23〜不細工が教室を凍りつかせて申し訳ありませんでした。

防護服の頭部分を外した坂倉さんは、真っ先に私の無事を確認しようと辺りを見まわし、大切な婚約者フィアンセを認めて、私に駆け寄ってくると、力一杯抱きしめてくるのだった。


斉藤さんも私を心配していたようで、一歩遅れてそばまで来て、安堵の表情を浮かべていた。


「ダメって言ったのに!」

普段は従順な私も、さすがに怒って坂倉さんの防護服をペシペシと叩くが、

「いや、手は抜いたし」

と言われるも、

「手を抜いてこんなのあり得る訳ないじゃん!」

と怒りが収まらずに相変わらず防護服をペシペシ攻撃するのだった。


「山本落ち着け、莉里が言うならマジで手抜いてこれなんだって」

喜多さんがそう言って私を落ち着かせようと言ってくるも、もう自分でも感情を抑えきれなくなって、坂倉さんの防護服に頭を付けて泣き出してしまった。


「先生、山本が気分がすぐれないようなので、保健室に連れて行きます」

と坂倉さんは私を保健室に連れて行こうとするが、

「喜多さんが連れていってあげて、坂倉さんはちょっと話があるので残ってください」

そう言われてしまい、若干不機嫌そうな顔をする彼女だけど、

奈月なつよろしく」

と喜多さんに言うと、

「任せろ〜山本、行くぞ」

と私を支えながら演習場をあとにするのだった。


普段は全くおとなしくして、感情など爆発させたことがないのに、何であそこまで感情的になったのか、自分でも理解できない。


人の精神など複雑なものだろうから、単純に自分の好きな人が大勢の人を危険な目に合わしてしまったのが怖かっただけではないだろう。


もしかしたら、私の懇願を聞き入れなかった彼女に対しての絶望感や、その結果があの惨事に繋がったことに対しての自責も含めて、感情が入り乱れてしまっのかも知れない。


そんなことを考えていると、保健室が近づいてくる。

徐々に冷静さを取り戻しつつある私を見て、喜多さんは、

「落ち着いたか?」

と訊いてきたので、

「ありがとう、ひとりで歩けます」

そう言って、支えられていた相手の身体から静かに離れて歩き出す。


「莉里の言ってたこと本当だと思うぞ?」

保健室の椅子に座らされて、担当医に診てもらったあとに、喜多さんはふたりの仲を心配してか、気を遣って言ってくれる。

「謝らなきゃね…」

私は防護服の上とはいえ、坂倉さんに暴力行為を頻繁に繰り返していた自分の蛮行を恥じてそう言う。


そんな意気消沈する私を見て喜多さんは、

「まぁ莉里は山本に嫌われたと思って、気が気じゃないんじゃいかな〜?再開したら真っ先にチューしてやったら全て許してくれるさ!」

と慰めようとしてるのか、人前でいやらしいことをさせようとしてるのか理解に苦しむ発言。


やがて、自分でも落ち着いたと思ったので、保健室の担当医にお礼を言って、私と喜多さんは教室に向かうために保健室を出るのだった。


正直、坂倉さんに感情的になったことで気分を害してしまったのではないか、せっかく心配して真っ先に駆けつけてくれたのに、仕打ちがあれでは怒っていても仕方ない、いや愛想が尽きていても不思議ではないのではないか。


普段はあんな態度を人にしたことがないので、相手がどう思っているか分からなくて不安で仕方がない私は、

「坂倉さん怒ってるかな…?」

と弱々しい声で訊くと、

「そんなんじゃ怒らないよ莉里は、いつも無愛想で怒ってそうだけど常に冷静だからマジマジ」

そう言って笑顔で教室まで励ましてくれる。


教室に戻ると、もう坂倉さんは席に着いていたのだけど、ぐったりして、いつもの凜とした雰囲気は微塵も感じない。

そしたら、彼女と一緒だった友達がこっちに寄ってきて、

「やべーよ、莉里が山本に嫌われたって、めっちゃ落ち込んでるよ」

と教えてくれたので、慌てて坂倉さんに近寄っていくと、生気の抜けた顔で私を見てくるので、色んな感情込み上げてきて、もう頭真っ白になってしまい、彼女の柔らかそうな桜色の唇を見た瞬間、そのまま自分の唇を重ねてしまったのだった。


凍る教室。


いや、坂倉さんも凍っている。

ついでに私も凍っている。


周りの友達は息をひそめて固唾を飲んで見守っている。


咄嗟に恥ずかしくなって離れようとしたが、坂倉さんが私をがっちりホールドしてきて、離れられない。


坂倉さんの静かな鼻息が私の肌に掛かる。

しかし私はキスなど初めてなので息をしていいのか分からず息を止めていたら、彼女の顔が横になって唇同士がちょうどいい具合に重なって心地よい。

いよいよ息が続かなくなったので、鼻で息を吸ったら坂倉さんの肌と髪の匂いと温もりが伝わってくるのだった。


「そろそろいいんじゃね?」

このままでは永遠にチューをしていそうな感じのふたりに、喜多さんは自制を促すよう語りかけてきた。


そうすると、坂倉さんのがっちりホールドが緩んだので、私は静かに唇を離していくのだった。


初めての経験に、自分の唇に残った彼女の余韻を確かめながら、坂倉さんの顔を見ると、多少頬が赤い。

しかし、当然というか驚きは隠せていないようで、そんな表情を見てふと我に帰って周りを見渡したら、全ての生徒の視線が私に注がれていた。


当然、私も赤面するしかない訳で、もう意味が分からず、とりあえず坂倉さんの背中に隠れるが、私至上初のちゅーを公衆の面前で自ら坂倉さんに捧げた事実は永遠に伝説として語り継がれてしまうかもしれない恐怖に打ちひしがれてしまいそうだった。


「奈月に入れ知恵でもされたか?」

そう言って坂倉さんは喜多さんを見るも、私は、

「坂倉さんが悪いんです」

と、意味不明な言い訳をするしかないのであった。

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