


「そんなに見たいんですか…?」

その言葉に、大いに頷く坂倉さん。

しかし私がめっちゃ困った顔をすると、

「さっき泣かした」

と、先のベッド上の冗談への贖罪を、パンツに求める発言。

「いやっだからチューを…」

そう言っても、

「キスは恋人ならして当たり前だから認めない」


もう彼女は目の前の白い布の下着をどうにかすることしか頭にないようで、多分何を言っても、その聡明な頭脳をそれを見るためにだけにフル回転させて、私は言いくるめられるに違いない。


「目の前に本物がいるんだから、こんな布切れどうでもいいですよね?」

そう、これだ。

私自身の身体を求めるのなら、全然大丈夫。

これで恥ずかしいダサいパンツを見せないで済む。


その言葉を聞いて、坂倉さんは私の目を見ながら、静かに寄って来る。

とりあえず、取られないようにそれを両手で後ろに隠すのだが、彼女は私のズボンに手を掛けるのだった。


これは明らかに、今穿いている下着をガン見するつもりだ。

そして、今日も相変わらず私は結構ダサいのを穿いている、まぁ人に見せられるモノ自体あまり持ってないってのもあるのだけど。


「坂倉さん?」

そう言って彼女が今から何をしようとするのか確認するが、私の顔を一瞥いちべつしてズボンのボタンを外そうと手を伸ばしてきたので、

「わっ分かりました、こっちで許して下さい!」

そう言って、両手で隠していた獲物パンツを差し出してしまうのだった。

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